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第一章 社畜と女子高生と湾岸タワマンルームシェア
20.女子高生と本気で生きること
しおりを挟む篠田彩香と付き合い始めた。
薬王寺照子と縁を切った。
整理しなければならない俺の女性関係は、あと一人。
理瀬のことだ。
篠田に俺と理瀬の関係を知られている以上、今のまま豊洲のタワーマンションで女子高生とのシェアハウスを続ける訳にはいかない。
ネットで調べてみたら、最近の若者の中には異性間でのシェアハウスをする者もいるらしい。いやらしい気持ちがなければ同居しても問題ないという。確かに、理瀬と同居していながら過ちは起こっていないし、今の関係をしばらく続けられそうな気はする。
だがそれは、篠田が納得しないだろう。
俺と理瀬のシェアハウスが判明した時も、まずは俺を問いただしていた訳だし。
表立って言わなかったとしても、やはり彼女以外の異性と親密になるのはよくない。
最初は理瀬を助けるつもりだった俺だが、理瀬からもらったものも多い。離れてしまうのはすこし残念だが、もう若くない社畜の俺に残された選択肢は少ないのだ。
俺は、理瀬の済むタワーマンションから出ていく。
* * *
篠田を理瀬のタワーマンションに預けたあと、結局篠田は週末まで会社を休んだ。
理瀬の家には、元通り俺と理瀬だけ。
金曜の夜。ちょうどプレミアムフライデーと重なり、修羅場からの脱出にめどが立った俺の職場ではみんな定時退社していった。俺は定時から少し遅れ、六時過ぎに理瀬の家についた。
「おかえりなさい」
俺がリビングに入ると、理瀬はチャーハンを食べていた。
しばらく会社に寝泊まりしていたため、理瀬は俺の夕食を作らなくなっている。それは別にいいのだが、理瀬の自炊が健康志向なメニューではなく、チャーハンに戻っている。
「自炊、面倒になったのか?」
「これも自炊ですよ。チャーハン、しばらく食べてなかったので」
「まあ、たまにはいいよな」
「それに、今日は料理にエネルギーを使う余裕はないです」
「テスト勉強?」
「違います。今日は、宮本さんが私に大事な話をすると思ったからです」
今日は早く帰ってくる、と言ったところで、理瀬は俺の異変に気づいているらしい。
これまでいろいろな人間と付き合ってきたが、俺の思考と行動をずばり言い当てられるのは理瀬だけだ。
まずいな、と俺は思う。
だが俺も、一度決めたことを簡単に変える男ではない。
「どんな話だよ?」
「この前、私の目の前で篠田さんに告白して、付き合い始めましたよね。その後どうですか?」
「篠田はまだ充電中だ。仕事はなんとか片付けたが、もともと仕事で押しつぶされそうだった上に、俺と付き合うことになって頭がパンクしたらしい。今は会社の女子寮で休んでる。夕方に生存確認のLINEを送る程度だ」
「順調ですね。ではもう一つ教えてください。以前話していた、昔付き合っていた女の人との関係はどうするんですか?まだ作曲の手伝いをするんですか」
「いや、あいつとはもう会わない。この前約束した。彼女ができたからお前とは会えないって」
「そうなると、次は私と離れるんですよね」
やはり読まれていたか。
篠田への告白、照子との縁切り。
この流れで、俺がどういう計画を立てているか。
「……まあ、彼女持ちで、女子高生と一緒に住んでますっていうのはどう考えても変だからな」
とりあえず、俺は理瀬が先読みしている、と気づいていないフリをして答える。
「私はいいですよ。宮本さんに彼女がいなかった頃とは違いますし、篠田さんにも迷惑をかけると思うので。でも、宮本さんは本当にそれでいいんですか?」
「どういう意味だ?」
「宮本さんのことが大好きな篠田さんと、あんなに簡単な告白で付き合っていいんですか?」
「……仕方ないだろ、篠田は告白なんてしないんだから」
「私には、宮本さんが篠田さんへ本気で思いを伝えたようには見えませんでした」
ああ、そうだった。こいつは俺の予想の斜め上を行くヤツなんだ。
理瀬は、俺の計画だけを見抜いている訳ではなく。
俺の気持ちまで、完全に理解している。
「なんだよ、本気の告白って」
「私も恋愛経験がないので、間違ってるかもしれません。でもこの前の告白は、気持ちがこもっているようには見えませんでした」
「だから、なんで俺の気持ちがこもってないってわかるんだよ!」
「告白したときの宮本さんからは、初めて私と宮本さんが出会った時、公園でうずくまる私に声をかけた時の優しさが感じられなかったんですよ」
「なっ……」
「宮本さんは優しい人です。私も、篠田さんも、昔付き合っていたバンドの女の人も、宮本さんの優しさに何度も助けられていると思います。だから、あんなに大事なことを言う宮本さんが、優しくないのはおかしいんですよ」
言われてみればそうだった。
俺が、理瀬に世話を焼き始めたころの気持ちよりも。
あの時の告白は、ずっとドライなものだった。
「だから思ったんです。宮本さん、本当は篠田さんのことを好きではないんじゃないかって」
俺は答えられない。理瀬の言っていることが当たっているから。
「気持ちは関係なく、今の環境を整理した結果、篠田さんと結ばれるのが一番簡単で合理的だと判断したんじゃないかって」
理瀬は、俺の目をまっすぐ見ている。まるで俺の目の奥にある本音をロックオンしているように。
「……それで悪いかよ?俺はお前と違って、もう若くない。社畜しか生きる道のないアラサーの俺に、選択肢は少ないんだ」
「宮本さんが本当にそれでいいんならかまいませんよ。でも本当にそう思ってますか?」
「どういう意味だ」
「本当に、社畜しか生きる道がない、と思っていますか?」
「お前……」
「だったらどうして作曲の手伝いなんかするんですか?突然出会った女子高生の世話なんかしようと思うんですか?そんな社畜さんがいますか?」
「ここにいるだろ!」
「嘘ですよ!」
俺がすこし声を荒げ、ビビらせてしまうかと思ったら、理瀬は俺よりも大きな声で言い返した。
「宮本さんが本当に会社を気に入っていて、篠田さんのことが好きで、二人で家庭を築くのが夢だというならそれでいいんですよ!でも今の宮本さんは!仕事は言われたものをこなすだけ、篠田さんの好意を利用して彼女つくって、昔の彼女の気持ちはぜんぜん考えずに、昔の夢のこともあきらめきれないまま無理やり縁を切って……結局、何事にも本気出してないんですよ!」
見たことのない理瀬の剣幕と、その的確すぎる言葉に、俺は返事ができない。
「私は宮本さんに感謝しています。一人では何もできなかった女子高生をいろいろ助けてくれて、お金には代えられない大事なものがあると教えてくれました。でも、宮本さんが私に教えたい『大人』の姿が、何事にも本気を出さず、今あるものだけで妥協するような人間だというなら、そんなものは教わりたくありません」
「……俺に、出て行けってことか?」
「今のままだと、そうなります」
「そうか。ならいいよ。元々そうするつもりだったからな」
「でも、こんな状況を作ったのは、私が宮本さんに甘えすぎていたことにも原因があります。私がいなければ篠田さんに勢いで告白したりしなかった訳ですし。だから恩返しをさせてください」
「どうやって?」
「宮本さんと篠田さんとでこの家に住んでください」
「……はい?」
「本当は、何事にも本気じゃない宮本さんなんて一秒も見たくありません。でも宮本さんはともかく、私がいたせいで女性関係を整理することになったのが本当なら、篠田さんを振り回してしまったことになります。だからその恩返しとして、二人に職住接近を提供します」
俺とシェアハウスを始めた時もそうだったが、相変わらず発想のぶっ飛んだやつだ。
妙なアイデアながら、実は利害関係が一致している。
「私が高校を卒業するまであと二年。宮本さんと篠田さんも、順当に関係が続けばそれくらいで結婚するでしょう。それまでの間はうちに居ていいです。でも、もし宮本さんが今考えている『平凡な社畜としての生き方』を貫き通せなかったら、そのときは出ていってほしいと言います」
「……俺を試してるってことか?」
「そう思ってくれてかまいませんよ。私が一緒にいたいのは本気で生きている宮本さんだけです。『篠田さんと家庭を築く』ということに本気になれるのなら、それでかまいません」
俺は、理瀬という女子高生を、ただ親のような目で見守っているだけだと思っていたが。
今はその逆だ。
理瀬と出会った頃から思っていた。こいつは、運が良くて仮想通貨で何億円も当てた訳じゃない。成功者になる何かを持っている。
俺にはない、強いものを。
それが何なのか、今の俺にはわからないが。
とりあえず、理瀬の言うとおりにしたほうがいい気がした。
俺は、たいていのことは自分で決めてきた。
歌手をあきらめる事も、社畜として生きることも。
そんな俺が、誰かに引っ張られて生きるのも、悪くないんじゃないか?
おそろしく強い人間の理瀬を目の前にすると、そんな気がしてきた。
「……わかったよ。この土日で篠田に相談してみる」
俺が言うと、理瀬はとても安心したように、深くため息をついた。
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