生残の秀吉

Dr. CUTE

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駆引

百五十九.敗走の勝家

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天正十一年四月二十一日 戌の刻

いくさはこの日の真昼に決着がついた。狐塚きつねづかにおいても早朝から勝家かついえ軍と小一郎こいちろう秀政ひでまさ軍の戦闘が繰り広げられていたが、そのうち勝家かついえの陣に前田まえだ軍の戦線離脱せんせんりだつ盛政もりまさ軍の壊滅・勝政かつまさ討死うちじに秀吉ひでよし軍の集福寺坂しゅうふくざか侵攻のしらせが続々と入ってきて、次第に勝家かついえ本隊からも兵の逃走が起こり始めた。勝家かついえ原長頼はらながよりが陣取っていた狐塚きつねづかから北に位置する林谷山はやしたにやまとりでへ自軍の撤退を命じ、そこで籠城ろうじょうを開始した。小一郎こいちろう秀政ひでまさ軍は猛追撃し、双方に多数の戦死者が出たが、正午になってとうとう林谷山はやしたにやまとりで陥落かんらくした・・・。しかし、そこに勝家かついえはいなかった。

勝家かついえ籠城ろうじょうを命ずるも、林谷山はやしたにやまとりでには入らず、家臣を自身になりすまさせ、逃亡の時間稼じかんかせぎをさせていた。小一郎こいちろう秀政ひでまさ軍はまんまとその罠にかかり、勝家かついえの逃走を知らずしてとりで陥落かんらくに時間をついやし、犠牲も増やしてしまった。策がうまくまったとはいえ、勝家かついえ手勢てぜいはわずか五十騎ほどまで減ってしまい、北国街道ほっこくかいどうを北上するも命からがらであった。日が暮れる頃、ようやく越前えちぜんまで辿たどいた勝家かついえは、秀吉ひでよし軍が追ってこないことをさとると、北庄きたのしょうではなく、府中ふちゅうの城に立ち寄ることにした。府中ふちゅうの城下は閑散かんさんとしている。

又左またざめっ、城下の者を城に入れたかぁ・・・。)

利家としいえ離脱りだつは、秀吉ひでよし大返おおがえしとは異なり、計画されていたわけでなく、家臣も直前まで聞かされていなかったため、多くの兵が敵味方の区別のつかない混乱の最前線さいぜんせんに取り残され、命を落とした。それでも利家としいえ利長としなが父子おやこは半分以下となった手勢てぜいとともにがむしゃらに塩津しおづ敦賀つるがを駆け抜け、この府中ふちゅう雪崩なだむように帰還した。そして到着するやいなや、父子おやこ籠城戦ろうじょうせんの構えをくよう、家臣たちに命じたのであった。

府中ふちゅうの城の外郭にはたくさんの篝火かがりびが立てられ、衛兵えいへいたちが襲撃を警戒する。勝家かついえはひとまず山間やまあいから城の構えを確認するが、

(もはや又左またざがわしの首を手柄にすることはなかろう。)

と考え、反対の声はあったものの、ゆっくりと数名の従者じゅっしゃとともに大手門おおてもんまで馬を進める。やぐら衛兵えいへいたちはすぐに勝家かついえを見つけ、利家としいえしらせるが、攻撃の気配は一切なく、ただただ勝家かついえらの振る舞いをうかがっている。

又左またざあぁっ・・・、やってくれたのおぉっ・・・。」

門前から半町はんちょうほど離れたところに馬を止めた勝家かついえが、城に向かって湿しめった大声を響き渡らせる。そして静寂せいじゃくの時間が流れ、その間に他の家臣たちが勝家かついえの周囲に集まってくる。家臣たちの小声の会話が始まる。

かえしがないのぉ・・・。」

「当たり前じゃぁ・・・。このおよんで裏切うらぎもんが何を申すというんじゃぁ。」

「とはいえ、わしらを討つ気配は見せとらんのぉ・・・。」

「油断するなぁっ、裏切うらぎもんは何をするか分からんぞぉっ・・・。」

馬上の勝家かついえは家臣たちの小言に構わず、ただただ城門をにらんでいる。すると、ぎぃという音を立てながら、城門がゆっくりと開けられる。門の中央には槍を左手に持つ利家としいえ仁王立におうだちしている。そしてしばらく勝家かついえ利家としいえの静かなにらいが続き、それを互いの兵たちが固唾かたずみながら見守る。やがて勝家かついえが口を開く。

又左またざぁっ・・・、いつ心変わりしたぁっ・・・。」

利家としいえは槍を固く握り、負けじと大声を張る。

「初めから、心変わりなぞぉしておらんっ・・・。」

勝家かついえの家臣たちがどよめく。勝家かついえは右手を真横に上げて周りを制し、ゆっくりとした口調で尋ね返す。

其方そなたにはあらかじ筑前ちくぜんくだ猶予ゆうよを与えたというにぃ、それでもわしのところに戻ってきて、わしをこれまで支え続けたのはぁっ、最初から今日、まさにこの日にわしを裏切うらぎるためじゃったというわけかぁっ・・・。」

勝家かついえの言葉に込められる怒りは利家としいえを圧倒する。利家としいえ武者震むしゃぶるいするも、心中で何度も何度も自分をしずかえし、少しの間を開けて、きりとした眼差まなざしを保ちながら返す。

斯様かよう卑怯ひきょうな手でも使わねばぁっ・・・、天下無双てんかむそう武神ぶしん柴田修理之亮勝家しばたしゅりのすけかついえをわしらが討つことはできなんだぁっ・・・。」

利家としいえの思わぬ言葉が辺りに響き渡り、一層の静寂せいじゅくさが増す。敵も味方も、二人以外は唖然あぜんとするしかないといった風で、皆二人の会話の続きを聴きたくて仕方がない。利家としいえ勝家かついえにらつづけるが、勝家かついえはやがて眼をつぶり、苦笑し始め、そしてつぶやく。

「わしを倒す策はこれしかなかったというわけかぁ・・・。又左またざらしい言葉ことばよぉっ。」

勝家かついえが肩を上下に揺らしている。それを見た利家としいえは、頭だけ後ろを向き、ひかえていた利長としながに合図する。すると利長としながと他三人の小兵こひょうが一人一台ずつの荷車にぐるまを押しながら現れる。利家としいえと並ぶように立ち止まった四人は、自分の刀を腰から抜いてその場に置く。そして再び荷車にぐるまを押し出し、利家としいえ勝家かついえの中間まで進むと、そこで荷車にぐるまを置き去りにし、城門に急ぎ引き返す。利家としいえが叫ぶ。

親父おやじぃっ・・・、親父おやじらをこの城に入れるわけにはいかんっ。そこにっとる飯と水を持って、さっさと北庄きたのしょうに戻られよぉっ・・・。」

勝家かついえの家臣の一人が思わずいきち、刀に手を掛ける。

「おのれぇっ、裏切うらぎもんほどこしを受けよというのかぁっ・・・。」

勝家かついえは落ち着き払って制する。

「よせっ、もはや又左またざは死ぬまで裏切うらぎものそしりを受け続けるを覚悟しておるっ。それは死ぬ覚悟よりも辛いものじゃ。これ以上、又左またざを責めんでえぇっ。」

勝家かついえは黙ってしまった家臣たちに荷車にぐるまをこちらに運ぶように指示する。警戒しながら運び込まれた荷車にぐるまから、勝家かついえは竹筒一つを取り上げ、皆に見せるように水をごくりとむ。そして支えていた何かが急に外れたかのように、明るい表情を見せる。

又左またざよぉっ、見事なはかりごとであったぞぉっ・・・。其方そなたは天下一の知恵者ちえものじゃぁ・・・。」

勝家かついえは馬上で笑っている。その間に勝家かついえの家臣たちは馬を降り、荷車にぐるまに集り、あわてて水を口にしながら、食糧を胴丸どうまるの内側に次々と詰め込む。

「そろそろ行くぞ。」

しばらくして勝家かついえが家臣に語りかけると、一同は夢から現実に引き戻されたかのような感覚におちいり、悄気しょげながら黙って馬にまたがる。

「世話になったのぉっ、又左またざぁっ・・・。達者たっしゃでなっ・・・。」

竹筒を天に突きつけながら、勝家かついえ一行が城前をゆっくりと去っていく。利家としいえ仁王立におうだちのまま、最後まで勝家かついえらを見送るが、その眼は徐々に赤くうるおはじめる。

親父おやじっ、・・・、かたじけないっ・・・。)
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