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第一章 社畜と女子高生と湾岸タワマンルームシェア
5.女子高生とシェアハウス
しおりを挟む「っはああああ!?」
あまりにぶっ飛んだ理瀬の話に、思わず声を上げてしまう。
女子高生一人暮らしの家にアラサー社畜おじさんが上がっていくだけでもまずいのに、一緒に住むだなんて。
何を考えているんだ、こいつは。
「シェアハウスですよ。若者の間では流行ってるじゃないですか。男女でも普通にあるらしいですよ」
「……俺には馴染みのない話だが、仮にそうだとしてもお前に家賃は払えないぞ。俺は千葉のアパートに住んでいて、そこから引っ越すと会社にバレる。俺の給料でこんないい部屋には住めないから絶対怪しまれる」
「千葉のアパートはそのままにすればいいじゃないですか。それにずっとここに住む必要もありません。平日はここを拠点にして、土日は千葉に帰ればいいんですよ」
「そうなるとここの部屋代が払えない。千葉のアパートの家賃もきついくらいのに、もうひとつ部屋を借りるなんて無理だ」
「部屋代はいりません。毎日料理を教えてもらう代わりに、ここに泊まってください」
「そんなことでこんないい部屋に住む対価にならないだろ」
「そうでもないですよ。少人数制の料理教室は一回五千円くらいで、一ヶ月で二十日受けるとしたら十万円になりますよね?うちの一室を借りるには十分な対価ですよ」
さすがJK投資家、金勘定はしっかりしている。
だがこれで惑わされてはいけない。金勘定が合っていたら何をしてもいい、という問題ではない。
JKとアラサー社畜が同棲するなんてありえないのだ。
「……言うだけでセクハラ認定されそうで怖いんだが、あえて言うぞ。俺がここでお前を襲ったらどうする?その意味はわかるよな?」
「それくらいわかりますよ。大丈夫です、私は宮本さんが住む部屋に入らないし、宮本さんも私の部屋には入らない。共用部はリビングとお風呂、トイレだけ。これでいいでしょう?」
「俺がお前の部屋に入らない、という保障はどこにもないんだぞ?」
「大丈夫ですよ。お風呂にもトイレにも私の部屋にも鍵がついてますから」
「アメリカ人かよ……」
アメリカとかでホームステイを受け入れている家だと、寝室には鍵ついてたりするんだよな。笑顔で他人を受け入れながら、実は利害関係の一致でしかなくて腹の底では信用していない、という高度な文明がここにある。
「それに、もし襲われそうになったらマンションの警備呼びますから」
「俺のことぜんっぜん信用してないな……」
「そんなことないですよ。こんなこと提案できるの、宮本さんだけです」
真顔でそう言われて、俺は少し困ってしまう。
どうやら本気のようだ。
それも、ルームシェアとか料理教室の対価とか、すでに計算されたストーリーのある誘い。
今いきなり思いついた案ではないだろう。俺と一緒に料理をしはじめた頃から、理瀬はこの提案について考えていたのかもしれない。
「宮本さん、千葉から満員電車での通勤辛いでしょう?それを軽減できる代わりに、私に料理を教えてくれればいいんですよ」
うっ、それを言われると確かに魅力的だ。
満員電車を好きなヤツなんかいない。あれは悪い文明。
電車通勤は単純に体力を失う。電車の振動、肩が触れ合うほど近いおっさん達、たまに起こる大遅延や乗客同士のトラブル……
心と体のギリギリまで働いている社畜にとって、職住近接はまさに理想。
だが――
流石に、女子高生の家に住むわけには――
「……悪い、提案は嬉しいけど、やっぱダメだ」
「どうしてですか?もしかして、千葉のアパートで彼女と住んでるとか?」
「今は彼女なんていないよ」
今はというか、いつもいないけどね。
彼女なんかいないと言って、一瞬、理瀬がふっと嬉しそうな顔になったのは気のせいだろうか。
「彼女じゃないけど、別の家族と住んでるんだよ」
「妹さんとかですか?」
「なんで女のきょうだいになるんだ……まあ、女といえば女だが」
「お姉さん?もしかして、お母さんとか?」
「……猫だよ」
恥ずかしくて会社の同僚にも言っていないのだが、俺は猫を飼っている。
実家から千葉に出て一人暮らしを始めた時、実家で余っていた猫を一匹連れてきたのだ。
母が猫好きで、二十年前は飼い猫を避妊手術する習慣もあまりなかったから、近所の野良猫に妊娠させられて数が増え、余り物になっていた一匹を千葉へ連れて行った。
「ね、こ……?」
「ああ。自動給餌器置いてあるし、そもそも一匹でも平気な猫だからあまり世話してないけど、一日一回は様子を見ないと、病気になってるかもしれないからな」
「ねこ、ちゃん……?」
猫ちゃん?
理瀬があまり言いそうにない『ちゃん』という言葉に驚いて彼女の目をみると、きらきら輝いていた。大人っぽい雰囲気は影を潜め、完全にただの猫好きになっている。
「ここのマンション、小型犬か猫なら飼えるんですよ!連れてきてください!」
「うちの猫を?もともと外飼いしてたやつだからあんまり愛想ないし、猫が欲しいなら子猫から育てればいいんじゃないか」
「そうしたいんですけど、子猫の頃はつきっきりで世話しないといけないみたいですし、猫の性格によっては長時間家を離れたら寂しがるってネットで読んだので、なかなか踏み切れなくて」
「それは猫の性格による。うちのは一匹で生きていけるタイプだから問題ない」
「だったら、なおさらそういう性格の猫ちゃんがいると嬉しいんですけど!」
理瀬がぐいぐい迫ってくる。
断ろうと思ったのに、逆に火をつけてしまった。
「何なら猫ちゃんだけ私にゆずってくださいよ!」
「それはダメだ!男らしくないと思われるかもしれんが、猫に癒やされたり、救われたりすることはよくあるからな。とくに俺みたいな社畜だとそうだな」
「私も癒やされたいです!猫ちゃんいないとストレスでまた胃潰瘍になりますよ!」
「脅してるつもりか……?」
それは冗談だろうが、胃潰瘍、と聞いて理瀬の苦しんでいた姿を思い出す。
胃潰瘍の原因のほとんどはストレスだ。
俺が胃潰瘍で苦しんでいた頃、どうしても相性の合わなかった取引先との仕事を外してもらったら、病院の薬や食事療法よりもずっと早く痛みが引いた。
理瀬と出会ってから、ずっと疑問に思っていたことがある。
そもそも理瀬が胃潰瘍になるほどストレスを与えた元凶は何なのだろうか?
いくら料理を教えても、猫を譲っても、それがわからなければまた胃潰瘍を繰り返すだろう。
そうなったら、『うんこ公園』で理瀬に声をかけず、見捨てるのとなんら変わらない結果になる。
理瀬を助けるためには、まずはストレスの原因を取り除かなければならない。
お人好しと言われようとも、事案発生しようとも、ここまで関わってしまった相手だ。
とりあえず理瀬の提案に乗り、彼女の様子を探ってみるのがいいかもしれない。
「……わかったよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
理瀬は子供みたいにぱっと笑った。それから俺の隣に座り、スマホで猫用品を検索して、俺にいろいろ聞いてきた。
あれ、俺のことはどうでもいいのかな?
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