生残の秀吉

Dr. CUTE

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策謀

百十七.不惑の又左

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利家としいえがいつもの忌憚きたんなく物申す姿となり、秀吉ひでよしは続けたくなる。

「兵の数の差は歴然れきぜんじゃぁ。ほかもんが加勢でけんよぉにしてりゃぁ、負けんわぃ。」

「甘いのぉっ。そんなことくらい親父おやじも承知しとるわぃ。相手は兵の数の差を長年けてきた強者つわものぞぃっ。」

「ぃやっ、そりゃそうじゃがぁ・・・。」

利家としいえは姿勢を正す。

「おそらく親父おやじいくさを長引かせるつもりじゃ。攻めては引き、引いては攻める・・・これを繰り返しとる間に、今は眠っておるが、いずれ公方様くぼうさま毛利もうり上杉うえすぎ長宗我部ちょうそかべ雑賀衆さいかしゅうが動き出す・・・、親父おやじはこれをねらっとる。」

「まっ、まことかぁっ、権六ごんろくが云っとったんかぁ。そっ、それとも佐久間さくまの誰かが又左またざらしたんかぁ。」

利家としいえあきがおのまま、首を横に振る。

「そぉではない。親父おやじはこういう戦い方を目論もくろんどるじゃろぉし、実際にできると云いたいんじゃ。いいかぁっ、これは断じて云えるが、親父おやじは決していくさの相手をあなどらない。相手が自分よりも強ければ、それを認め、真っ向勝負を避けて小競こぜいで相手の力を少しずつぎ、辛抱強しんぼうづよ疲弊ひへいするのを待ち、そして見せたすきに一撃を加える・・・、これが親父おやじの戦術じゃ。」

「ごっ、権六ごんろくってそないな緻密ちみつな奴やったんかぁ・・・。」

戦場いくさば親父おやじ見縊みくびるなぁ。でなければ、あのよわいまで生き延びてこんっ。それにこの戦法・・・、越前えちぜんの地に最もかなった戦法じゃ。越前えちぜんは峰の北側が広くて豊かな平地になっておって、兵糧ひょうろうには困らん。ここに入るには山間やまあいの街道を通り抜けるしかない。大軍勢を足止めさせるには都合のいい地じゃ。地の利を活かした親父おやじいくさ其方そなたが付き合えば、其方そなたの負けじゃ。」

「じゃが大勢の兵で一気に押し出したらえぇじゃろぉ。」

金ヶ崎かねがさきを忘れたかぁ。大軍で押し寄せた大殿おおとの朝倉あさくらを討ったのはいつじゃったぁ。」

「ありゃぁっ、浅井あざいが裏切って・・・、あっ・・・。」

「あのときはわしらが浅井あざいの裏切りをはよさっしたから大殿おおとのおおせたんじゃ。親父おやじが同じ手を使うのなら、同じてつまん。優勢だからといってときをかける展開になればぁっ、まさに親父おやじの思うつぼじゃ。」

秀吉ひでよし苦虫にがむしむ。

「ならばどぉしたらえぇっちゅうんじゃぁ。」

其方そなた親父おやじ相手に一気に片をつけるいくさをせねばならんということじゃがぁ・・・、戦術としてはこちらの方が難しい。」

「じゃが大殿おおとの仇討あだうちはとっとと済ませたぞぃ。」

「あれは十兵衛殿じゅうべえどのらの士気しきが低かったからじゃ。親父おやじらはそぉはいかんぞ。それにあぁ見えて親父おやじは用心深い。寝返りそうな隊は本陣から遠ざけ、寝返ったなら寝返ったで陣形を即座に整え直す。なかなかすきは見せんぞ。」

「うぅっんっ・・・、上杉うえすぎと張り合えとるわけじゃぁ。」

二人は黙り込む。しばらくの間、燭台しょくだいの炎の揺らぎが二人の影を踊らせる。そして思い詰めていた利家としいえが口を開く。

「わしが考えるに、親父おやじいくさ完璧かんぺきな形で勝とうとするなら・・・、真っ当なすべでは無理じゃぁ。親父おやじの陣を内側から崩し、親父おやじが陣を整え直す前に外から全ての力をんで、くずれたすきを突く。これしかない。」

又左またざぁっ、簡単に云うがぁっ・・・。」

秀吉ひでよしの言葉を利家としいえさえぎる。

「内と外の息が合わねばうまくいかんがのっ。」

にやつく利家としいえに、秀吉ひでよしははっとする。

「内と外・・・、って又左またざぁ、まさかおぬしぃ・・・。」

利家としいえくちびるゆがむ。

「気付いたかっ、藤吉郎とうきちろうっ。そぉいうことじゃ。わしが親父おやじの陣を内側からくずしてみせる。じゃがこの戦術の弱みは一度しか使えんということじゃ。いっすれば、その後は親父おやじの思惑通りに戻ってしまうっ・・・。」

「じゃっ、じゃがそんなこつしたら、又左またざあぶねぇんでねぇかぁ。」

利家としいえ手酌てじゃくで自分のさかずきに酒をぎ、飲み干す。

「ふふふっ、わしは迷っとらんぞぉっ、藤吉郎とうきちろうっ。わしは其方そなたの味方じゃ。拾阿弥じゅうあみ坊主ぼうずあやめた後、大殿おおとのに出仕を止められとったわしを救ってくれたのは其方そなたとおね殿どのじゃぁ。それ以来わしは、いやっ、わしとまつは其方そなたらの味方をし続けると決めたのじゃ。いつの日か藤吉郎とうきちろうに恩を返す日が来ることをわしらは待っておったんじゃ。じゃからわしには迷いなどない。」

「まっ、又左またざぁっ・・・。」

既に眼がうるおいつつある秀吉ひでよし利家としいえは厳しくただす。

「このいくさ、誰かが親父おやじを裏切らなければ其方そなたまことの意味で親父おやじに勝てん。誰かが心を痛めて親父おやじを裏切るというなら、わしがそれをになうのが一番っ・・・、異論はなかろう。いいかっ、藤吉郎とうきちろう。もはや親父おやじの軍勢と対峙たいじするまで、わしと其方そなたが会うことはないであろう。次にいくさうたとき、前田まえだの旗の動きをよぉ見とけ。おかしな動きをしたらそれが合図あいずじゃ。いつ始めるかは分からんぞ。わしとて、とにかく好機を見定めて動かねばならん。狼煙のろしを上げる間も、間者かんじゃ寄越よこしとる間もねぇ。」

秀吉ひでよし一旦いったんうつむいて涙一粒落とすが、すぐに頭を上げて応える。

「わしは兵の数で権六ごんろく見誤みあやまるところじゃったわぃ。其方そなたの旗の動きを監視せねばならんと云うなら、権六ごんろく越前えちぜんから引っ張り出さにゃぁならんのぉっ。じっくり越前えちぜんへ攻め込みゃぁえぇとたかをくくっとったが、戦場いくさば真面目まじめに考える必要があるのぉっ。さてぇっ、どこまでおびせ、どこで権六ごんろくと向き合うかぁ・・・。」

すすごえだが、鋭い目付きに戻って策を張り巡らす秀吉ひでよしを見て、利家としいえ何故なぜ安堵あんどする。秀吉ひでよしの声がさらに図太ずぶとくなる。

又左またざぁっ、絶対におぬしを死なせんぞぉっ。又左またざもわしの家族じゃあ。わしの家族は絶対にわしがまもるっ。そんでもってわしは必ず権六ごんろくに勝ってみせるぞぉっ。」

いつしか二人の盟友は寒夜かんやを忘れていた。
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