生残の秀吉

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百二十三.合流の信雄

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天正十年十二月十六日 未の刻

二日前、二万五千の軍勢を率いた秀吉ひでよしは、長浜ながはま丹羽長秀にわながひでに託し、大垣城おおがきじょうに入る。この大垣城おおがきじょうには元々信孝方のぶたかがた稲葉良通いなばよしみちが入っていたが、秀吉ひでよし着陣とともに秀吉方ひでよしがたに寝返ることが約束されていた。城に入った秀吉ひでよしは五千の兵を残し、残り二万の軍勢を小一郎こいちろうに預け、良通よしみちたばねる西美濃衆にしみのしゅう五千とともに岐阜城ぎふじょうへ向けて出立しゅったつさせた。残った秀吉ひでよしはここで信雄のぶかつ軍二万が合流するのを待っていた。

信雄様のぶかつさまぁっ、よぉお越しくだされたぁ・・・。これでわしらは万人力まんにんりきじゃぁ。」

「いやいやっ、わしこそ遅れて済まなんだ。東美濃ひがしみのやからを警戒しながら軍を進めねばならなかったのでなぁ。」

「早速、小牧衆こまきしゅう岐阜ぎふへお送りいただき助かっております。今頃、小一郎こいちろう西美濃衆にしみのしゅうと合流してございましょう。」

「ところで筑前ちくぜんっ、何故なにゆえわしを大垣おおがきに回り道させたぁ。」

大意たいいはございません。ここからわしらと信雄様のぶかつさま大軍勢だいぐんぜい岐阜ぎふに寄せれば、信孝殿のぶたかどの怖気付おじけづくかと考えましてぇ・・・。」

「なるほどぉっ・・・、永楽銭えいらくせん其方そなた総金そうきんのぼりあわされば、圧倒して見えるからのぉ。じゃがそれくらいではあの意地いじりの三七さんしちくだらんじゃろぉっ。」

信孝殿のぶたかどのはそぉでも、御家来衆ごけらいしゅうおびえるでしょうから、やる価値はありまするぅ。信雄様のぶかつさまには今日はこん城でお休みいただき、明朝、わしとともに岐阜ぎふへ進みましょうぞっ。」

「承知した。」

秀吉ひでよし信雄のぶかつ床几しょうぎに座す。

岐阜ぎふの城は落とせるのかぁっ・・・。かつて大殿おおとのが落とした頃よりも堅牢けんろうになっておるんじゃろぉ・・・。」

「はいっ。ですが此度こたび西美濃衆にしみのしゅうを味方につけられたんが大きゅうございまする。あの稲葉良通いなばよしみち岐阜ぎふのお城の急所きゅうしょを知ってましてぇ・・・。」

「あの城に急所きゅうしょなどあるのかぁ・・・。」

「はいっ、水でございまする。そもそもあん山ん上では井戸さえるこつができず、たくわえた雨水あまみずを使い続けるしかねぇもんで、長き籠城ろうじょうは向いちょりません。みずって、こんだけの大軍で囲めば、容易たやすく敵を降伏させられましょう。」

籠城ろうじょうかぁっ・・・、じゃが城が落ちる前に一益かずますが兵を挙げれば厄介やっかいじゃのぉ。信包のぶかね叔父上おじうえに見張ってもらってはおるがぁ・・・。」

信雄のぶかつみずか一益かずますを制御しきれなかったいの表情を臆面おくめんなく秀吉ひでよしに見せる。

一益かずます信雄様のぶかつさま御声おこえにも耳をかたむけんのですかぁ。」

北畠きたばたけを討つまでは長島ながしまを動かんと申しておる。」

秀吉ひでよしからすると信雄のぶかつ一益かずますに対する見方は楽観らっかんすぎる。以前よりもたくましくはなったが、それでも信雄のぶかつにはまだ人を信用しすぎるきらいがうかがえる。秀吉ひでよしえて意地悪いじわるく重ね問う。

一益かずます北畠きたばたけと通じておるようなこつはありませんでしょうなぁ・・・。」

「それはあるまいっ。彼奴あやつにとっても北畠きたばたけ鬱陶うっとうしい相手じゃ。」

「ですが裏には明らかに公方様くぼうさまが隠れておわせられまするっ。油断はなりませんぞぃ。公方様くぼうさまなら一益かずますだけでなく、雄利殿かつとしどのにも寝返るよぉ働きかけますぞぉっ。」

雄利かつとしみずかららわしの元へ奥方を人質ひとじちに出してきた。そんなことせんでもえぇと云ったんじゃが、それでは示しが付かんと、無理矢理むりやり押し付けてきよった。雄利かつとしが裏切ることはなかろう。今、雄利かつとしは他の滝川たきがわの一門を説得せんと伊勢いせを走り回っとる。まぁっ、彼奴あやつらが雄利かつとしに従うとは思えんがのぉ・・・。」

秀吉ひでよし滝川党たきがわとうの結束の固さは重々じゅうじゅう知っている。それだけに雄利かつとし律儀りちぎな行動にはかるものはなかろうとはかる。だがそれでも人の心はときに流され容易よういに変わる。その危険性を秀吉ひでよしぬぐいきれない。こういう不安定な状態を大いに嫌う秀吉ひでよしは、既に北畠具親きたばたけともちかと接触し、一益かずます牽制けんせい雄利かつとし固辞こじはかっていた。こんな裏工作をしておきながら、秀吉ひでよしとぼける。

北畠きたばたけの動きは分かっておられるんですかぁ・・・。」

北畠きたばたけゆかりの地にちらほらと残党が彷徨うろついておるらしいっ。具親ともちかの足取りはいまつかめとらんが、伊賀いがひそんどるのは間違いないようじゃ。」

「やはり伊賀いがですかぁ・・・。複雑になって参りましたなぁ。じゃが北畠きたばたけが兵を集められとらんっちゅうこつは、一益かずますもまだしばらく動けんっちゅうこつじゃから、信孝殿のぶたかどのくだるんが先でしょうなっ。念のため、大和やまと筒井殿つついどのに一層の警戒をしていただくよぉ、わしから申し上げておきましょう。」

「うんっ、それは助かるっ。」

当然ながら自分の方が具親ともちかの足取りをつかめていることを確認すると、安心した秀吉ひでよしは別の話題を持ちかける。

「ところで信雄様のぶかつさまぁっ、信孝殿のぶたかどのくだったらそん足でわしとともに安土あづちへ入りませぬかぁ。殿との久太郎きゅうたろうがお連れしますんでぇ。」

三七さんしちはどうする。」

ふもとのどこぞの屋敷に閉じ込めて西美濃衆にしみもしゅうに見張らせましょうぞ。」

「とっとと首をねた方が良いのではないかぁ。」

「朝廷には信孝殿のぶたかどのを捕らえて蟄居ちっきょさせると約束したもんでぇ・・・。約束通りに事を進めた方が信雄様のぶかつさま殿との名代みょうだいかれるこつも、朝廷はすんなりと御認おみとめになられると存じますがぁ・・・。」

信雄のぶかつ公家くげとの交流が嫌いである。人を信用しすぎる信雄のぶかつにとって、公家くげは皆仮面をかぶって本性ほんしょうあらわさない気味の悪い対象である。だが自分が名代みょうだいの立場に立つとなると、秀吉ひでよしの提言を無碍むげにすることもできない歯痒はがゆさをいだく。

「うぅぅんっ、今兵を尾張おわりから引き離したくないのだがなぁ。一益かずますだけでなく、東美濃ひがしみのの連中の動きも気になるからのぉ・・・。」

秀吉ひでよしにとって不断の信雄のぶかつさとすのはわけない。

いくさをしに参るわけではござらんので、兵の大半は尾張おわりへ帰し、信雄様のぶかつさま御供おともは少なめにされるのはいかがでしょう。もちろん安土あづちみやこへ参られる際は、わしらがかた御護おまもりいたしまする。とにかく殿との信雄様のぶかつさまには一刻も早く安土あづちに入っていただき、御上おかみ関白様かんぱくさま御安堵ごあんどいただくことが肝要かと存じまする。」

しばらく考えて、信雄のぶかつは観念する。

みやこのことはよく分からんので、其方そなたに準じよう。」
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