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第五章 社畜と本当に大切なもの

15.社畜と理解されない気持ち

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 伏見はベッドの上で掛け布団を抱いて、全裸で寝ていた。

 とても幸せそうな寝顔だった。まだ幸せな夢の世界にいるのだろう。それを邪魔して起こす気にはなれなかったので、俺はソファで寝た。

 夜が明けた頃に俺の目が覚め、テレビをつけて伏見が起きるのを待った。


「あ……」


 しばらくして伏見が起きた。勤務時間帯は社畜の俺と同じなので、規則正しく朝には起きると思っていた。


「すまん」


 何から話せばいいか迷った俺は、とりあえずそう言った。

 

「……どうして?」

「お前の性的指向を確かめたかった。なんで全く乗り気でないのに俺を誘惑しようとするのか、よくわからなかったからな」

「……私がレズだって、どうしてわかったんですか」

「照子の家に行った時、焦り方が半端なかったからな。あっちが本当の顔だろう。実際、俺といるより照子といた方が楽しかったんじゃないか」


 伏見は唇を真一文字に結び、黙っていた。とても悔しそうな顔だった。


「まあ、シャワーでも浴びてこいよ」


 伏見は黙って浴室に向かった。昨晩、死ぬほど激しく愛し合っていたのだから、まずはシャワーでも浴びないと目が覚めないだろう。

 しばらくすると、バスローブを着た伏見が浴室から出てきた。


「……色々考えたんですけど、これで私を脅すつもりですか」

「脅す?」

「私がレズだということを黙っているかわりに、理瀬ちゃんと会わせろっていう事でしょう」

「……まあ、最もあくどい言い方をすればそうなるな」


 さすがに伏見は頭がいい。シャワーをしながら今の状況を整理して、結論を導き出しだのだろう。


「古川さん、気づいてますよ。宮本さんが理瀬ちゃんのこと好きだって」

「そうか。で、なんて言ってた?」

「社会人と女子高生が恋愛するなんてありえない、だそうです」

「だからお前を、代わりの相手として送り込んだのか」

「それもあると思いますが……単純に、結婚する気配が全くなかった私に出会いの機会を与えたかったみたいです。古川さん、宮本さんがいい人だという事は認めてますし、自分が結婚生活で失敗した分、部下にはそうならないでほしいという気持ちもあるみたいですから」


 胸が痛くなった。古川は強力な悪意を持った人物ではないし、もし俺の上司だとしたら、普通に尊敬していただろう。だから伏見が、古川の事を決して悪く言わないのは理解できる。

 だが、過去に援交へ手を出していた人物が、社会人と女子高生が恋愛するなんてありえない、なんて言うのは引っかかる。自分が経験したからこそ、過去の自分に当てはめて年の差のある交際をヤバい奴だと思っているのか、あるいは自分自身に汚名を着せられたくないのか、そのあたりの真意は、伏見からは読み取れなかった。


「宮本さんが古川さんに、理瀬ちゃんに会いたいって直接頼んだら怪しまれてしまうから、私をダシにして理瀬ちゃんを連れて来させるって事ですよね」

「まあ、そうなるな」

「理瀬ちゃんと会ってどうするんですか」

「まずは、今の様子を確認したい。和枝さんが亡くなったショックから回復しているかどうか、この目で確かめたい。それから、理瀬が古川の示した進路ではなく、自分で描いていた進路に戻る気があるなら、それを手伝いたい」

「海外の大学に進学する、という事ですか」

「ああ。未成年の理瀬は、保護者である古川に反対されたらどうしようもない。あいつは最初から勝てる見込みのない争いはしないで、現実的な選択肢を取るだろうから」

「それで、海外の大学に進学させて、理瀬ちゃんと一緒になろうってところですか。でも宮本さん、今の会社やめて海外に行って、生活できるんですか?」


 正直なところ、そこまで具体的な事は考えていなかった。理瀬が海外に行ったとして、英語がほとんどできない俺が海外で働くのは無理だ。


「そこまで考えてない。俺は、理瀬が自分の考えた通りに生きてくれれば、とりあえずそれで十分だ」

「本当にそうなんですか? 理瀬ちゃんの体が目当てなんじゃないですか」

「ふざけた事を言うな」


 俺がいきなり怒ったので、伏見は怯むかと思ったが、そうはならなかった。むしろ、俺を強く睨み返していた。さすがバリキャリ女子は強い。


「どうして宮本さんが、理瀬ちゃんにそこまでこだわるのかはわかりませんが……私、別に自分がレズだって古川さんに知られても、別にいいです。だから宮本さんの脅しには屈しません」

「俺から古川にバラすつもりはないよ。結果的に、理瀬と会えなかったとしても」

「それじゃあ、脅しにならないじゃないですか」

「脅すつもりはないんだよ」

「じゃあ、何なんですか? 昔の彼女にまで手を出して、私がレズだって暴いて、宮本さんはそれで何を得るんですか? 私のことを異常だって笑いたいだけなんですか? いいですよ、どうせ理解してくれる人は少ないって、私、知ってますから」

「そんなつもりはない」

「LGBTだとかなんとか言って、本当はみんな後ろ指さして笑ってるの、知ってますから」

「俺はそんなこと思ってない。そうしたいなら、そうやって生きればいい。今の時代、別に異性と結婚しなくたって普通に生きられるんだから。本当の気持ちに嘘をついて、俺みたいなバカを誘惑しようとする方がずっと不健全だ」

「だったら! どうしてこんな真似をしたんですか!」

「お前ならわかってくれると思ったからだよ」


 俺がとても弱々しくつぶやいたのを見て、伏見は体を震わせていた。


「大方の人には認められない相手を好きになってしまった人の気持ちを、お前ならわかってくれて、俺に協力してくれると思ったからだよ」


 その後、伏見はなにか唸っていたが、意味をなす言葉は吐かなかった。

 俺に共感してくれたのか、もしくはどうしようもない馬鹿だと思ったのか、その時点ではわからなかった。その後、伏見は俺の目の前だというのに何の遠慮もなく服を着替え、帰り支度をした。


「……いつがいいですか」

「えっ?」

「理瀬ちゃんと会う日ですよ。土日だったら多分、いつでもいいですよ」


 そう言い残して、伏見は部屋を去った。
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