生残の秀吉

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齟齬

百六十四.国替の恒興

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天正十一年五月六日 辰の刻

佐々成政さっさなりまさの降伏を確認した後、秀吉ひでよし北陸ほくりく丹羽長秀にわながひでに任せ、自身は帰還する。昨日は長浜城ながはまじょうまで戻り、明日の早朝には安土あづちつ予定であるが、秀吉ひでよしはその前に・・・と、池田恒興いけだつねおき長浜城ながはまじょうに呼び寄せていた。恒興つねおき長浜ながはまへの到着は昨日であったのだが、二人が会うのはこれからである。恒興つねおきの待つ広間へ、朝食あさげを済ませた秀吉ひでよしが入ってくる。

「よぉっ、勝三郎かつさぶろうっ、大義じゃったぁ・・・。」

筑前ちくぜんこそぉっ、まこと権六殿ごんろくどのを討ってもぉたのぉ・・・。」

又左またざ寝返ねがえりがなけりゃぁ危なかったがのぉ・・・。御蔭おかげ権六ごんろくの兵が総崩れになってからはあれよあれよと事が運んだぞぃっ・・・。

「それに信孝様のぶたかさま御切腹ごせっぷくなされたとかぁ・・・。」

秀吉ひでよしは上座に座しながら返す。

「あぁっ、わしが何も云わんでも、三介殿さんすけどのの方で手を下しおったわぃ。これでわしらの命をおびやかすもんはおらんよぉになったぁ。ほっとしちょるわぃ。こんで少し休みてぇぇ・・・と云いたいところじゃがぁ・・・。」

恒興つねおきが豪快に笑う。

「はっ、はっ、はっ、はぁっ。そう簡単に周りは休ませてくれんじゃろぉ。其方そなたを頼りにする者がますます増えてもうたからのぉ・・・。」

「そぉなんじゃぁ・・・。そんでこん先のこつでさき勝三郎かつさぶろうに相談しておきたくてのぉ・・・。今日はそんで呼んだんじゃぁ。」

恒興つねおきはそのような話になることは予想していたが、えてとぼけて応じる。

「んっ、何じゃっ、仰々ぎょうぎょうしいのぉ。褒美ほうびをぎょうさんくれるっちゅうんかぁ・・・。そんなら喜んで頂くぞぃ・・・。」

恒興つねおきの冗談に秀吉ひでよしはあまり構っていられない。

「うぅぅんっ・・・、ぎょうさんっちゃぁ、ぎょうさんなんじゃがぁ・・・。うぅんっ、まぁっ、勿体もったいぶらんで申すとするかのぉっ。勝三郎かつさぶろうっ、すまんがぁ、せがれ元助殿もとすけどのと一緒に美濃みのに移ってくれんかぁ・・・。」

秀吉ひでよしの申し出の内容は恒興つねおきには少し意外である。

「みっ、美濃みのって信孝様のぶたかさまの後に岐阜ぎふに入れっていうことかぁ・・・。そっ、そりゃぁ大殿おおとののゆかりの地をもらえるなんぞ有難ありがたい話じゃがぁっ、信雄様のぶかつさま御承知ごしょうちなされんじゃろぉっ。それに摂津せっつはどぉするぅ・・・。」

「まぁっ、順を追って話させてくれぇぃ。まずは此度こたびいくさ論功行賞ろんこうこうしょうのこつじゃぁ。わしら以外で最も攻があったんはまぎれもなく五郎左殿ごろうざどのじゃぁ。じゃから五郎左殿ごろうざどのには北近江きたおうみ越前えちぜんを加増じゃ。そんでこんいくさ又左またざの活躍がなけりゃぁ、こんなにはよう決するこつはなかったぁ。じゃから又左またざには能登のとに加え、加賀かがもやる。そんでいくさに加わっとらん内蔵助くらのすけ越中えっちゅう所領安堵しょりょうあんどじゃ。」

恒興つねおきは腕を組みながら納得する。

「うぅぅんっ、まぁ北陸ほくりくの配置はそれが順当なところじゃなっ。」

「細かいところは五郎左殿ごろうざどのに任せちょる。まぁっ、こういうんは五郎左殿ごろうざどのは得意じゃから心配ねぇんじゃがぁ・・・、問題は三七殿さんしちどのの所領・岐阜ぎふじゃぁ。わしもここを治めるんは、さき三介殿さんすけどのが頭に浮かんだんじゃがぁ・・・、ちぃと不安になってのぉ・・・。」

秀吉ひでよしがそう云うのは分からなくもないのだが、えて恒興つねおきは尋ねる。

「不安って、何がじゃぁ。元々信雄様のぶかつさま岐阜ぎふ御望おのぞみであったろうしぃ、現在いま尾張おわり南伊勢みなみいせもよぉ治めとると評判でねぇかぁ・・・。」

「まだ一益かずますいくさが済んどらんこつ、かと云って、いつまでも岐阜ぎふの城を西美濃衆にしみのしゅうにはまかせられんっちゅうこつ。そんにぃっ・・・、こんが肝心なんじゃがぁ・・・、いい加減に東美濃衆ひがしみのしゅう大人おとなしゅうさせなあかんっちゅうこつじゃぁ。三介殿さんすけどの三河みかわとはうまくやってくれちょるがぁ、東美濃衆ひがしみのしゅうを取り込むんは随分と手こずっておる・・・。ぐずぐずしちょると、また北条ほうじょうがちょっかいをかけてくるわぃ・・・。そこでじゃ、わしはここは勝三郎かつさぶろうの出番と考えたわけじゃぁ。」

恒興つねおきはにやつく。

「ははぁっ、分かったぞぃっ。今で飛ぶ鳥落とす勢いのわが頼もしき『婿殿むこどの』のうしだてとなり、とっとと美濃みのの西も東もたいらげよというんじゃなぁ。・・・。」

婿殿むこどの』とは恒興つねおき娘婿むすめむこ森勝蔵長可もりかつぞうながよしのことである。わずか十三歳で武家の名門・もり家の嫡男ちゃくなんとなり、十五歳の頃から信長のぶながに仕えて、各地戦場いくさばで活躍している。本能寺ほんのうじの事件の際には越後えちごまで攻め入っていたが、信長のぶなが急襲のしらせを訊くと、人質ひとじち駆使くしして何とか居城の美濃みの金山城かなやまじょうまで戻ることができた。それから東美濃ひがしみのの立て直しに翻弄ほんろうしてきたが、領内が信孝派のぶたかは秀吉派ひでよしはに割れる中、秀吉派ひでよしはくみした長可ながよしはおよそ一年をかけて、まもなく東美濃ひがしみのを完全に平定するところまできた。尾張おわり西美濃にしみのたすけがほぼ期待できない中で東美濃ひがしみの平定をやってのけようとしている長可ながよしは、恒興つねおきにとって自慢の『婿殿むこどの』であり、池田いけだ興隆こうりゅうの象徴でもある。

「さっすがぁ・・・、じゃぁっ、勝三郎かつさぶろうっ、頼まれてくれっかぁ・・・。」

えつひた恒興つねおきを見て秀吉ひでよしはこのまま話を終わらせようとするが、恒興つねおきは満面のみでも抜け目はない。

「おいおいっ、筑前ちくぜんよぉっ、話はまだ終わっとらんじゃろぉ。なるほどぉっ、わしら父子おやこ岐阜ぎふに移れというのは分かった。東美濃ひがしみののことを考えりゃぁもっともなこっちゃぁ・・・。じゃが信雄様のぶかつさまは納得いかんじゃろぉ・・・。」

一益かずますとのいくさが終われば、三介殿さんすけどのには伊勢いせの残りと伊賀いがもろぉてもらう。」

一益殿かずますどのの所領は没収かぁ・・・。まぁっ、それは致し方ないかのぉ・・・。じゃが此度こたびいくさでは、信雄殿のぶかつどのも大いに働いてもろうとるっ。それにしては伊勢いせ伊賀いがの加増くらいじゃぁ、ちぃと少ないんじゃねぇのかぁ・・・。」

もっともな恒興つねおきの指摘だが、秀吉ひでよしかえし若干じゃっかん苦しい。

「じゃが滝川たきがわ一党全員命は救うちゃるっ。流石さすが一益かずますは隠居させにゃぁならんが、他の滝川たきがわ一派は御咎おとがめなしじゃ。既に雄利殿かつとしどのに走り回ってもろぉてぇ、三介殿さんすけどの一益かずますには理解してもらっちょる。一益かずますくだるのももう少しじゃぁ。と人を与えれば、三介殿さんすけどのにも納得していただけるじゃろぉ。」

然様さよう容易たやすまとまればえぇんじゃがのぉ・・・。」

一方で恒興つねおきには先ほどからの秀吉ひでよしの口ぶりが気になって仕方ない。

「それにしても筑前ちくぜんよぉっ・・・、さっきから、おぬしが全て取り仕切っとるように聞こえるのぉっ・・・。五郎左殿ごろうざどのには話してきたんかぇ。」

「もちろんっ、もちろんなんじゃがぁっ・・・。まぁえぇっ、まずは続きじゃぁ・・・。」
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