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第三章 社畜と昔の彼女と素直になるということ

7.社畜昔ばなし ⑥二人の変化

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 クリスマスのライブから三月まで、俺たちのバンドは一時休止となった。

 ギターとキーボードの代わりが見つからなかったこともある。だが一番の理由は、俺が三月にある合唱部の定期演奏会に集中したい、と申し出たことだった。

 徳島市にある普通科高校は毎年三月末に定期演奏会を開催していた。受験勉強が終わった三年生も合流し、一年の集大成として演奏会をする。

 合唱部だけではなく、同じ高校のオーケストラ部と一緒に開催する。オーケストラ部と合唱部の合同で行うミュージカル・ステージもあり、合唱だけでなく演劇の練習や衣装づくりなど、一年で一番忙しい時期となる。

 ただ単に忙しいから、という理由でバンドを休止した訳ではない。俺は赤坂さんの姿勢から、結局のところストイックに集中しなければ音楽は上手くならない、ということを学んだ。それは大本命である合唱部の活動にも言えて、バンド活動と並行するのは無理だと考えた。

 照子は「どっちでもいい」と言ったが、赤坂さんは「宮本くんがそう考えてるなら仕方ない」と受け入れた。ただし、条件をつけられた。


「次のはななるフェスタのバンドコンテストに、オリジナル曲で出たい」


 今はもう行われていないようだが、『はなはるフェスタ』というGW前に行われる徳島市のお祭りでは、毎年レコード会社の審査員を招いてバンドコンテストが行われていた。正直レベルは低かったのだが、あのチャットモンチーも通った道で、俺たち三人はみんな知っていた。


「オリジナルって、曲はどうするん?」

「照子が書いてくれる」


 赤坂さんが言うと、照子が「へへ」とはにかんだ。


「薬王寺さん、作曲やできるん?」

「ちょっとだけな。恥ずかしいけん、まだ聞かせれんけど」


 俺も赤坂さんに言われて、照子が作曲をしていることは知っていた。でも本人がオープンにしなかったので知らないふりをしていた。

 この時、照子も作曲ができる、と認めた。おそらく俺の知らないところで赤坂さんの猛アプローチがあったのだろう。目標を実現するため、自分にできないところは他人の力を借りる、というところまで真摯に取り組んでいた赤坂さんは本当にすごい。


「三月に定演に終わった後、一ヶ月後にバンドコンテストって、練習間に合うか?」

「宮本くんも照子も、どうせ定演に集中してバンドや頭に入らんだろ。その間にうちが新しいメンバー探して、すぐにでも二人が入れるようなレベルに合わせとく」

「すまん。そうしてくれたら、ほんまに助かる」


 再会を約束して、俺と照子は赤坂さんから離れた。そして定演の練習が始まった。


** *


 先輩たちから聞いていた通り、定演の練習は猛烈に忙しかった。

 テスト前以外、放課後は基本六時まで練習。そのあとにミュージカルの脚本や舞台演出の打ち合わせ。俺はミュージカルに詳しくなかったが、大道具の制作のように男手が必要なところでいつも駆り出された。夜遅くまで友人たちと作業するのは楽しかったので、よかったのだが。

 休日も、朝から夕方まで練習。今思えば社畜もびっくりなハードスケジュールだ。あの頃はとにかく練習すれば上手くなれると思っていた。今は『ブラック部活動』という言葉が取り上げられたこともあり、だいぶ緩くなったらしいが。

 それでも練習が足りない、と思っていた俺のような部員は、休日も夜遅くまで残っていた。

 遅くまで残るメンバーはだいたい固定されていた。主に男子ばかりだが、女子の姿もあった。照子もその一人だった。

 木暮先輩は、合唱部からますます足が遠のいていた。運動部ならともかく、やったところで大した実績にならない合唱部を続けることは、名家である木暮先輩の親が許さなかったらしい。

 この時期になると、オーケストラ部と合唱部では、付き合い始める男女が急増する。

 どちらの部もパートごとに分けられていて、パート間の交流があまりない。しかし定演の時期になると、ミュージカルや演奏会の運営面ではパートの別け隔てなく一緒に行動するので、この時初めて会話する異性も多くいる。

 共同作業での連帯感なのか、あるいは冬の暗い夜に学校で残っている不思議な感触がそうさせるのか、カップルが自然発生するのだ。

 そうなると部活としては微妙な雰囲気になる。せっかく練習をしていたのに、最後はカップル二人が学校に残り、施錠をするという暗黙の了解があった。

 俺と照子は、合唱部の練習が終わった後、いつも二人で残っていた。

 照子が作った曲を、俺に聞かせるためだ。当時はパソコンでの楽曲制作がまだ珍しく(というか照子の家にはパソコンがなかった)、ピアノが必要だった。

 正直、他人が作った曲を評価するなんて、俺にはできないと思っていた。この頃の照子の曲には歌詞がなく、まずは詞をつけてほしい、というお願いだった。

 その気になって聞いてみると、ケチをつけたいところはいくらでも出てきた。

 俺が指摘すると、照子は真面目に聞いた。俺が間違っているところは遠慮なく反論してきた。

 そうして夜遅くに終わると、照子を一人で帰らせる訳にはいかず、家まで送る。

 当然、俺と照子が付き合っているのではないか、という噂が立つ。

 だが照子は木暮先輩と付き合っている。浮気ではないか、と皆疑う。

 俺は全くそう思ってなかった。照子の彼氏はあくまで木暮先輩。残っているのは、バンド活動のため。バンド活動をしていたのは合唱部のメンバーも知っているから、誤解されないはず。

 今から思えばそんな理屈は通らない。普通、気のない男子を相手に、夜遅くまで残ったりしない。もしバンド活動での話し合いが必要だったら、赤坂さんを呼ぶだろう。

 そんな当たり前のことが、当時の俺にはわからなかった。

 二人で遅くまで残っても、俺の照子に対する距離感は変わらなかった。

 だが一度だけ、俺から見て、照子にぐっと近づいた、と確信した瞬間がある。

 定演本番が近づいた頃、俺が当時の悩みを照子に話したのだ。


「俺、来年は部長やろうと思う」


 俺はいろいろ考えた結果、赤坂さんのようなストイックさで音楽に向き合わなければ上手くなれない、つまりコンクールに勝てないと思っていた。

 だから来年からは俺が部長になり、基礎トレを大幅に増やし、練習には絶対参加するよう強く意識づけさせる。そうやって部を改革しよう、という野望があった。

 社畜となり、目の前に流れてくる案件をただ通すだけの、主体性のない今の俺からは考えられないことだ。

 定演が終わった後に、部長を選ぶ選挙がある。俺が立候補することは、誰にも話していない。それを照子にだけ話したのだ。

 一言目を皮切りに、部の改革案をすべて照子に話した。

 照子はうんうん、と頷き、優しく俺の言葉を聞いてくれた。


「ほな、うちが副部長するわ」


 意外な提案だった。

 照子の実力なら、副部長でも申し分ない。ただ、他にも活発な女子がいて、部長候補はみんなそちらに譲るような雰囲気があった。


「味方がおった方がええやろ?」

「まあ、それはな」

「宮本くんのこと手伝いたいけん」


 その言葉だけ、はっきりと、ものすごく純真な目で見つめられたことを今でも覚えている。

 もしかしたらこの子、俺に気があるんじゃないか。

 初めてそんな考えが頭をよぎった。だが俺は、その気持を必死で頭から消そうとした。照子の彼氏は木暮先輩であり、俺ではない。俺が女の子に惚れられる訳がない。調子に乗ったら、痛い目にあうぞ。期待するな。この子は部活とバンドの仲間というだけだ。

 そうやって照子のことを頭から消そうとする時間は、日に日に長くなっていった。
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