47 / 129
第三章 社畜と昔の彼女と素直になるということ
6.社畜昔ばなし ⑤ライブ
しおりを挟む十二月の冬休みに行われるライブは、ここまで来た五人の集大成という形で行うことになった。そう言えば聞こえはいいが、実際は、あからさまに遅れをとっているギターとキーボードを切って、少しでも上手いメンバーに入れ替えたいからだ。これは赤坂さんの方針だった。
ちょうどクリスマスの日に予定され、曲はラブソングばかりにした。
「照子、彼氏おるのにクリスマスにバンドやしよっていけるん?」
キーボードの女子が、練習の合間にそんなことを言った。その子は普段から下世話な話好きで、モテたいからバンドをしているという気持ちが見え見えだった。
「別にええんちゃう。酒蔵の正月の準備が忙しくてクリスマスはないとか言いよったわ」
照子はそっけなく答えた。キーボードの女子は「えー」と食い下がっていた。俺は、そもそも女の子にとってクリスマスにデートすることがどれほど大事なのか理解していなかったので、まあそんなものか、としか思わなかった。
赤坂さんは他のバンドも掛け持ちしていて、冬休みに入ると練習スケジュールを合わせるのが大変だった。他のバンドの練習が終わってから、俺たちの練習をすることが多かった。
本番三日前の日、俺は予定より早くスタジオに着いた。
もしかしたら先に練習を終えて、もう部屋を開けてあるかもしれない。そう考えた俺は、勝手に部屋の扉を開けた。
まず聞こえたのは異常な音だった。人間の女の声だが、歌声ではなかった。
それが赤坂さんのあえぎ声だと気づくのに数秒かかった。数センチ開けた隙間から部屋の中を見ると、二人の男がズボンを降ろして赤坂さんを囲んでいた。
俺はすぐにドアを閉め、部屋を離れた。
赤坂さんに彼氏がいるかどうかは謎だった。本人も、何も言っていなかった。
だから、赤坂さんが望まない性行為を強要されているのか、オープンな性生活を送っているのか、判断できなかった。
俺は外のベンチに座り、頭からその記憶をかき消そうとした。しかしどうやっても消えなかった。二人の筋肉質な男と、細身すぎる赤坂さんがおもちゃのように揺らされる姿が。
「あれ、宮本くんどしたん? 顔色悪いじょ」
そのうち照子がやってきて、心配そうに声をかけた。
「いや……なんでもないわ」
照子に言うべきか迷ったが、人がセックスしていただなんてそう簡単に漏らすべきじゃない、と思ってやめた。赤坂さんとの仲に亀裂が入り、二度とバンド活動ができないかもしれない。それにクリスマスのライブを中止したら、キャンセル料がかかる。高校生の俺たちにはきつい額だった。
「ふーん。寒いけん気をつけなよ?」
照子は何気なく俺のおでこに手を当て、自分のおでこと比べていた。
触られると思っていなかった俺は、驚き、身体をのけぞらせた。
「もう、ほんなに驚かんでええでえ! 宮本くん敏感なんやな」
照子はいたずらっぽく言った。俺がそんなに驚いたのは、直前に赤坂さんの姿を見た影響だった。赤坂さんのあの姿は、俺の男としてのスイッチを半分入れていた。照子に近づかれて、押し倒したくなるような衝動すら覚えていた。でも俺は必死に耐えた。
男は誰にでも、何にでも興奮する生き物なのだ。俺はこの時、改めて実感した。
『部屋開いたけん入ってきて』
赤坂さんから短いメールが来て、俺と照子は部屋に入った。そこにはいつもと変わらない顔の赤坂さんがいた。あまりに平然としているので、もしかしたら、いつもそういうことをしていたのかもしれない、と俺は思った。
「この部屋くさっ」
「……こんなもんやろ」
何気なく言った照子に、赤坂さんがそっけない言葉で返す。
狭い部屋に残っていた異常な熱気と汗臭さだけが、何かあったことを示していたのだ。
** *
クリスマスのライブが終わったのは夕方五時過ぎ。赤坂さんはさっさと次のバンドのライブに向かい、残った四人で打ち上げでもしようかと思っていた。
しかし、ギターの男子がおもむろに「実は……」と切り出してきた。キーボードの女子とお互い好きになっていて、クリスマスのライブで上手く演奏できたら付き合い始めるつもりだったという。その上で、赤坂さん主導の真剣なバンド活動が重荷になっており、クリスマスを最後にバンドから抜けたい、と申し出てきた。
「えー、ほんま! よかったでえ! クリスマスなんやけん二人で遊んできな! あんまり遅くなったらあかんじょ!」
照子は満面の笑みで祝福し、二人を送り出した。
俺も照子も、この二人を切るという赤坂さんの意向を知っていた。俺と照子が黙っていたら、赤坂さんがストレートに「辞めて」と言うつもりだった。だから必死で、やんわりと二人を遠ざける言い方を考えていた。でもその必要がなくなった。照子は、二人が付き合い始めたことよりも、簡単にバンドから追い出せた事に喜んでいた。隣にいた俺も同じだった。
ちなみにこの二人は高校、大学と付き合い続け、無事ゴールインして今では二児の親となっている。バンド活動もちゃっかり再開し『YAKUOHJIが初めて組んだバンドメンバー』として今でも徳島でライブをしているらしい。あの頃情熱的だった俺がバンドをやめ、大したことのないあの二人が続けているというのは、妙なことだ。
俺と照子は二人、徳島の夜の街に残された。十二月なのであたりは暗く、歓楽街に高校生だけで残るのは危険だった。
「家まで送ろうか? さすがに女子一人は危ないやろ」
照子と暮らしている母親は夜遅くまでパートをしており、徳島の高校生ではメジャーな『遅くなったら親が車で迎えに来る』という習慣がない。そこを気遣ってのことだ。
「うーん」
照子はすぐ答えなかった。
「流石にクリスマスで俺と二人でおったら、木暮先輩に浮気やと思われるか」
「さあなあ」
最後まで煮えきらなかったが、結局俺は照子を送ることにした。
「木暮先輩とデートせんでよかったんか?」
「したよ、昨日。クリスマス当日でなくてごめん、って言いよったよ。本来仏教徒である日本人にクリスマスは関係ない、とかいうわけわからん事も言いよったわ」
木暮先輩の話をしている照子は、不機嫌だった。もしかしたら触れてはいけない話題なのか、と思って(実際そうなのだが)それ以上聞かないことにした。
俺が黙っていると、照子はさっきのライブで歌った曲を唐突に歌い出した。好きな人がいる男を相手に、その好きな人を見ないで自分だけを見てほしい、と訴える歌だ。
「なんでその曲歌うんな」
「そういう気分やけんじゃ」
「先輩となんかあったんか?」
「……なんもないわ。先輩とはなんもないわ」
「言っとくけど、俺に恋愛関係のアドバイスとか無理やけんな」
「知っとる」
結局、照子の機嫌を直せないまま、彼女の住むアパートに到着した。
「ちょっとここで待っとって」
寒い駐輪場でしばらく待たされた。俺は江南さんからメールでも来てないかな、と思って携帯を開いたが、さっさと帰ってこいという母親からのメールしかなかった。やばい、今日はもうまっすぐ帰ろう、と思っていたら照子が戻ってきた。
白い大きな紙箱を持っていた。どう見てもクリスマスケーキだった。
「送ってくれたお礼」
「いや、気つかわんでええぞ。お母さんと食べるんだろ」
「お母さん、スーパーのバイトでクリスマスケーキのノルマ出されて、二つ同じやつ買っとるんじょ。二つも食べたら絶対太るけん、一個あげる」
「ふーん。ほな、もらっとくわ」
「……また会えるよな?」
俺が帰ろうとすると、照子は寂しそうな顔をした。
「明日、今年最後の部活やろ。何言よるんな」
「あー、そうやった。起きれるかな」
「起きろ! ほなな!」
俺は会話を打ち切り、自転車を走らせた。あれ以上照子と一緒にいると、彼女のことを好きになってしまう気がした。
11
あなたにおすすめの小説
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
学校1のイケメン♀️から逃げ出した先には地獄しかありませんでした
山田空
ライト文芸
ハーレムを目指していた主人公は転校してきたイケメンによってその計画を壊される。
そして、イケメンが実は女の子でありヤンデレであったことを知り逃げる。
逃げた途中でむかし付き合った彼女たちとの過去を思い出していく。
それは忘れたくても忘れられない悲しき記憶
この物語はヒロインと出会いそして別れるを繰り返す出会いと別れの物語だ。
そして、旅の最後に見つける大切で当たり前なものとは
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる