20 / 129
第一章 社畜と女子高生と湾岸タワマンルームシェア
20.女子高生と本気で生きること
しおりを挟む篠田彩香と付き合い始めた。
薬王寺照子と縁を切った。
整理しなければならない俺の女性関係は、あと一人。
理瀬のことだ。
篠田に俺と理瀬の関係を知られている以上、今のまま豊洲のタワーマンションで女子高生とのシェアハウスを続ける訳にはいかない。
ネットで調べてみたら、最近の若者の中には異性間でのシェアハウスをする者もいるらしい。いやらしい気持ちがなければ同居しても問題ないという。確かに、理瀬と同居していながら過ちは起こっていないし、今の関係をしばらく続けられそうな気はする。
だがそれは、篠田が納得しないだろう。
俺と理瀬のシェアハウスが判明した時も、まずは俺を問いただしていた訳だし。
表立って言わなかったとしても、やはり彼女以外の異性と親密になるのはよくない。
最初は理瀬を助けるつもりだった俺だが、理瀬からもらったものも多い。離れてしまうのはすこし残念だが、もう若くない社畜の俺に残された選択肢は少ないのだ。
俺は、理瀬の済むタワーマンションから出ていく。
* * *
篠田を理瀬のタワーマンションに預けたあと、結局篠田は週末まで会社を休んだ。
理瀬の家には、元通り俺と理瀬だけ。
金曜の夜。ちょうどプレミアムフライデーと重なり、修羅場からの脱出にめどが立った俺の職場ではみんな定時退社していった。俺は定時から少し遅れ、六時過ぎに理瀬の家についた。
「おかえりなさい」
俺がリビングに入ると、理瀬はチャーハンを食べていた。
しばらく会社に寝泊まりしていたため、理瀬は俺の夕食を作らなくなっている。それは別にいいのだが、理瀬の自炊が健康志向なメニューではなく、チャーハンに戻っている。
「自炊、面倒になったのか?」
「これも自炊ですよ。チャーハン、しばらく食べてなかったので」
「まあ、たまにはいいよな」
「それに、今日は料理にエネルギーを使う余裕はないです」
「テスト勉強?」
「違います。今日は、宮本さんが私に大事な話をすると思ったからです」
今日は早く帰ってくる、と言ったところで、理瀬は俺の異変に気づいているらしい。
これまでいろいろな人間と付き合ってきたが、俺の思考と行動をずばり言い当てられるのは理瀬だけだ。
まずいな、と俺は思う。
だが俺も、一度決めたことを簡単に変える男ではない。
「どんな話だよ?」
「この前、私の目の前で篠田さんに告白して、付き合い始めましたよね。その後どうですか?」
「篠田はまだ充電中だ。仕事はなんとか片付けたが、もともと仕事で押しつぶされそうだった上に、俺と付き合うことになって頭がパンクしたらしい。今は会社の女子寮で休んでる。夕方に生存確認のLINEを送る程度だ」
「順調ですね。ではもう一つ教えてください。以前話していた、昔付き合っていた女の人との関係はどうするんですか?まだ作曲の手伝いをするんですか」
「いや、あいつとはもう会わない。この前約束した。彼女ができたからお前とは会えないって」
「そうなると、次は私と離れるんですよね」
やはり読まれていたか。
篠田への告白、照子との縁切り。
この流れで、俺がどういう計画を立てているか。
「……まあ、彼女持ちで、女子高生と一緒に住んでますっていうのはどう考えても変だからな」
とりあえず、俺は理瀬が先読みしている、と気づいていないフリをして答える。
「私はいいですよ。宮本さんに彼女がいなかった頃とは違いますし、篠田さんにも迷惑をかけると思うので。でも、宮本さんは本当にそれでいいんですか?」
「どういう意味だ?」
「宮本さんのことが大好きな篠田さんと、あんなに簡単な告白で付き合っていいんですか?」
「……仕方ないだろ、篠田は告白なんてしないんだから」
「私には、宮本さんが篠田さんへ本気で思いを伝えたようには見えませんでした」
ああ、そうだった。こいつは俺の予想の斜め上を行くヤツなんだ。
理瀬は、俺の計画だけを見抜いている訳ではなく。
俺の気持ちまで、完全に理解している。
「なんだよ、本気の告白って」
「私も恋愛経験がないので、間違ってるかもしれません。でもこの前の告白は、気持ちがこもっているようには見えませんでした」
「だから、なんで俺の気持ちがこもってないってわかるんだよ!」
「告白したときの宮本さんからは、初めて私と宮本さんが出会った時、公園でうずくまる私に声をかけた時の優しさが感じられなかったんですよ」
「なっ……」
「宮本さんは優しい人です。私も、篠田さんも、昔付き合っていたバンドの女の人も、宮本さんの優しさに何度も助けられていると思います。だから、あんなに大事なことを言う宮本さんが、優しくないのはおかしいんですよ」
言われてみればそうだった。
俺が、理瀬に世話を焼き始めたころの気持ちよりも。
あの時の告白は、ずっとドライなものだった。
「だから思ったんです。宮本さん、本当は篠田さんのことを好きではないんじゃないかって」
俺は答えられない。理瀬の言っていることが当たっているから。
「気持ちは関係なく、今の環境を整理した結果、篠田さんと結ばれるのが一番簡単で合理的だと判断したんじゃないかって」
理瀬は、俺の目をまっすぐ見ている。まるで俺の目の奥にある本音をロックオンしているように。
「……それで悪いかよ?俺はお前と違って、もう若くない。社畜しか生きる道のないアラサーの俺に、選択肢は少ないんだ」
「宮本さんが本当にそれでいいんならかまいませんよ。でも本当にそう思ってますか?」
「どういう意味だ」
「本当に、社畜しか生きる道がない、と思っていますか?」
「お前……」
「だったらどうして作曲の手伝いなんかするんですか?突然出会った女子高生の世話なんかしようと思うんですか?そんな社畜さんがいますか?」
「ここにいるだろ!」
「嘘ですよ!」
俺がすこし声を荒げ、ビビらせてしまうかと思ったら、理瀬は俺よりも大きな声で言い返した。
「宮本さんが本当に会社を気に入っていて、篠田さんのことが好きで、二人で家庭を築くのが夢だというならそれでいいんですよ!でも今の宮本さんは!仕事は言われたものをこなすだけ、篠田さんの好意を利用して彼女つくって、昔の彼女の気持ちはぜんぜん考えずに、昔の夢のこともあきらめきれないまま無理やり縁を切って……結局、何事にも本気出してないんですよ!」
見たことのない理瀬の剣幕と、その的確すぎる言葉に、俺は返事ができない。
「私は宮本さんに感謝しています。一人では何もできなかった女子高生をいろいろ助けてくれて、お金には代えられない大事なものがあると教えてくれました。でも、宮本さんが私に教えたい『大人』の姿が、何事にも本気を出さず、今あるものだけで妥協するような人間だというなら、そんなものは教わりたくありません」
「……俺に、出て行けってことか?」
「今のままだと、そうなります」
「そうか。ならいいよ。元々そうするつもりだったからな」
「でも、こんな状況を作ったのは、私が宮本さんに甘えすぎていたことにも原因があります。私がいなければ篠田さんに勢いで告白したりしなかった訳ですし。だから恩返しをさせてください」
「どうやって?」
「宮本さんと篠田さんとでこの家に住んでください」
「……はい?」
「本当は、何事にも本気じゃない宮本さんなんて一秒も見たくありません。でも宮本さんはともかく、私がいたせいで女性関係を整理することになったのが本当なら、篠田さんを振り回してしまったことになります。だからその恩返しとして、二人に職住接近を提供します」
俺とシェアハウスを始めた時もそうだったが、相変わらず発想のぶっ飛んだやつだ。
妙なアイデアながら、実は利害関係が一致している。
「私が高校を卒業するまであと二年。宮本さんと篠田さんも、順当に関係が続けばそれくらいで結婚するでしょう。それまでの間はうちに居ていいです。でも、もし宮本さんが今考えている『平凡な社畜としての生き方』を貫き通せなかったら、そのときは出ていってほしいと言います」
「……俺を試してるってことか?」
「そう思ってくれてかまいませんよ。私が一緒にいたいのは本気で生きている宮本さんだけです。『篠田さんと家庭を築く』ということに本気になれるのなら、それでかまいません」
俺は、理瀬という女子高生を、ただ親のような目で見守っているだけだと思っていたが。
今はその逆だ。
理瀬と出会った頃から思っていた。こいつは、運が良くて仮想通貨で何億円も当てた訳じゃない。成功者になる何かを持っている。
俺にはない、強いものを。
それが何なのか、今の俺にはわからないが。
とりあえず、理瀬の言うとおりにしたほうがいい気がした。
俺は、たいていのことは自分で決めてきた。
歌手をあきらめる事も、社畜として生きることも。
そんな俺が、誰かに引っ張られて生きるのも、悪くないんじゃないか?
おそろしく強い人間の理瀬を目の前にすると、そんな気がしてきた。
「……わかったよ。この土日で篠田に相談してみる」
俺が言うと、理瀬はとても安心したように、深くため息をついた。
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる