生残の秀吉

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百二十八.大役の氏郷

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天正十一年一月八日 未の刻

三日前に姫路ひめじ出立しゅったつした秀吉ひでよしであったが、途中で軍勢をふくらませることもあり、その足取りは遅かった。秀吉ひでよしとほぼ同じ頃に姫路ひめじった関盛信せきもりのぶは、秀吉ひでよしが間もなく安土あづちに到着するむねを伝えるため、先んじて安土あづちに入る。安土あづちには多くの近江衆おうみしゅうが出入りしており、既にいくさの緊張感がただよっている。盛信もりのぶ早速さっそく三法師さんぽうし御所ごしょに向かい、盛信もりのぶの妻のおいにあたる蒲生氏郷がもううじさとの出迎えを受ける。

「えらいことになりましたなぁ、義叔父上おじうえっ。」

「わしがらん間に三太夫さんだゆうがいらんことしおってぇっ・・・。彼奴あやつめぇっ、ただじゃすまさんぞぉ・・・。」

「それよりも、筑前様ちくぜんさまにおとがめになられませんでしたか。」

一政かずまさを連れて行ってたのが幸いした。筑前様ちくぜんさまは、信孝殿のぶたかどのを見限ってわざわざ人質ひとじちを差し出そうとする者を疑うような器量の狭い御人ごじんではないっ。氏郷殿うじさとどのもよぉご存知じゃろぉ。じゃが姫路ひめじ三太夫さんだゆう滝川たきがわの一味を引き入れて城を乗っ取ったと訊いたときにゃあ、わしは顔から火が出る思いじゃったぞぉっ・・・。」

筑前様ちくぜんさまは何とおおせにぃ・・・。」

主人あるじが変わるとき、家中の者らが割れるのはりがちな話じゃと・・・。その機につけ込んで不満を持つやからを取り込んで自分の手駒てごまにする一益殿かずますどの流石さすがじゃと・・・。敵ながらめておったわぃ。」

あまりに寛大な秀吉ひでよしの言葉に、氏郷うじさとはずっと義叔父おじの処遇を心配していたのが馬鹿馬鹿ばかばかしく思えてくる。

「ずっ、随分と余裕がありますなぁ・・・。」

「いずれにせよ、一政かずまさ筑前様ちくぜんさま御側おそばに置いたまま、わしは氏郷殿うじさとどの久太郎殿きゅうたろうどの筑前様ちくぜんさまの意をあらかじめ伝えに参った。もちろん筑前様ちくぜんさまの了解は得ておるっ。それで久太郎殿きゅうたろうどのは・・・。」

「もうしばらくしたら、こちらに参られましょう。何せ伊勢いせ伊賀いがの状況が刻々と入ってくるもんでぇ・・・、わしも久太郎殿きゅうたろうどのせわしいですわぃ。」

氏郷うじさとがそう云った途端、堀秀政ほりひでまさがずかと広間に入ってくる。

盛信殿もりのぶどのぉっ、ご苦労であったぁ。其方そなたも城を奪われて気が気でなかったであろう。」

秀政ひでまさが二人の間に座すのを見つめながら、盛信もりのぶ伊勢いせの状況が気になって仕方がない。

「はいっ、それで伊勢いせの様子は・・・。」

「うむっ、初めは混乱しまくっとったが、だいぶ整理できてきた。滝川たきがわ一党は既に亀山かめやまのほか、みね国府こうせきの城まで手中しゅちゅうにしてしもうたようじゃ。」

長島ながしま桑名くわなを入れると、北伊勢きたいせはほとんど押さえられましたなぁ。」

「あぁっ、信包様のぶかねさま一益殿かずますどのの動きにいち早く気付いて安濃津あのうづを固められたようじゃが、一益殿かずますどのらはとりでの守りを固めつつ、西の伊賀いがへ勢いをひろげとるようじゃ。」

一益殿かずますどのなら伊賀いがにも味方になってくれる者がおられるのでしょう。さらに西へ進み、雑賀衆さいかしゅうらと合流すれば厄介やっかいですなぁ。早速さっそく鈴鹿すずかの道に兵をきましょう。」

盛信もりのぶ義甥おいの判断の早さに感心しながら、自分の目的を思い出す。

「それで筑前様ちくぜんさまからの言伝ことづてじゃがぁ・・・」

「おぉっ、そうじゃったぁ。筑前様ちくぜんさまはいつ到着されるぅっ・・・。」

「明日にも・・・。ここで筑前様ちくぜんさまは兵が集まるのをしばらくお待ちになるようです。」

「急がんのかぁ・・・。敵の守りが固くなってしまうぞぃ。」

「今筑前様ちくぜんさまはここと佐和山さわやま長浜ながはまに七万以上の兵をしておらまする。」

年明け早々にもかかわらず、それだけの大軍勢を招集できるようになった秀吉ひでよしの力の大きさに氏郷うじさとは驚きを隠せない。

「七万じゃとぉ・・・。それだけおれば一益殿かずますどのをあっという間にしずめられますなぁ。」

しかし盛信もりのぶは首を振る。

「いえっ、筑前様ちくぜんさまはそうは見ておられません。一益殿かずますどの用意周到よういしゅうとうでありましょうから、長島ながしまの城にこもられたら一益殿かずますどのを討ち取るにはときがかかると考えておられます。」

「確かにぃっ・・・。ときがかかれば権六殿ごんろくどのが南下してくる。一益殿かずますどの然様さような算段を立てておるのだろう。」

「ですから筑前様ちくぜんさま北陸ほくりくの動きにも注意を払っておりまする。筑前様ちくぜんさまにらむは北と南。北に対しては久太郎殿きゅうたろうどのを核に今からとりでを築き、権六殿ごんろくどのとのいくさに備えること。南に対しては氏郷殿うじさとどのを核に一益殿かずますどの長島ながしまに追いやり、封じて動けぬようにすること。筑前様ちくぜんさまが到着されたら然様さように命じられると心得こころえなさってくださいませっ。」

「ちょっ、ちょっと待てぇ。久太郎殿きゅうたろうどのはともかく、滝川たきがわ攻めの核がわしじゃとぉ・・・。義叔父おじうえ上っ、何か聞き間違えたのでは・・・。」

「いえいえっ、筑前様ちくぜんさまは見かけはともかく、氏郷殿うじさとどのを事実上の総大将そうだいしょうにされようと考えておられまする。わしはじかにそう聞き申した。伊勢いせ伊賀いがの地をよく知っておられるということもあるが、何より信頼できると・・・。」

「しかし、やはり総大将そうだいしょう筑前様ちくぜんさまでは・・・。」

秀政ひでまささとす。

氏郷殿うじさとどのっ、今の盛信殿もりのぶどのの話からすると、筑前様ちくぜんさま滝川たきがわ攻めの最中さなか権六殿ごんろくどのが兵を進めることも想定されておられる。そうなったとき伊勢いせ氏郷殿うじさとどのに任せ、自身は権六殿ごんろくどの対峙たいじするっ・・・そのつもりじゃろう。兵の数はともかく、いちいち総大将そうだいしょうが代わっているようでは、それこそ一益殿かずますどのはそのすきを突いてわれらを撹乱かくらんしてくる。じゃから最初から氏郷殿うじさとどのが仕切る形をとっておきたいのではあるまいかっ。」

「わしもそう思いまする。わしは主人あるじを裏切ったばかりじゃがぁ、ここは一政かずまさとともに氏郷殿うじさとどの御支おささいたす。筑前様ちくぜんさま御期待ごきたいにおこたえしましょうぞっ。」

「しかしわしは一万以上の兵を動かしたことはないぞっ。」

心許こころもとない氏郷うじさと秀政ひでまさが励ます。

筑前様ちくぜんさまとようお話しなされぃ。筑前様ちくぜんさま、いや名のある武将は皆、少ない兵から身をおこしていったのです。一世一代いっせいちだいの大仕事です。しっかり気張りなされぃ。」

一度はうつむ氏郷うじさとであったが、凛々りりしく顔を上げる。

「分かり申した。この蒲生氏郷がもううじさとっ、筑前様ちくぜんさまからさずかった大役たいやくを見事果たしてみせましょうぞぉっ・・・。」
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