生残の秀吉

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駆引

百四十七.裏切の正国 其の二

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正国まさくにたちは必死に馬を駆けさせ、ようやく別所山べっしょやまふもとまで辿り着く。ここからは馬を降り、闇夜の中だが川沿いに山を登れば、盛政もりまさとりでが見えてくるはずである。正国まさくに一行は汗だくになりながら山を登り始める。まもなくして松明たいまつを持った兵の一団が正国まさくにらを見つけ、あっという間に正国まさくにらを取り囲む。旗印はたじるしはよく見えないが、この辺りを彷徨うろつく兵は勝家方かついえがたに違いにない。正国まさくには堂々と名乗り、延命をはかる。

「わが名は山路将監正国やまじしょうげんまさくにと申す。かつて親父様おやじさま御子息ごしそく勝豊様かつとよさまの家老を務めていた者でござる。ゆえあって筑前殿ちくぜんどのの兵として堂木山どうきやまに陣取っておったが、此度こたび筑前殿ちくぜんどのを見限った上、親父様おやじさま御味方おみかたするを決し、敵方てきがたから飛び出して参ったぁ・・・。わしの意は佐久間玄蕃允盛政様さくまげんばのじょうもりまささまも先刻ご承知である。是非とも玄蕃允様げんばのじょうさま御目通おめどおり願いたいっ。」

正国まさくにらを囲む一団は槍を突きつけながらきょろきょろと互いの顔を確かめ合うも、どうすれば良いか分からない。そのうち団長らしきものが口を開く。

あやしき者ぉっ、そこへひざまずき、ほうの身を明かすものを差し出せぇっ・・・。」

そうは云われても一刻の猶予ゆうよもなく、あわてて堂木山どうきやまを後にした正国まさくにである。身を明かすものなぞ持ち合わせていない。とりあえずゆっくりとひざまずくも、どうしたものかと考え込む。そこへ見覚えのある一兵が飛び込んでくる。

「これは将監殿しょうげんどのではないかぁっ・・・。いかがしたぁっ・・・。」

其方そなた玄蕃允様げんばのじょうさまのぉっ・・・。」

ここのところ正国まさくにとの接触を続けていた盛政もりまさの使いの兵である。

面目めんぼくないっ。事を起こす前に味方に気付かれてしもうたぁ・・・。やもなくとりでから逃げ出した次第しだいでぇっ・・・。」

使いの兵は正国まさくにを、そして正国まさくにの家臣たちの身なりをよくよく観察し、律儀りちぎ正国まさくにが嘘をついていないと確信する。

「詳しくは後で聞こうっ。この者たちは又左殿またざどの御家来ごけらいたちじゃ。ご安心いたせぇ。」

団長らしきものは兵から何事かを聞くと、副長らしきものに正国まさくにらの護衛ごえいを任せ、みずからは急ぎ山を登る。上官にしらせに行ったに違いない。心許こころもとない松明たいまつあかりを頼りに、一同は川から離れるように山を登り続け、四半刻ほど歩いたところで別所山べっしょやまとりでに辿り着く。正国まさくにを除く家来衆けらいしゅうは少し広まったところで待たされ、正国まさくにとりで中央の陣に誘導される。陣幕をくぐると、そこには前田又左衛門利家まえだまたざえもんとしいえ床几しょうぎに座している。利家としいえは腕を組みながら、右横にひかえる小姓こしょう悪態あくたいく。

せがれはまだ起きてこんのかぁっ、しょうがないのぉっ・・・。」

息子の呑気のんきさにいらついている様子の利家としいえの正面に座し、正国まさくには改めて名乗ろうとする。

「わが名は山路将監正国やまじしょうげんまさくにとも・・・。」

流し目の利家としいえさえぎる。

「名乗りはえぇっ。とらわれた勝豊殿かつとよどの御家老ごかろうであろう。もう知っとる。」

「はっ、はぁぁっ・・・。」

確かに正国まさくに利家としいえは初対面ではない。正国まさくには常に勝豊かつとよの後ろについて回っていたので、利家としいえの顔も、息子の利長としながの顔もよく知っている。しかし利家としいえの方が正国まさくにのことを覚えていたのは意外である。

此度こたびは災難であったなぁ。」

そう云って利家としいえは周りの家臣たちに眼を配ると、家臣たちは一礼して陣幕の外へ出る。

勝豊殿かつとよどの人質ひとじちに取られ、云うことを聞かなければ主人あるじを殺すとおどされておったのだろう。まぁっ、よくある話じゃ。機を見て堂木山どうきやまを占拠し、われらに加担する算段だったのであろうが、事前にたくらみがれたというわけかぁ・・・。」

真実は異なるが反論するわけにもいかず、正国まさくにはただただ頭を下げるしかない。

面目めんぼくございませぬ。おっしゃる通りにございまする。」

やけにへりくだ正国まさくにの言葉の端々はしばしに、利家としいえはなぜこの者が寝返ねがえりを誘われたかの理由を何となく感じ取ってしまう。

「してぇっ、玄蕃允殿げんばのじょうどの目通めどおり願いたいとのことじゃが、かねてから玄蕃允殿げんばのじょうどのと通じておったのかぁ・・・。」

然様さようにございまする。」

「そうかぁっ。まもなく夜が明ける。すればわしが玄蕃允殿げんばのじょうどのの元へお送りいたそう。」

前田様まえださまにそうおっしゃっていただき、感謝いたしまするぅっ・・・。」

利家としいえは立ち上がり、そばにあった竹筒を取り上げ、正国まさくにに渡す。正国まさくにはがむしゃらに竹筒の水を飲み始める。それを微笑ほほえましく眺めながら、利家としいえは元の床几しょうぎに座し直す。

「それにしても玄蕃允殿げんばのじょうどのの考えとることは危ないのぉ。其方そなたが裏切るを敵にさとられながらも無事におおせられたからよかったが、もしもとらわれでもしたらぁ・・・、藤吉郎とうきちろうなら逆にそれを利用してわれらを罠にめとったかもしれんぞぉ・・・。」

利家としいえ何気なにげない言葉に正国まさくにはぎくとし、突然んでしまう。

(そっ、そうじゃったぁ・・・。この御人ごじんは『筑前殿ちくぜんどの』ではなく、『藤吉郎とうきちろう』と呼び合う間柄あいだがらじゃったぁ・・・。こっ、これは下手へたなことは云えんぞぉ・・・。)

利家としいえとぼけた風で気を使う。

「おいおいっ、あわてるでないっ・・・。夜が明けるまでここでゆっくりしとったらえぇんじゃぞぃ。」

「もっ、申し訳ございませぬ。異様にのどかわいておりましたものでしてぇ・・・。」

正国まさくにあわててつくろうが、利家としいえせきんだときの正国まさくにの眼のさまを見て、不信をいだく。

此奴こやつ玄蕃允殿げんばのじょうどのだけでなく、藤吉郎とうきちろうともつるんでおったようじゃなぁ・・・。二重の裏切りかぁ。玄蕃允殿げんばのじょうどのも浅はかじゃがぁ・・・、藤吉郎とうきちろう藤吉郎とうきちろうじゃぁ。わしらをめるつもりだったんじゃろうがぁ、この程度の策では親父おやじを負かすことはでけんぞぃっ。)

利家としいえの心中は少々あき気味ぎみである。

(前線をみだしてわしらの陣形をくずすつもりだったんじゃろうがぁ、先の狐塚きつねづかまでの進軍で、親父おやじ藤吉郎とうきちろうの軍勢の動きを全て見切りよったぁ。あのちっぽけな堂木山どうきやまなんぞを取ったり取られたりしたところで、親父おやじはすぐに最善の陣形を取り戻してまうわぃ。)

正国まさくには竹筒の水を全て飲み干すが、頭を上げられないままである。利家としいえはある意味で正国まさくにに同情を寄せる。

将監殿しょうげんどのには申し訳ないが、藤吉郎とうきちろうまこと親父おやじに勝つための策は既にわしが打った。其方そなたの出る幕はないっ。このまま大人おとなしく玄蕃允殿げんばのじょうどのと最期を共にするが良いっ・・・。)
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