生残の秀吉

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退陣

四.懐古の官兵衛

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 秀吉ひでよしは泣き続ける。小一郎こいちろうも泣き続ける。兄弟二人が泣く理由はそれぞれ違うが、それを官兵衛かんべえそばから理解不能な眼差まなざしで眺めていた。

(これほどまで主人あるじしたっとったんかぁ。わしにそんなもんはなかったのぉ。)

 官兵衛かんべえ播磨はりま小寺政職こでらまさもとつかえていた頃を思い出す。
 播磨はりま備前びぜん備中びっちゅう美作みまさかといった地域では、外は尼子あまご毛利もうり三好みよし織田おだといった大国に圧力を掛けられ、内からは一向宗いっこうしゅうあおられる形で国人こくじんらのいくさなかった。そのせいか、この地の国人こくじんたちは自然と疑心暗鬼ぎしんあんき性分しょうぶんとなり、信頼と裏切りは駆け引きの道具と化していた。官兵衛かんべえ主人あるじ小寺政職こでらまさもとはその例にれない人物で、官兵衛かんべえは彼が言葉を発する度に、その裏、さらにその裏の思惑を察しなければならなかった。そんな政職まさもと官兵衛かんべえが”したう”という感情は一切生まれなかったし、それが普通の主従の在り方だと思っていた。政職まさもと荒木村重あらきむらしげに呼応して織田おだ家に叛旗はんきひるがえしたといたときも、

所詮しょせん小物こものか。)

 くらいであった。

 しかしそんな自分の常識が全く当てはまらない人物に官兵衛かんべえは出会った。

羽柴筑前守秀吉はしばちくぜんのかみひでよし・・・おもしろいっ。)

 七年前、織田おだ家への従臣を伝えるため、官兵衛かんべえ政職まさもとの家老として岐阜の信長のぶなが謁見えっけんした。その取次役とりつぎやくになったのが秀吉ひでよしであった。この頃、官兵衛かんべえ信長のぶながの強さの秘密に関心があった。信長のぶながは”裏切られる人”でもあった。織田信行おだのぶゆき比叡山ひえいざん本願寺ほんがんじ足利義昭あしかがよしあき浅井長政あざいながまさ、・・・。それでも苦難をけ、畿内きないを平定し、さらに外へと勢いをひろげようとするその力のみなもとは何か。官兵衛かんべえはその”情報”欲しさに秀吉ひでよしに取り入ろうとした。元々声にしぶみのある官兵衛かんべえに警戒すると思いきや、秀吉ひでよしは笑ってしまうほどれしく接し、さらには眼を輝かせながら信長のぶながの功績を語りたがった。長篠ながしの設楽原したらがはらいくさはもちろん、領内の商いの話や茶道具の話、出会いの経緯いきさつなどなど、・・・。一日では語り尽くせないので、秀吉ひでよし官兵衛かんべえが幾度と安土やみやこを訪れるたびにうたげに招き、酒を交わしながら信長のぶながの業績を嬉々ききとして講じた。秀吉ふでよしの話をきながら、官兵衛かんべえは大局的に信長のぶながを分析した。

(上様の真の敵は”常識”じゃ。それも”悪習”じゃな。血筋とか、仏の御心みこころとか、公方様くぼうさまとか、・・・ひねくれた常識を上様がことごとこわしている。”常識”を負かすのは”非常識”じゃ。そりゃぁ、強いわ。”常識”から抜け出せん敵も多かろうが、”常識”にちらわれない若い連中なんかはたいそう魅力じゃろうなぁ。)

 そして、

(この目の前でべらべらしゃべる男は、まさに上様の意を体現してる男じゃ。)

 と秀吉ひでよしを評した。

 秀吉ひでよしの中国遠征に同行するようになると、官兵衛かんべえ秀吉ひでよしいくさのやり方に驚かされるようになる。

筑前殿ちくぜんどのいくさは、まるで皆で祭を盛り上げようというやり方じゃ。)

 通常、攻城戦となると敵の城の近辺にしろさくほりなどを作っていくさを有利に進めようとする。しかし遠征の兵たちにとって戦場での重労働は憂鬱ゆううつで、士気も落ちる。それを知ってかいなか、秀吉ひでよしの場合は積極的に近隣の百姓ひゃくしょうたちに銭をばらいて協力させる。一応、家臣に指揮を取らせるのだが、秀吉ひでよしはほぼ毎日現場に出向き、百姓ひゃくしょうどものやる気を鼓舞こぶするようみずか扇子せんすを振って音頭おんどをとる。地元の唄を合唱するのもしばしばである。夜は粗末ながらも酒肴しゅこうをふるまい、皆をねぎらう。遊んでいるかのようだが、地元民の評判は高まる一方で、知らず知らずに”織田おだ方”が底辺から増えていく。これが全くもってあなどれず、いくさの後半ともなると、頼んでもいないのに地元民が兵糧ひょうろう諜報ちょうほうの協力を申し出ることが度々たびたびである。自尊心の高すぎる武士には思い描けない、まさに”非常識”である。

 そして官兵衛かんべえもいつの間にか秀吉ひでよしかれているのに気づく。それこそ此度こたびの水攻めは、この地をよく知る官兵衛かんべえが雨を眺めながら思いついた策であった。宴席で冗談のつもりで秀吉ひでよしに明かしたのが契機けいきだったが、秀吉ひでよしはその場で大いにき、いくらか問答もんどうした後で小一郎こいちろうを呼びつけ実現をうながした。現実的な小一郎こいちろう愚痴ぐちを繰り返したが、なんだかんだ云いながら結局はやりきってしまう。

(おもしろい。おもしろい・・・。この兄弟は、こんないくさは、めちゃくちゃ”非常識”じゃ。)

 そんな秀吉ひでよしらの慟哭どうこくが長い。

(今、彼らは自らの根幹を失ったんじゃ。そのみきの太さはわしには計り知れん。)

 そして冷ややかな官兵衛かんべえの頭には、思ってはいけない思いがぎる。

(わしにとっておもしろい日々の連続じゃったが、筑前殿ちくぜんどのもこれまでかのぉ。)
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