生残の秀吉

Dr. CUTE

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齟齬

百八十七.湯治の兄弟

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天正十一年十二月三日 酉の刻

「何じゃぁ、このにごった湯はぁ・・・。」

「小一郎っ、にごってるんでねぇ。こぉいう色なんじゃぁ・・・。ほぃっ、きたなくねぇからぁ、かってみんろっ。」

「どれどれぇ・・・、かあぁっ、あっ、熱いぞぉっ・・・。」

「こんがえぇんでねぇかぃ。ほらぁっ、ここん座して肩までかってみんかぃ・・・。」

秀吉ひでよし小一郎こいちろう有馬ありまの岩風呂にかる。小一郎こいちろうはここのところ心身共に疲れているように見受けられる秀吉ひでよしねぎらい、気晴らしに湯治とうじに出かけるよう提案した。秀吉ひでよしはかつて有馬ありま休憩きゅうけいしたことを思い出すと、意外とあっさり仕事をほうげ、小一郎こいちろうも連れて行く。

身体からだにじわじわと突き刺さるのぉ・・・。一度に何百もきゅうけられとるようじゃぁ。」

「そんがまためられんのじゃわぃ・・・。」

「しかし胡座あぐらかいてかる湯浴ゆあみなんぞ珍しいのぉ。」

「えぇじゃろぉ。わしが考えてこん仕掛けをこしらえさせたぁ。」

「そりゃぁえぇ・・・。じゃっ、じゃがぁやはりわしには熱すぎるわぃ・・・。」

小一郎こいちろうが、続いて秀吉ひでよしが立ち上がり、岩風呂のふちに腰をかける。

「忙しさにかまけててぇ、近くにこないなえぇとこがあるのを忘れておったぁ・・・。小一郎こいちろうっ、ありがとなっ・・・。」

あにさぁの疲れが取れるんなら、そんに越したこつはねぇ。」

「ところでぇ、本願寺ほんがんじはどぉじゃったぁ・・・。」

あにさぁの云うた通り、やはり法主様ほっすさまは現れなんだわぃ。じゃけど了珍殿りょうちんどのの後ろからのぞいとるんは丸わかりじゃったわぃ。了珍殿りょうちんどのが茶碗を高々と上げて、後ろの法主様ほっすさまに見せちょるさまは、まるで踊っとるよぉでぇ、あの場で笑ってしまいそぉになったわぃ。」

「そうかぁっ。わしも見てみたかったのぉ。とにかく誇り高き御人ごじんじゃぁ。こぉやって小出しにわしらのこつを分かっていってもらわんと、いつまでも安心できん御人ごじんであり続けるからのぉ・・・。」

ときがかかるんはしゃぁねぇかぁ。でもなかなかおもしろかったぞぃ。」

「じゃぁ、またわしの使いをしてくれるかぇ。」

兄弟の笑い声が河原かわらに響く。

孫平次まごへいじがしっかりと法主様ほっすさまを見張っちょるから、いくさ支度したくよできた。あにさぁ・・・、いつでも行けるぞぃ。」

「そんこつじゃがぁ・・・。」

「どぉかしたんかぁ・・・。」

小一郎こいちろうっ、も少し紀州攻きしゅうぜめはおあずけじゃぁ。そん前に徳川とくがわ大人おとなしゅうなってもらわんと、気が気でならんっ。」

三河殿みかわどのを・・・。紀州きしゅういくさと何の関係があるんじゃぃ。」

家康いえやす雑賀さいか根来ねごろそそのかしちょる。もしかしたら領の約束でもしとるやもしれん。」

「わしらが紀州きしゅうに攻め入ったら、三河殿みかわどのが仕掛けてくるんかぇ。」

「いやっ、現在いま三河みかわにはそないな余裕はねぇじゃろぉ。じゃが紀州きしゅういくさを長引かせよぉとしちょるんは間違いねぇ。わしらを手こずらせるにゃぁ、彼奴あやつらにえさをちらつかせるんがえぇ。そぉ思ぉてわしは彼奴あやつらと本願寺ほんがんじを切り離したつもりじゃったが、家康いえやすがそんわりになろぉとしちょるよぉじゃ。確たるあかしつかめるほど容易たやすい相手でねぇが、官兵衛かんべえの調べでは、相当の銭が三河みかわから紀州きしゅうに持ち運ばれたらしい。」

「裏に三河殿みかわどのかぁ・・・。でっ、どぉするんじゃぁ。」

安国寺あんこくじ坊主ぼうずが云うちょった通り、家康いえやすがわしらに楯突たてつける根っこのとこのぞくぅ。」

「どぉいうこつじゃぁ。」

「わしと三介殿さんすけどのが仲直りする・・・、っちゅうてもわしは三介殿さんすけどのきろうてるわけじゃねぇがなっ。まぁっ、三介殿さんすけどのに機嫌を戻してもらうっちゅうこっちゃぁ。」

「そりゃぁ分かるがぁ・・・、でっ、どぉするんじゃぁ。」

「近々、わしと三介殿さんすけどのが歓談する。宗易殿そうえきどのがそん場を支度したくしてくれちょる。」

「説得するんかぁ。じゃが家督かとくのこつはどぉするんじゃぃ。」

家督相続かとくそうぞくは認めるっ。じゃがそりゃぁ来年の秋じゃぁ。」

「なんで来年の秋なんじゃ・・・。そんに信雄様のぶかつさまはそないに待ってくれるんかぇ。」

「ほんまは公家どもの機嫌きげんそこねんよぉするためじゃがぁ、三介殿さんすけどのにはそぉはかず、紀州攻きしゅうぜめを理由にする。上方かみがたを平らげたところで、三介殿さんすけどの御一人おひとり大坂おおさかの城に入ってもろぉて、叙任じょにんと共に家督相続かとくそうぞくを宣言してもらう。家督かとく殿との御成人ごせいじんあそばされるまでじゃぁ。それまでは殿とのには近江おうみ御養育ごよういくいただいてもらうかのぉ。そんで三介殿さんすけどの大坂おおさか入りして間もなく、毛利もうり秀勝殿ひでかつどの婚姻こんいんを皆にしらせりゃぁ、こん世に織田おだあらがもんはなくなる。そぉいう腹積はらづもりじゃったと説得する。」

「何だか後付あとづけじゃのぉ。じゃがそれじゃぁ公家どもは納得せんじゃろぉ。」

「こんを機に三介殿さんすけどのには摂津せっつ紀州きしゅうもろぉてもらい、そんわりにわしの山城やましろはこんままにしてもらう。そもそも三介殿さんすけどのは公家どもが嫌いじゃぁ。まつりごとをするなら公家のおらんとこがえぇじゃろぉし、わりに公家の相手はわしがするというこつならぁ、三介殿さんすけどのも公家衆も文句をつけてこんじゃろぉ。」

「そぉうまくいくかのぉ・・・。じゃがそん通りになっちゃらぁ、確かに三河殿みかわどのがしゃしゃり出てくるすきはなくなるのぉ。」

「今云うたこつを誓紙にしたためて、三介殿さんすけどのに納めてもりゃぁ、三介殿さんすけどのに納得してもらえるじゃろぉ。そぉ期待しちょるっ、いやっ、そぉ持っていかなぁあかん。」

「じゃあ紀州攻きしゅうぜめはそん後っちゅうことじゃな。分かったぁ・・・。でっ、信雄様のぶかつさま御目通おめどおりするんはいつ頃じゃ。」

宗易殿そうえきどのの話では年明け早々じゃ。園城寺おんじょうじ支度したくしちょるらしい。勝三郎かつさぶろう五郎左殿ごろうざどの雄利殿かつとしどのらにもこれから呼びかけるっ。」

このとき、兄弟の湯浴ゆあを寒風が襲う。

「うぅっ、寒ぅっ・・・、こりゃたまらん。小一郎こいちろうっ、も一度かるぞぃ・・・。」
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