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策謀
百十六.追懐の盟友
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その夜、勝家の使者一行は宝積寺の本堂の庭の一角に暖を取り、宿営する。寒い夜であったが、流石に雪国での暮らしに慣れているのか、鹿や猪の毛皮に身を包んで雑魚寝することに何の躊躇いもない。皆が寝静まった頃を見計らい、前田利家一人が本堂の中に入り、同時に金森長近がそこから出てくる。利家が扉を閉めると、長近は扉の前の階段に座り込んで見張り役と化す。本堂の奥まったところには火鉢一つと燭台一つが並んでおり、そこに徳利と盃を持った秀吉が待ち構えている。利家が足音を消しながら、手招きの秀吉に近づく。利家の小声は白い。
「すまんのぉ。不破殿に知れたら、後で騒ぐでのぉ。悪い奴ではねぇんだがぁ・・・、少々大袈裟なところがあってのぉ。」
「そりゃぁ構わんがぁ、長近殿はえぇんかぁ。ここまで世話してもろぉたがぁ、何なら入ってもらってもえぇんじゃけどなぁ。」
「長近殿はわしと動きを一にすると御誓い下さった方じゃ。長近殿も其方と親父の間で悩まされとるが、『親父殿も筑前殿もよぉ知っとる前田殿について行けば間違いないじゃろぉ。』と申されてのぉ。今宵は藤吉郎と二人きりで存分に語り合って、自分には後で教えてもらえればそれでえぇと・・・。」
利家が秀吉の傍に座す。秀吉は利家に盃を渡し、酒を注ぐ。秀吉が徳利を置くと今度は利家が徳利を持ち、秀吉に酒を注ぐ。二人の顔は穏やかである。
「こぉして又左と夜半に酒を交わしとると、昔の貧乏暮らしの頃を思い出すのぉ・・・。」
「あの頃は共に忙しゅうて、今思えば酒なぞ飲んどる暇も銭もなかったはずなのに・・・、何故かそんな想い出だけが頭にこびり付いとるわぃ。」
「あん頃はお互い、大殿に気に入ってもらおぉと必死じゃったのぉ・・・。わしが草履持ちで、又左は母衣衆でぇ・・・。」
「嫁御を貰うんも必死じゃったなぁ。」
「何を云うっ、又左は近場で済ませてもぉたじゃねぇけぇ。あぁんなちぃこいまつ殿を騙くらかしてぇ・・・。ほんに嫁取りに必死だったんはわしの方じゃぁ。」
「騙くらかしたわけではねぇわぃ。あの刻はまつが『嫁にしてぇっ、嫁にしてぇっ。』ってしつこかったから仕方なくだなぁ・・・。」
「何が『仕方なく』じゃ。つくった子の数を数えてから云えっ。」
互いの声が大きくなっているのに気付くと、二人は笑いながら再び声を顰め、静かに再び酌を交わし合う。
「ところで、お豪は元気にしとるかぁ。」
「あぁっ、達者じゃぁ。おねのこつ、よぉ手伝ぉとる。そぉいやぁ、最近あん二人は何とのぉ似てきたのぉ。こないだ朝食の支度がでけたと声をかけられたとき、どっちの声か分からなんだわぃ。」
「ふぅぅんっ。女子は母親に似るんかのぉ。倅はちぃともわしに似んのにのぉ。」
「倅かぁ・・・、羨ましいのぉ・・・。」
「相変わらず、子はでけんのかぁ。」
「どぉやらわしに子の種はねぇよぉじゃのぉ・・・。他の女子にも手を出しちょるが、まぁったくじゃ。時折、おねに済まねぇと云いたくなるわぃ・・・。云えんけどな。」
「いやっ、云った方がえぇ。おね殿が自分を責めとったら、それこそ申し訳ないことよぉっ。」
「そないなこつ云えるわけねぇじゃろぉっ。わしが女子遊びしちょったとばれただけで、一晩中どやされるんじゃからぁ・・・。」
「なっ、何とぉっ、おね殿は未だに他の女子に嫉妬するんかぇ。」
「まつ殿は違うんかぇ。」
「まつはぁ・・・、あぁ・・・、まつもそぉじゃのぉ。」
二人は笑うが、三度声の大きさに気づき、笑うのを堪える。二人の晩酌は続く。
「長益殿を匿ぉたこつは、権六にばれてねぇんかぇ。」
「さぁなっ。あの洞穴はまだ見つかっとらんようじゃから、まだばれてねぇんではねぇかぁ・・・。それよりも親父にとっては、小牧山の幟の件の方がよほど腹が立ったらしい。あれはわしの絡みようは無いんじゃが、あの後随分と愚痴を訊かされたわぃ。」
「何もなかったんかぇ。」
「盛政が煩かったから、『筑前殿が何の策も講じないと本気で考えとったんかぇ。』と云い返したんじゃが、そしたら親父は『わしの失態じゃ。』と返してのぉ・・・。ありゃぁ、よほどこたえたんじゃなぁ。じゃがわしの気のせいかも知らんが、親父もあのとき戦にならんでよかったと思っとるんじゃなかろうかのぉ。」
「権六がかぁ・・・。」
「親父はあぁいう謀略は苦手じゃ。あのときは信孝様の言いなりで動いたが、親父自身は戦で暴れて信孝様のお役に立ちたいと思っとるんでねぇかのぉ・・・。あれがうまくいってりゃぁ、むしろ親父の鬱憤は溜まっとったと思うわぃ。」
「権六らしいのぉ。」
「じゃから今度こそ、其方と刀を交えることを望んどるんじゃぁ。親父は親父のやり方で其方と決着をつけたいと思ぉとるんじゃぁ。」
「なるほどのっ。ところで権六は何故、其方を使者に遣わしたんじゃぁ。わしが彼奴の云うこつなんぞ訊かんと分かっておろぉにぃ・・・。」
利家は小さな笑みを浮かべる。
「今のうちに敵味方を明らかにしたいんじゃろぉ。味方になるなら其方と別れの盃をかわしてこいと・・・、敵になるなら戻ってくるなと・・・。」
秀吉も小さな笑みを浮かべる。
「古いのぉ・・・。」
「あぁっ、だから信孝様や佐久間一味につけ込まれるんじゃぁ。わしには親父がえぇよぉに操られとるようにしか見えん。」
「ならば又左よぉっ。権六の望み通り、越前に戻らんとこんまま残こらんかぁ。なぁにっ、まつ殿と御子息らは必ず御救い致すぅっ。」
利家はきりと真面目な面持ちになり、ゆっくり盃を置く。
「藤吉郎っ、真に親父に戦で勝てると思っとるんかぁ。」
「すまんのぉ。不破殿に知れたら、後で騒ぐでのぉ。悪い奴ではねぇんだがぁ・・・、少々大袈裟なところがあってのぉ。」
「そりゃぁ構わんがぁ、長近殿はえぇんかぁ。ここまで世話してもろぉたがぁ、何なら入ってもらってもえぇんじゃけどなぁ。」
「長近殿はわしと動きを一にすると御誓い下さった方じゃ。長近殿も其方と親父の間で悩まされとるが、『親父殿も筑前殿もよぉ知っとる前田殿について行けば間違いないじゃろぉ。』と申されてのぉ。今宵は藤吉郎と二人きりで存分に語り合って、自分には後で教えてもらえればそれでえぇと・・・。」
利家が秀吉の傍に座す。秀吉は利家に盃を渡し、酒を注ぐ。秀吉が徳利を置くと今度は利家が徳利を持ち、秀吉に酒を注ぐ。二人の顔は穏やかである。
「こぉして又左と夜半に酒を交わしとると、昔の貧乏暮らしの頃を思い出すのぉ・・・。」
「あの頃は共に忙しゅうて、今思えば酒なぞ飲んどる暇も銭もなかったはずなのに・・・、何故かそんな想い出だけが頭にこびり付いとるわぃ。」
「あん頃はお互い、大殿に気に入ってもらおぉと必死じゃったのぉ・・・。わしが草履持ちで、又左は母衣衆でぇ・・・。」
「嫁御を貰うんも必死じゃったなぁ。」
「何を云うっ、又左は近場で済ませてもぉたじゃねぇけぇ。あぁんなちぃこいまつ殿を騙くらかしてぇ・・・。ほんに嫁取りに必死だったんはわしの方じゃぁ。」
「騙くらかしたわけではねぇわぃ。あの刻はまつが『嫁にしてぇっ、嫁にしてぇっ。』ってしつこかったから仕方なくだなぁ・・・。」
「何が『仕方なく』じゃ。つくった子の数を数えてから云えっ。」
互いの声が大きくなっているのに気付くと、二人は笑いながら再び声を顰め、静かに再び酌を交わし合う。
「ところで、お豪は元気にしとるかぁ。」
「あぁっ、達者じゃぁ。おねのこつ、よぉ手伝ぉとる。そぉいやぁ、最近あん二人は何とのぉ似てきたのぉ。こないだ朝食の支度がでけたと声をかけられたとき、どっちの声か分からなんだわぃ。」
「ふぅぅんっ。女子は母親に似るんかのぉ。倅はちぃともわしに似んのにのぉ。」
「倅かぁ・・・、羨ましいのぉ・・・。」
「相変わらず、子はでけんのかぁ。」
「どぉやらわしに子の種はねぇよぉじゃのぉ・・・。他の女子にも手を出しちょるが、まぁったくじゃ。時折、おねに済まねぇと云いたくなるわぃ・・・。云えんけどな。」
「いやっ、云った方がえぇ。おね殿が自分を責めとったら、それこそ申し訳ないことよぉっ。」
「そないなこつ云えるわけねぇじゃろぉっ。わしが女子遊びしちょったとばれただけで、一晩中どやされるんじゃからぁ・・・。」
「なっ、何とぉっ、おね殿は未だに他の女子に嫉妬するんかぇ。」
「まつ殿は違うんかぇ。」
「まつはぁ・・・、あぁ・・・、まつもそぉじゃのぉ。」
二人は笑うが、三度声の大きさに気づき、笑うのを堪える。二人の晩酌は続く。
「長益殿を匿ぉたこつは、権六にばれてねぇんかぇ。」
「さぁなっ。あの洞穴はまだ見つかっとらんようじゃから、まだばれてねぇんではねぇかぁ・・・。それよりも親父にとっては、小牧山の幟の件の方がよほど腹が立ったらしい。あれはわしの絡みようは無いんじゃが、あの後随分と愚痴を訊かされたわぃ。」
「何もなかったんかぇ。」
「盛政が煩かったから、『筑前殿が何の策も講じないと本気で考えとったんかぇ。』と云い返したんじゃが、そしたら親父は『わしの失態じゃ。』と返してのぉ・・・。ありゃぁ、よほどこたえたんじゃなぁ。じゃがわしの気のせいかも知らんが、親父もあのとき戦にならんでよかったと思っとるんじゃなかろうかのぉ。」
「権六がかぁ・・・。」
「親父はあぁいう謀略は苦手じゃ。あのときは信孝様の言いなりで動いたが、親父自身は戦で暴れて信孝様のお役に立ちたいと思っとるんでねぇかのぉ・・・。あれがうまくいってりゃぁ、むしろ親父の鬱憤は溜まっとったと思うわぃ。」
「権六らしいのぉ。」
「じゃから今度こそ、其方と刀を交えることを望んどるんじゃぁ。親父は親父のやり方で其方と決着をつけたいと思ぉとるんじゃぁ。」
「なるほどのっ。ところで権六は何故、其方を使者に遣わしたんじゃぁ。わしが彼奴の云うこつなんぞ訊かんと分かっておろぉにぃ・・・。」
利家は小さな笑みを浮かべる。
「今のうちに敵味方を明らかにしたいんじゃろぉ。味方になるなら其方と別れの盃をかわしてこいと・・・、敵になるなら戻ってくるなと・・・。」
秀吉も小さな笑みを浮かべる。
「古いのぉ・・・。」
「あぁっ、だから信孝様や佐久間一味につけ込まれるんじゃぁ。わしには親父がえぇよぉに操られとるようにしか見えん。」
「ならば又左よぉっ。権六の望み通り、越前に戻らんとこんまま残こらんかぁ。なぁにっ、まつ殿と御子息らは必ず御救い致すぅっ。」
利家はきりと真面目な面持ちになり、ゆっくり盃を置く。
「藤吉郎っ、真に親父に戦で勝てると思っとるんかぁ。」
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