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第三章 社畜と昔の彼女と素直になるということ

6.社畜昔ばなし ⑤ライブ

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 十二月の冬休みに行われるライブは、ここまで来た五人の集大成という形で行うことになった。そう言えば聞こえはいいが、実際は、あからさまに遅れをとっているギターとキーボードを切って、少しでも上手いメンバーに入れ替えたいからだ。これは赤坂さんの方針だった。

ちょうどクリスマスの日に予定され、曲はラブソングばかりにした。


「照子、彼氏おるのにクリスマスにバンドやしよっていけるん?」


 キーボードの女子が、練習の合間にそんなことを言った。その子は普段から下世話な話好きで、モテたいからバンドをしているという気持ちが見え見えだった。


「別にええんちゃう。酒蔵の正月の準備が忙しくてクリスマスはないとか言いよったわ」


 照子はそっけなく答えた。キーボードの女子は「えー」と食い下がっていた。俺は、そもそも女の子にとってクリスマスにデートすることがどれほど大事なのか理解していなかったので、まあそんなものか、としか思わなかった。

 赤坂さんは他のバンドも掛け持ちしていて、冬休みに入ると練習スケジュールを合わせるのが大変だった。他のバンドの練習が終わってから、俺たちの練習をすることが多かった。

 本番三日前の日、俺は予定より早くスタジオに着いた。

 もしかしたら先に練習を終えて、もう部屋を開けてあるかもしれない。そう考えた俺は、勝手に部屋の扉を開けた。

 まず聞こえたのは異常な音だった。人間の女の声だが、歌声ではなかった。

 それが赤坂さんのあえぎ声だと気づくのに数秒かかった。数センチ開けた隙間から部屋の中を見ると、二人の男がズボンを降ろして赤坂さんを囲んでいた。

 俺はすぐにドアを閉め、部屋を離れた。

 赤坂さんに彼氏がいるかどうかは謎だった。本人も、何も言っていなかった。

 だから、赤坂さんが望まない性行為を強要されているのか、オープンな性生活を送っているのか、判断できなかった。

 俺は外のベンチに座り、頭からその記憶をかき消そうとした。しかしどうやっても消えなかった。二人の筋肉質な男と、細身すぎる赤坂さんがおもちゃのように揺らされる姿が。

 

「あれ、宮本くんどしたん? 顔色悪いじょ」


 そのうち照子がやってきて、心配そうに声をかけた。


「いや……なんでもないわ」


 照子に言うべきか迷ったが、人がセックスしていただなんてそう簡単に漏らすべきじゃない、と思ってやめた。赤坂さんとの仲に亀裂が入り、二度とバンド活動ができないかもしれない。それにクリスマスのライブを中止したら、キャンセル料がかかる。高校生の俺たちにはきつい額だった。

 

「ふーん。寒いけん気をつけなよ?」


 照子は何気なく俺のおでこに手を当て、自分のおでこと比べていた。

 触られると思っていなかった俺は、驚き、身体をのけぞらせた。


「もう、ほんなに驚かんでええでえ! 宮本くん敏感なんやな」


 照子はいたずらっぽく言った。俺がそんなに驚いたのは、直前に赤坂さんの姿を見た影響だった。赤坂さんのあの姿は、俺の男としてのスイッチを半分入れていた。照子に近づかれて、押し倒したくなるような衝動すら覚えていた。でも俺は必死に耐えた。

 男は誰にでも、何にでも興奮する生き物なのだ。俺はこの時、改めて実感した。


『部屋開いたけん入ってきて』


 赤坂さんから短いメールが来て、俺と照子は部屋に入った。そこにはいつもと変わらない顔の赤坂さんがいた。あまりに平然としているので、もしかしたら、いつもそういうことをしていたのかもしれない、と俺は思った。


「この部屋くさっ」

「……こんなもんやろ」


 何気なく言った照子に、赤坂さんがそっけない言葉で返す。

 狭い部屋に残っていた異常な熱気と汗臭さだけが、何かあったことを示していたのだ。


** *


 クリスマスのライブが終わったのは夕方五時過ぎ。赤坂さんはさっさと次のバンドのライブに向かい、残った四人で打ち上げでもしようかと思っていた。

  しかし、ギターの男子がおもむろに「実は……」と切り出してきた。キーボードの女子とお互い好きになっていて、クリスマスのライブで上手く演奏できたら付き合い始めるつもりだったという。その上で、赤坂さん主導の真剣なバンド活動が重荷になっており、クリスマスを最後にバンドから抜けたい、と申し出てきた。


「えー、ほんま! よかったでえ! クリスマスなんやけん二人で遊んできな! あんまり遅くなったらあかんじょ!」


 照子は満面の笑みで祝福し、二人を送り出した。

 俺も照子も、この二人を切るという赤坂さんの意向を知っていた。俺と照子が黙っていたら、赤坂さんがストレートに「辞めて」と言うつもりだった。だから必死で、やんわりと二人を遠ざける言い方を考えていた。でもその必要がなくなった。照子は、二人が付き合い始めたことよりも、簡単にバンドから追い出せた事に喜んでいた。隣にいた俺も同じだった。

 ちなみにこの二人は高校、大学と付き合い続け、無事ゴールインして今では二児の親となっている。バンド活動もちゃっかり再開し『YAKUOHJIが初めて組んだバンドメンバー』として今でも徳島でライブをしているらしい。あの頃情熱的だった俺がバンドをやめ、大したことのないあの二人が続けているというのは、妙なことだ。

 俺と照子は二人、徳島の夜の街に残された。十二月なのであたりは暗く、歓楽街に高校生だけで残るのは危険だった。


「家まで送ろうか? さすがに女子一人は危ないやろ」


 照子と暮らしている母親は夜遅くまでパートをしており、徳島の高校生ではメジャーな『遅くなったら親が車で迎えに来る』という習慣がない。そこを気遣ってのことだ。


「うーん」


 照子はすぐ答えなかった。


「流石にクリスマスで俺と二人でおったら、木暮先輩に浮気やと思われるか」

「さあなあ」


 最後まで煮えきらなかったが、結局俺は照子を送ることにした。


「木暮先輩とデートせんでよかったんか?」

「したよ、昨日。クリスマス当日でなくてごめん、って言いよったよ。本来仏教徒である日本人にクリスマスは関係ない、とかいうわけわからん事も言いよったわ」


 木暮先輩の話をしている照子は、不機嫌だった。もしかしたら触れてはいけない話題なのか、と思って(実際そうなのだが)それ以上聞かないことにした。

 俺が黙っていると、照子はさっきのライブで歌った曲を唐突に歌い出した。好きな人がいる男を相手に、その好きな人を見ないで自分だけを見てほしい、と訴える歌だ。


「なんでその曲歌うんな」

「そういう気分やけんじゃ」

「先輩となんかあったんか?」

「……なんもないわ。先輩とはなんもないわ」

「言っとくけど、俺に恋愛関係のアドバイスとか無理やけんな」

「知っとる」


 結局、照子の機嫌を直せないまま、彼女の住むアパートに到着した。


「ちょっとここで待っとって」


 寒い駐輪場でしばらく待たされた。俺は江南さんからメールでも来てないかな、と思って携帯を開いたが、さっさと帰ってこいという母親からのメールしかなかった。やばい、今日はもうまっすぐ帰ろう、と思っていたら照子が戻ってきた。

 白い大きな紙箱を持っていた。どう見てもクリスマスケーキだった。


「送ってくれたお礼」

「いや、気つかわんでええぞ。お母さんと食べるんだろ」

「お母さん、スーパーのバイトでクリスマスケーキのノルマ出されて、二つ同じやつ買っとるんじょ。二つも食べたら絶対太るけん、一個あげる」

「ふーん。ほな、もらっとくわ」

「……また会えるよな?」


 俺が帰ろうとすると、照子は寂しそうな顔をした。


「明日、今年最後の部活やろ。何言よるんな」

「あー、そうやった。起きれるかな」

「起きろ! ほなな!」


 俺は会話を打ち切り、自転車を走らせた。あれ以上照子と一緒にいると、彼女のことを好きになってしまう気がした。
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