27 / 129
第二章 社畜と新しい彼女と親子仲のかたち
7.バリキャリ母と家族旅行
しおりを挟む「俺たちと一緒に沖縄へ行きませんか?」
例の高級ホテルのバーにて。俺がウィスキーに口をつけて早々に切り出すと、和枝さんは驚いた顔をしていた。いきなり沖縄の話をされるとは思わなかったのだろう。
「どうして沖縄なの?」
「出張で、沖縄のとあるリゾート会社へ商談しに行くことになったんです。向こうの会社のご厚意で、俺と篠田に二泊三日の部屋を用意してくれています」
「社員旅行みたいなものね。日本の大企業でもそういうことあるんだ」
「まあかなりの特例だとは思います。で、調べてみたら、そのリゾート会社って外資系で、和枝さんのシルバーウーマン・トランペットが出資しているみたいです」
「ふうん。で、」
この後、俺は和枝さんの質問攻めに会った。
電機メーカー勤務の俺がなぜ沖縄のリゾート会社へ商談に行くのか。俺がどこのビルでも使っている受電設備の話をすると、その製造コストや輸送コスト、運用コスト、競合他社の存在など、業界のありとあらゆる事について質問してきた。ビルの電気設備は、ビルを所有する企業なら誰もが投資しなければならないコストなので、和枝さんの興味を惹いたらしい。
和枝さんはとにかく頭の回転が早かった。理瀬もそうだったが、仮説を頭の中で組み立て、自分の中で結論づけるまでの時間がものすごく早い。だから自分の中の仮説に基づいて、いろいろな質問を俺にぶつけてくる。俺は今までの営業経験からなんとか答えられたが、その鋭い質問はうちの会社の経営層から営業部へ質問された時に似ていて、いつも対応しているナス課長の気持ちがなんとなくわかった、ような気がした。
「で、傘下の企業だから今からでもホテル取れるかも、ってお話よね?」
「そういうことです。まあ無理なのかもしれませんけど。どこまで影響力があるのか、俺には想像できませんし」
「私も聞いてみないとわからないわ。でも、宮本くんやあなたの彼女ちゃんが沖縄に行きたいのはともかく、理瀬を沖縄へ連れて行きたいのはどうしてなの?」
「はじめは興味なさげだったんですが、俺が『沖縄には米軍が駐留してるからアメリカ文化がある』って教えたら、意外にも興味を持ってました。あの子、和枝さんが働いているアメリカに興味があるんですよ」
「あの子がアメリカに? 本当に?」
この人、仕事のことならものすごく鋭いのに、娘の事になると鈍感すぎる。
いま別居中とはいえ、理瀬が正式に豊洲のタワーマンションで一人暮らしを始めてまだ三ヶ月。実の娘のことはいろいろ気にかけているはず。
「本当です。あの子、隙あらば和枝さんの話ばっかりしてますし、その延長でアメリカにも憧れがあるみたいです。将来はアメリカ留学も考えている、みたいな事言ってますし」
「あの子は、私のことが嫌いなはずなのだけど」
「嫌いなはず?」
微妙な言い回しだ。何か親子関係に亀裂を生じさせるイベントがあったのなら、明確に嫌われたと言うはず。
「……あまりかまってあげられてなかったから。聞いてると思うけど」
急に和枝さんが遠い目をしたので、俺は追及するのをやめた。
「俺の見ている限り、理瀬さんは和枝さんに会いたがっています。忙しいのは承知の上ですけど、理瀬さんと一緒に話せるのは日本にいる今がチャンスでしょう。俺の出張と同じ日じゃなくても、そもそも旅行先が沖縄じゃなくてもいいので、理瀬さんと一緒に居てあげてください。俺からのお願いです」
「……わかったわ。沖縄のホテルが取れるかどうか、調べてみる。私も夏休みくらい取れるから。でも、もし理瀬が私に会いたくないようなことを言っていたらすぐ教えて」
「そんなことは言わないと思いますけど、一応気をつけておきます」
「なんだか眠くなっちゃったわ」
和枝さんはカウンター席のまま支払いを終え、立とうとした。しかし急に立ちくらみでも起こしたのか、ふらついた。隣にいた俺が肩を抱いた。
アルコールの匂いと、甘い匂いが混ざって俺の身体に突き刺さる。とても四十代とは思えない色気だ。
正直、篠田や照子よりもぐっとくる感じ。
「あなたいい男ねえ? 理瀬にはもったいないくらいだわ」
「理瀬さんとそういう関係じゃないんですけど」
「私と寝ない?」
「酔ってますね。水飲んで寝てください」
「理瀬みたいな事言うのね」
「理瀬さんが、酔ってヘンなこと言い出したらそう言えって教えてくれました」
「よくできた娘で、私は幸せだわ」
結局和枝さんはまっすぐ歩けず、ホテルの人に部屋まで連れていかれた。
* * *
「みやもとさあ~ん」
日付が変わるころに豊洲のマンションへ帰ったら、篠田が悪酔いしていた。
隣には理瀬がいる。酔っぱらいの介抱には慣れているという理瀬だが、こんな遅い時間まで篠田に付き合わせてしまうのは申し訳ないな、と俺は思う。
「すまん、理瀬。そいつときどきすごく悪酔いするんだ」
俺は篠田を無視して、まず理瀬に謝った。女子高生に迷惑をかける酔っぱらいなんて、彼女といえども相手をする必要なんかない。
「いいですよ。今日のは、半分私のせいなので」
「理瀬のせい?」
「実は……」
「わたしもおしゃれなカフェでパンケーキ食べたいんですけど~!」
かまわず割り込んでくる篠田。だめだこいつ、早くなんとかしないと……
「パンケーキ? んなもん女子会で行けよ」
「うちの課の女子会は鳥貴○って決まってるんですよ~!」
「それはどうなんだ……? ってか、なんでいきなりパンケーキなんだよ」
「実は今日、エレンがうちに来てたんですよ」
「エレン……ああ、理瀬の同級生の江連エレンさん?」
言ってから、俺はまずいな、と気づいた。
江連エレンは理瀬の唯一とも言える同じ高校の友人で、やたらと理瀬におせっかいを焼いている。豊洲の街で理瀬と一緒にいた俺を、悪い男だと思って通報しようとした事もある。まあ、確かに俺と理瀬との仲は、通報されるような事案だから仕方ないが。
エレンには、俺と理瀬の関係を『大人としてアドバイスをくれる人』としか言っていない。理瀬の家で、俺の彼女と一緒に住んでいることは教えていないのだ。
そこを気づかれたのだとしたら、まずい。また通報されてしまうかもしれない。
「どうしてエレンちゃんがここに?」
「なんか親と喧嘩して家出したらしいですよ。私は興味ないのでマンションの中に入れなかったんですけど、篠田さんがかわいそうだって言うから仕方なく入れました」
「相変わらずお前はエレンちゃんに厳しいな……で、篠田のことはどんな風に紹介したんだ?」
「宮本さんの彼女です、って言いましたよ」
「彼女で~す」
酔った篠田がいちいち茶々を入れてくる。
多分記憶残ってないな、これ。
「なんで俺の彼女がここにいるんだ、って話にならなかったのか?」
「宮本さんからアドバイスを受けてたけど、最近は宮本さんから事情を聞いた篠田さんが私のことを気にかけてくれてる、っていう設定にしました」
「な、なるほど」
さすが理瀬。エレンに通報されない程度の設定を作ってくれていた。
男の俺より、女の篠田が相談相手になっていたほうが自然ではある。
「で、この前エレンちゃんとパンケーキ食べた話を聞いたのか」
「聞きましたよ~! 宮本さん、なんで女子高生にばっかりモテモテなんですか~! 私のこともちゃんとかまってくださいよ~!」
「その時はお前と付き合ってなかったし、エレンにパンケーキをおごったのは口止め料みたいなもんだったからな……お前が行きたいんなら、別にそれくらいいつでも行くぞ?」
俺がちょっとかっこつけて言ったら、篠田は眠っていた。くそ。
「ここで寝かせます?」
「いや、部屋に運ぶわ。邪魔だからな」
俺は篠田をお姫様だっこして、寝室のベッドへ運んだ。酒癖が悪いのは、昔付き合っていた照子も同じだった。だから酔いつぶれた女を勝手に運ぶことには何の抵抗もない。ただ、俺の筋力が老化で落ちているうえ、篠田は照子よりも重かった。腕と腰がいきそうになり、最後は篠田をベッドへ放り投げてしまった。それでも篠田は起きなかったが。
リビングへ戻り、理瀬と少し話すことにした。
「お水どうぞ」
「ああ……すまん。お前、ほんとに酔っ払いの相手うまいのな」
俺もまた酔っているのだ。身体にまとったアルコールの香りはごまかせない。
「騒いだりもの壊したりしないだけお母さんよりマシですよ。二日酔いで動けなくなられても困りますし……それで、お母さんと何の話をしたんですか?」
「俺と篠田と一緒に、お前とお母さんで沖縄に行きましょうって話をした」
理瀬はとても複雑な顔をしていた。この子は親に遠慮するタイプで、自分から「沖縄に行きたい」なって絶対に言わない。だから俺が言ったのだ。
「それで、お母さんはなんて言ってました?」
「一応、考えてくれるらしい。今度仕事で行くところ、シルバーウーマン・トランペットのグループ企業だから、和枝さんなら予約取れるかもしれない」
「そ、そうなんですか……わざわざ言わなくてもよかったんですよ」
「沖縄行きたいだろ?」
「……」
理瀬は何も言わず、もどかしそうな顔をしていた。沖縄に行きたがっているのは間違いない。だが母親である和枝に迷惑をかけていいのか、そこを心配しているのだと思う。
「まあ、お母さんのスケジュール的に無理かもしれんから、期待しないで待ちな」
「はい……ありがとうございました」
「さて、俺も酔ってるからさっさと風呂入って寝るか」
あれ、なんか大事なことを忘れているような……
今日のイベントは、和枝さんに沖縄の話をしたことと、エレンが家に来ていたことの二つ。
そうだ。江連エレンがうちに来た理由、ちょっとまずい気がしたんだ。理瀬はさらっと流していたが。
「なあ、エレンちゃん、親と喧嘩して夜遅くに家出だなんて、まずくないか?」
「あの子しょっちゅう家出するので問題ないですよ。やっぱり仲直りするって言ってましたし」
「うーん」
俺としては心配だったが、ウィスキーの酔いが回っていたこともあり、この日はさっさと寝た。
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる