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見て見ぬふりをされた男
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目が覚めると今朝も昨日の夜のことをはっきり思い出した。
「あー、名前聞けば良かったな」
そうしたら調べて俺があなたも特攻隊の隊員でしたよと覚えてあげれたのに。そう思いながら礼二とメッセージのやり取りの途中であの人と話をしていたのか、と思い出した。
やっぱり幽霊っているんだな、そうメッセージを送ると大学に向かった。
コンビニで紅茶のペットボトルとパンを買い、教室で食べて履修についての説明を受けて部屋に戻ると夕方まで悩んで履修を届けた。
「晩飯っと……」
ラーメンを作り鍋ごと持って食べると敷きっぱなしの布団に寝転がりスマートフォンを弄ると礼二から返信が来ていたことに気づいた。
見たのかよという返事に、見たというか2日連続で会ってたって返すと、今度帰省したら詳しく教えろよなって返事だった。
その後明かりを消し動画を見ていると、なんか気配を感じて体を起こすと枕元に野球の白いユニフォームを着た男の人が立っていた。
「お兄さんも通れなくて困ってるの?」
そう聞くと男の人は頷いた。
「お兄さん野球してたの?もしかして高校野球?俺ね、見るの好きだよ。スタンドで応援してる人とかすごいなって思うの。自分も出たいのに嫉妬せずに応援してるじゃん、俺には無理だなって」
家族が見ている高校野球が気になって物陰に隠れて見ていたテレビを思い出す。
『僕も無理です……あんなことされて、レギュラー落とされて、それで応援なんて……』
ぎゅっと握る拳に男の人がすごく苦しんだって分かった。
「お兄さんは才能があるんだね」
『中学までずっとショートで四番だったんだ。でも高校の野球部の寮に入って、全部ダメになったんだ』
唇を噛んだ男の人に本当に悔しかったんだと思った。
「寮じゃ悪口も言えなかっただろ?全部俺に吐き出していきなよ」
そう言うと、いいのかなって言って話を始めた。
『入ったのが野球の強い学校で、すぐに入部テストがあって、補欠に入れてもらえたんだ』
「1年からベンチに入れたら嬉しいね。俺の通ってた高校も野球部あったけど、三年にならないとベンチに入れないんだって。だからすごいよ」
『うん、練習も楽しかったし、監督もコーチも野球に熱心な人だったんだ。1年の夏の予選は出番がなくて、ひたすらベンチで先輩の世話をしてさ。それでも楽しかったんだ』
ふっと柔らかくなった表情に俺も安堵する。
「ベンチでもやりがいがあったんだ」
『どの先輩もお世話するとありがとうって言ってくれたからね。やりがいがあったよ』
「本当に出来た人たちなんだね」
『甲子園には一歩届かなくて、でも3年も満足した顔してたから良かったって思ったんだ』
そこまで話してふっと男の人は遠い目をした。
『その頃キャプテンで3年のピッチャーの先輩にすごく可愛がられてて、肩を冷やしたり、水差し出したり、そんな世話してたからだと思うけど、何かあると呼び出されて、構ってもらえて、すごく幸せだった。なんか特別?みたいな感じでさ』
そこまで話してまたこちらに視線を向けた。
『3年が引退して、秋の大会、それで春の選抜が決まるんだけど、時々代打で出させてもらうことが出来たんだ。2年がすごく嫌な顔してるのは知ってた。でもまだ寮には3年がいたから特に何もなかったんだ』
「じゃあ先輩がいなくなってから?」
多分いじめだとそう思った。
頷いた男の人がゆっくりと口を開いた。
『3年の先輩がみんな出ていった日の夕飯の時に椅子を蹴られたのが最初だったんだ。そこから少しずつ嫌がらせが始まったんだ。髪を洗ってたら上からシャンプーを逆さにされて中身全部頭に垂らされたりとか。流石にグランドでは何もされなかったけど、監督もコーチもいない寮ではいろんなことをされた』
なんて声をかけたらいいんだろう。戸惑っていると男の人が拳を握った。
『そのうち嫌がらせの仕方が変わってきたんだ。夜に俺の部屋に先輩たちが来てチンポをしゃぶらせるんだ』
「え……」
『頭をつかんで無理やり……出したものを飲むまで入れられたままで』
「酷すぎる……」
想像することも出来なくて、思わず口を覆った。
『飲むたび腹の中が腐っていくような気がしたよ。なんか腹の中が黒くなっていくような』
「誰も助けてくれなかったのか?」
『いじめってさ、庇うとターゲット変わるって言うじゃん。みんな見て見ぬふりだよ。なんかさ、中学時代にいじめられてる奴見て見ぬふりしてたからこんなことになってるのかなとも思ったんだ』
ああ、そんな風にでも考えないと現実逃避もできないよなと思った。
『そんなある日だった。突然数人の先輩に押さえつけられて尻にヌルヌルしたの塗られてペンを突っ込まれたんだ。すごく怖くなってさ、なにしようとしてるか気づいたらもう生きてるの嫌になって、先輩たちがいなくなった後、ベルトをドアノブに括って首を吊ったんだ……』
「酷すぎる……気に入らないからってそこまでしなくても……」
気づいたら俺は泣いてた。
「俺だったらきっとそいつら呪い殺してやる」
『はは……誰も同情してくれなかったのに、あんたは同情してくれるんだ』
「だって、野球もうまいのに、野球ちゃんとさせてもらえなくて、嫌がらせされて死んじゃうなんて、許せないじゃん……」
『その気持ちだけで嬉しいよ。俺のこの気持ちが誰かひとりにでも分かってくれるなら、もういいかな……』
「ダメだよ。俺が訴える!卑怯な先輩たちが謝らずに生きてるって許せない」
『嬉しいよ、ありがと。ね、もしも俺がお世話になった先輩にあったら、伝言お願いしていいかな?』
「なに?」
『先輩のおかげで野球が嫌いになる前に死ねました。ありがとうございますって』
「そんな……」
ゆっくりと男の人が消えていく。
『ありがとう、ずっと聞いて欲しかったんだな、俺は……』
「お兄さん、生まれ変わったらプロ野球選手になってね。俺、応援するから」
『ああ……』
にっこりと笑って男の人が消えた。
なんだか涙が止まらなくて、目を擦るとスマートフォンが目に入ったからSNSに今起きたことを書いて、俺はいじめた上級生のことは許せないと書き込んだ。
「あー、名前聞けば良かったな」
そうしたら調べて俺があなたも特攻隊の隊員でしたよと覚えてあげれたのに。そう思いながら礼二とメッセージのやり取りの途中であの人と話をしていたのか、と思い出した。
やっぱり幽霊っているんだな、そうメッセージを送ると大学に向かった。
コンビニで紅茶のペットボトルとパンを買い、教室で食べて履修についての説明を受けて部屋に戻ると夕方まで悩んで履修を届けた。
「晩飯っと……」
ラーメンを作り鍋ごと持って食べると敷きっぱなしの布団に寝転がりスマートフォンを弄ると礼二から返信が来ていたことに気づいた。
見たのかよという返事に、見たというか2日連続で会ってたって返すと、今度帰省したら詳しく教えろよなって返事だった。
その後明かりを消し動画を見ていると、なんか気配を感じて体を起こすと枕元に野球の白いユニフォームを着た男の人が立っていた。
「お兄さんも通れなくて困ってるの?」
そう聞くと男の人は頷いた。
「お兄さん野球してたの?もしかして高校野球?俺ね、見るの好きだよ。スタンドで応援してる人とかすごいなって思うの。自分も出たいのに嫉妬せずに応援してるじゃん、俺には無理だなって」
家族が見ている高校野球が気になって物陰に隠れて見ていたテレビを思い出す。
『僕も無理です……あんなことされて、レギュラー落とされて、それで応援なんて……』
ぎゅっと握る拳に男の人がすごく苦しんだって分かった。
「お兄さんは才能があるんだね」
『中学までずっとショートで四番だったんだ。でも高校の野球部の寮に入って、全部ダメになったんだ』
唇を噛んだ男の人に本当に悔しかったんだと思った。
「寮じゃ悪口も言えなかっただろ?全部俺に吐き出していきなよ」
そう言うと、いいのかなって言って話を始めた。
『入ったのが野球の強い学校で、すぐに入部テストがあって、補欠に入れてもらえたんだ』
「1年からベンチに入れたら嬉しいね。俺の通ってた高校も野球部あったけど、三年にならないとベンチに入れないんだって。だからすごいよ」
『うん、練習も楽しかったし、監督もコーチも野球に熱心な人だったんだ。1年の夏の予選は出番がなくて、ひたすらベンチで先輩の世話をしてさ。それでも楽しかったんだ』
ふっと柔らかくなった表情に俺も安堵する。
「ベンチでもやりがいがあったんだ」
『どの先輩もお世話するとありがとうって言ってくれたからね。やりがいがあったよ』
「本当に出来た人たちなんだね」
『甲子園には一歩届かなくて、でも3年も満足した顔してたから良かったって思ったんだ』
そこまで話してふっと男の人は遠い目をした。
『その頃キャプテンで3年のピッチャーの先輩にすごく可愛がられてて、肩を冷やしたり、水差し出したり、そんな世話してたからだと思うけど、何かあると呼び出されて、構ってもらえて、すごく幸せだった。なんか特別?みたいな感じでさ』
そこまで話してまたこちらに視線を向けた。
『3年が引退して、秋の大会、それで春の選抜が決まるんだけど、時々代打で出させてもらうことが出来たんだ。2年がすごく嫌な顔してるのは知ってた。でもまだ寮には3年がいたから特に何もなかったんだ』
「じゃあ先輩がいなくなってから?」
多分いじめだとそう思った。
頷いた男の人がゆっくりと口を開いた。
『3年の先輩がみんな出ていった日の夕飯の時に椅子を蹴られたのが最初だったんだ。そこから少しずつ嫌がらせが始まったんだ。髪を洗ってたら上からシャンプーを逆さにされて中身全部頭に垂らされたりとか。流石にグランドでは何もされなかったけど、監督もコーチもいない寮ではいろんなことをされた』
なんて声をかけたらいいんだろう。戸惑っていると男の人が拳を握った。
『そのうち嫌がらせの仕方が変わってきたんだ。夜に俺の部屋に先輩たちが来てチンポをしゃぶらせるんだ』
「え……」
『頭をつかんで無理やり……出したものを飲むまで入れられたままで』
「酷すぎる……」
想像することも出来なくて、思わず口を覆った。
『飲むたび腹の中が腐っていくような気がしたよ。なんか腹の中が黒くなっていくような』
「誰も助けてくれなかったのか?」
『いじめってさ、庇うとターゲット変わるって言うじゃん。みんな見て見ぬふりだよ。なんかさ、中学時代にいじめられてる奴見て見ぬふりしてたからこんなことになってるのかなとも思ったんだ』
ああ、そんな風にでも考えないと現実逃避もできないよなと思った。
『そんなある日だった。突然数人の先輩に押さえつけられて尻にヌルヌルしたの塗られてペンを突っ込まれたんだ。すごく怖くなってさ、なにしようとしてるか気づいたらもう生きてるの嫌になって、先輩たちがいなくなった後、ベルトをドアノブに括って首を吊ったんだ……』
「酷すぎる……気に入らないからってそこまでしなくても……」
気づいたら俺は泣いてた。
「俺だったらきっとそいつら呪い殺してやる」
『はは……誰も同情してくれなかったのに、あんたは同情してくれるんだ』
「だって、野球もうまいのに、野球ちゃんとさせてもらえなくて、嫌がらせされて死んじゃうなんて、許せないじゃん……」
『その気持ちだけで嬉しいよ。俺のこの気持ちが誰かひとりにでも分かってくれるなら、もういいかな……』
「ダメだよ。俺が訴える!卑怯な先輩たちが謝らずに生きてるって許せない」
『嬉しいよ、ありがと。ね、もしも俺がお世話になった先輩にあったら、伝言お願いしていいかな?』
「なに?」
『先輩のおかげで野球が嫌いになる前に死ねました。ありがとうございますって』
「そんな……」
ゆっくりと男の人が消えていく。
『ありがとう、ずっと聞いて欲しかったんだな、俺は……』
「お兄さん、生まれ変わったらプロ野球選手になってね。俺、応援するから」
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