生残の秀吉

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駆引

百五十八.共鳴の盟友

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盛政もりまさ前衛ぜんえいが破られると、いよいよ秀吉ひでよし軍は盛政もりまさの本隊に襲い掛かるが、鬼の形相ぎょうそう盛政もりまさはまさに『鬼神きしん』のごとく槍を振り回し、逆に秀吉ひでよし軍を坂の上から押し返す。賤ヶ岳しずがたけの中腹に降り立った秀吉ひでよしは、朝空が白む中、丹羽長秀にわながひでとともに飯浦坂いいうらざか権現坂ごんげんざかの戦況を見守る。

佐久間さくまとらえたものの、さすがは『鬼玄蕃おにげんば』じゃぁ。容易たやすく討ち取られてはくれんっ。」

「押し返されちょるではねぇかぁ・・・。まずいのぉっ、勝政かつまさも盛り返してきちょるっ。」

「ここで敵の別働隊べつどうたいたすけに入られてはぁっ・・・。」

ここまで必死に突き進んできた秀吉ひでよしだったが、長秀ながひでの言葉にはっとする。

(そぉいやぁっ、又左またざは何しちょるんじゃ・・・。)

そして秀吉ひでよし宝積寺ほうしゃくじの夜に利家としいえが発した言葉を思い出す。

(・・・『次にいくさうたとき、前田まえだの旗の動きをよぉ見とけ。おかしな動きをしたらそれが合図あいずじゃ。いつ始めるかは分からんぞ。・・・狼煙のろしを上げる間も、間者かんじゃ寄越よこしとる間もねぇ。』)

秀吉ひでよしは夢から眼を覚ましたかのさまである。

又左またざはっ、又左またざの隊はどぉしちょるっ・・・。」

長秀ながひで秀吉ひでよしの唐突な問いかけに戸惑いながら、北を指差す。

又左殿またざどのの隊はあそこじゃ。あの茂山しげやまじゃぁ・・・。玄蕃允殿げんばのじょうどの合図あいず狼煙のろしを送ってしばらくかかっとるがぁ、そろそろ動き出すぞぉ・・・。」

秀吉ひでよしは眼を細めながら茂山しげやまにらむ。

(確かに動き出しそうじゃ。じゃがのぼりの動きがちぃとぉ・・・。)

利家としいえ盛政もりまさの援軍に向かうのであれば、のぼりを立てて敵に見せつけたまま軍勢を押し寄せるのが効果的のはずである。しかし秀吉ひでよしには利家としいえの兵がのぼりを下ろしている、いや、捨てているように見受けられる。

(いやいや、又左またざよぉっ・・・、まさに今お主は『おかしな動き』をしておるぞぃ。)

秀吉ひでよしは何度も権現坂ごんげんざか茂山しげやまへの視線をさせ、その距離感を入念に確かめる。しばらくして、長秀ながひでが叫ぶ。

「いかんっ、鬼玄蕃おにげんばの勢いが止まらんっ・・・、坂を降り切るぞぉっ・・・。」

すると茂山しげやまの方角から『おぉっ・・・』の雄叫おたけびと木霊こだまが向かってくる。

又左殿またざどのが動き出したぁっ・・・、筑前ちくぜんっ・・・、撤退じゃぁ・・・。」

長秀ながひであわてふためく一方で、秀吉ひでよしは動かない。

筑前ちくぜんっ、一刻いっこくも早くぅっ・・・、えぇぇいっ・・・。」

苛立いらだちを隠せない長秀ながひでは、一人で眼下の兵たちに撤退の命を下そうと秀吉ひでよしの元から離れようとするが、そのとき秀吉ひでよし長秀ながひで小手こてつかむ。

「まっ、待っちくれぇぃ、五郎左殿ごろうざどのぉっ・・・。」

「どぉしたぁっ、筑前ちくぜんっ・・・。ここは退どきじゃぁっ・・・。此度こたび玄蕃允殿げんばのじょうどのを討つのはあきらめよぉっ・・・。」

必死の長秀ながひでだったが、秀吉ひでよしの顔に少しずつみが重ねられていくのに気付く。

「速いっ、速すぎるぅっ・・・。」

「なっ、何を申しておるぅっ、筑前ちくぜんっ・・・。」

「よぉ見てみぃ、五郎左殿ごろうざどのぉっ。佐久間さくまたすけるにしては馬が速すぎるっ・・・。」

秀吉ひでよしの言葉の意味を理解できない長秀ながひでは、改めて茂山しげやまの方角に眼を向ける。

「たっ、確かに速いっ。じゃがこの速さで鬼玄蕃おにげんばの後ろから襲い掛かれてはぁ・・・。」

佐久間さくまは坂を手前に降りきっちょる。右から又左またざ佐久間さくまの後ろに出るにゃぁ、あん坂ん上で直角に曲がらにゃならん。あん速さでそないなこつがでけるかぁ・・・。」

「えっ、じゃぁ又左殿またざどのはぁ・・・。」

「よぉ見てろぃ・・・。おそらく又左またざはぁ・・・。」

利家としいえの騎馬隊の速度は落ちない。刻々と権現坂ごんげんざかに近づく・・・そして・・・。

「なっ、なんとぉっ・・・、そのままぐ西へ向かってしもうたぞぃ・・・。」

秀吉ひでよし嬉々ききと大声を発する。

「これじゃぁっ、又左またざはこれを狙っちょったぁ・・・。」

「たっ、退却ぅっ・・・。又左殿またざどの戦場いくさばから『逃走』ということかぁ・・・。」

佐久間さくまよぉっ、下手へたに強さを見せつけんと坂を押し返したんが失敗じゃったなぁ。御陰おかげ又左またざが西に逃げやすぅなりおったわぃ・・・。」

長秀ながひで前田まえだ隊の後ろを追って走り去ろうとしている他の隊があるのに気付く。

「あっ、あれは五郎八殿ごろはちどののっ・・・、彦左殿ひこざどのの隊もかぁっ・・・。いつの間にぃ・・・。」

秀吉ひでよしは気づかないうちに落としていた軍配ぐんばいを拾い上げ、叫ぶ。

「よぉっしぃっ、佐久間さくま勝政かつまさたすけが来んと分かって混乱しまくるはずじゃぁ・・・。皆の者ぉっ・・・、今こそ天はわれらに味方してくれちょるぅっ・・・。好機ぞぉっ、全軍っ、押し出せぇぇぃっ・・・。わしも出るぞぉぃっ・・・。続けぇっ・・・。」

賤ヶ岳しずがたけにはこれまでにない大きなとき雄叫おたけびが響き渡る。

「うぉおおおおっ・・・。」

五郎左殿ごろうざどの勝政かつまさを討ちにかかってくれぇ。わしらは佐久間さくまを討つぅっ。隼人正はやとのしょうらにも加勢せぃと伝えよっ・・・。敵はまもなく総崩そうくずれじゃぁ。手柄てがらを取りてぇもんは今こそ気合を入れぇぇぃっ・・・。」

秀吉ひでよしの云った通り、飯浦坂いいうらざかこらえていた勝政かつまさの隊も、持ち直していた盛政もりまさの隊も、利家としうえの逃走を察知さっちした途端に、総崩そうくずれを始める。秀吉ひでよし長秀ながひで軍の総攻撃に耐えきれず、またたく間に勝政かつまさの兵も、盛政もりまさの兵も四散しさんし、隊を成すことができなくなる。勝政かつまさは混乱の中で命を落とし、盛政もりまさは山中に逃げ込む。権現坂ごんげんざかから集福寺坂しゅうふくじざかまで盛政もりまさの残党をあっという間に追いやった秀吉ひでよしは、そこで勝利を確信する。

(後は権六ごんろくぅっ・・・。待っちょれやぁ・・・。)
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