生残の秀吉

Dr. CUTE

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策謀

百十五.延命の勝家

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天正十年十一月二日 未の刻

朝廷への奏上そうじょうの後、秀吉ひでよしは新しく建て直された山崎やまざきの城に移り、しばらくここをどころとする。天王山てんのうざんの山頂からふもとまで大規模な城郭を持つこの城は、仇討あだうちの後、秀吉ひでよし信孝のぶたか勝家かついえとのいくさに備えるために突貫工事とっかんこうじで築いたものであり、そして今まさにこの地に続々と戦支度いくさじたくを整えた西国の兵たちがつどはじめている。城郭内にはかつて秀吉ひでよし光秀みつひでいくさをした折に本陣を構えた宝積寺ほうしゃくじがあり、そこで秀吉ひでよし勝家かついえからの使者と面会する。

権六ごんろくめぇっ、其方そなたつかわしたかぁ。」

久しぶりに白い陣羽織じんばおりを着た秀吉ひでよしが、書状を持って近づきながら板敷いたじきに座す使者たちに話しかける。使者は三人。前田利家まえだとしいえを筆頭に、その右斜め後ろに金森長近かなもりながちか、左に不破直光ふわなおみつが座す。見下ろす秀吉ひでよしと見上げる利家としいえの会話が始まる。

「わしも其方そなたとこのような形で再会するとは思ってもみなんだわぃ。」

権六ごんろくに試されとるんでねぇんかぁ。」

秀吉ひでよしの言葉に長近ながちか直光なおみつはぎくとするが、利家としいえ悠々ゆうゆうとしている。

「かもなっ。わしがこのまま其方そなたと共に動くことも見越しておるだろうなぁ。」

利家としいえ長近ながちかの方に顔を向け、さらに直光なおみつの方に顔を向け、そして続ける。

「案ずるなっ。筑前殿ちくぜんどのの返事を訊いたら、皆で越前えちぜんに戻る。」

秀吉ひでよしはにやとする。

「そん通りじゃぁ。其方そなた越前えちぜんに妻子を預けとるんじゃろぉ。わしとて無理に其方そなたらを味方につけようとは思ぉちょらん。」

長近ながちか直光なおみつは何も云えずにただ平伏ひれふす。秀吉ひでよし嫌味いやみを込める。

「そんでぇっ、権六ごんろくからのこんふみじゃがぁ・・・、三七殿さんしちどのを説得するから猶予ゆうよが欲しいそうじゃのぉ。今更いまさら何を眠たいこつ云うとるんじゃと思うが、どぉせ雪が溶けるまでのときかせぎたいんじゃろぉ。」

利家としいえは鼻で笑うが、何も云わない。

「何じゃぃっ、云い訳せんのかぇ。」

直光なおみつあわてて口を開こうとするが、利家としいえさえぎる。

「何を云うたところで、其方そなたが心を変えることは無いんじゃろっ・・・。もはやわしらは親父おやじ言伝ことづてをするだけで、其方そなたを説得できるとは思ぉとらん。返事だけもらえればえぇ。」

流石さすが又左またざよぉ。余計なやり取りはせん気じゃな。ならときをかけてもしゃぁないな。)

「分かったぁ。ほんじゃぁ、権六ごんろくに伝えよ。朝廷の御許おゆるしが出たら、わしらは三七殿さんしちどのを捕えるため兵を出す。猶予ゆうよはそれまでじゃとな・・・。」

「承知つかまつりましたぁ。」

利家としいえ平伏ひれふし、続いて長近ながちか直光なおみつ平伏ひれふすと、秀吉ひでよし文机ふづくえの前に座す。

「今、ふみしたためちゃるから、ちぃと待っちょれぃ。」

すると、何か思い詰めたような長近ながちか秀吉ひでよしに問う。

筑前様ちくぜんさまっ、まこと親父殿おやじどのいくさをする気でございますかぁ・・・。」

筆をとりながら秀吉ひでよし長近ながちかにらむ。ひる長近ながちかを横目で見ながら利家としいえおぎなう。

筑前殿ちくぜんどのっ、応えてやってくれんかぁ。佐久間さくまらの取り巻きは別にして、そもそも大殿おおとのの命で与力よりきとして親父おやじについとった者らは、皆迷っとるんじゃぁ。親父おやじにつくか、其方そなたにつくか、いずれにしてもいくさまでに皆迷いは取り払いたいと思ぉとる。何故なにゆえ親父おやじ其方そなたが争わなければならんのか・・・、訊かせてやってくれんかぇ。」

鋭い目付きの秀吉ひでよしは、徐々にその眼を丸く変え、筆を置く。

「そうかっ、まぁっ、どぉ思ぉてもろぉても勝手じゃが、わしの意中を訊かせちゃろぉ。そもそもわしは死にとぉねぇからいくさをするんじゃ。」

意外な発言に長近ながちか直光なおみつは驚く。

三七殿さんしちどのにとってわしはこの世にってはならん存在なんじゃぁ。三七殿さんしちどの御母上おははうえの身の程が低いがゆえ嫡子ちゃくしにつけなんだ。そんに対してわしは大殿おおとのに可愛がられちょっただけで城持ちになった。三七殿さんしちどののわしへのうらみはこれからも消えるもんでねぇ。どぉしよぉもねぇもんなんじゃぁ。じゃからといって三七殿さんしちどのが上に立てば、わしとわしの家族の命は狙われ続けるっ。じゃからわしはられる前にるっ。」

長近ながちか直光なおみつが聞き入るかたわらで、利家としいえは少しみを浮かべる。

「そんで権六ごんろく信行殿のぶゆきどのを裏切ったことをいまだにいとる老いぼれよっ。信行殿のぶゆきどの三七殿さんしちどのはよぉ似とるそぉじゃが、そないなこつをずぅっとっとるぅっ。そないな御二人おふたりにもはや話せばわかるなぞ、あり得んのじゃぁ。」

自分で尋ねておきながら、長近ながちかは返す言葉を探すのに苦労する。

「なっ、何というか、筑前様ちくぜんさまの心中をお聞かせいただき感謝いたしまする。こっ、このいくさは避けられんということですなっ。」

「すまんのぉっ、皆を巻き込んでもぉてぇ・・・。じゃが皆らもいくさの後も生き残れるよう、よぉっく考えて動けばえぇんじゃぞぃ。」

長近ながちか直光なおみつ秀吉ひでよしの言葉に『味方になれ』という意味が含まれているのではと、かんぐってしまう。戸惑う二人に向かって利家としいえが云う。

「分かりましたか。これが筑前殿ちくぜんどのっ、いや藤吉郎とうきちろうなのです。主人あるじのためでも御家おいえほまれのためでもなく、自分と家族が生き残るためにいくさをする・・・、相変わらずですな。」

秀吉ひでよしはにこと笑顔を見せ、再び筆を取る。それを邪魔させないように利家としいえが二人をただす。

「これ以上の筑前殿ちくぜんどのへの問いかけは無用です。何せ、これ以上もこれ以下もござらんのですからな・・・。それと今の筑前殿ちくぜんどのとのやりとりを越前えちぜん親父おやじに申されても構いませんぞ。申したところで親父おやじとて何も云いますまい。」

長近ながちか直光なおみつは黙って平伏ひれふす。利家としいえ秀吉ひでよしの方を向き、姿勢を正す。しばらくして秀吉ひでよしが書状を書き上げ、直光なおみつに渡される。

「確かに筑前殿ちくぜんどのかえしを受け取り申した。今宵こよいはわれらはここに泊まり、翌朝出立しゅったつの上、必ず親父おやじにお伝え致す。れば、これにて・・・。今後の御武運ごぶうん御祈おいのもうげる。」

利家としいえがそう云いきって三人は立ち上がり、講堂を後にする。

又左またざらしいっちいえば又左またざらしいがぁ・・・、なぁんか彼奴あやつぅ、呆気あっけなかったのぉ。肝心の彼奴あやつが何を考えちょるんかが分からなんだわぃ。)
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