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第六章 社畜と女子高生と二人の選んだ道
2.社畜と病室修羅場
しおりを挟む「元同僚の子から聞いたんですけど、宮本さん、最近仕事中もそわそわして落ち着いてなかったみたいですね。理瀬ちゃんと何かあったんですよね?」
「……」
「あったんですよね?」
篠田は気づいている。照子の逮捕に、思い当たるところがあるのだと。
俺は篠田に全てを伝えるかどうか、迷った。今話したら、篠田もこの騒動に巻き込んでしまう。遠方で落ち着いているつもりだったのだ、本当は。
しかし、俺はもう、理瀬との問題を一人で抱えきれるほど余裕がなかった。前田さんとは連絡がとれないままだし、理瀬と話すのも絶望的だ。今味方になってくれるのは、篠田しかいなかった。
「言ったらお前に迷惑がかかる……」
「今更何言ってるんですか。宮本さんには、仕事を教わった恩があるんですよ。私に協力できることなら、いくらでも付き合います」
受け入れてくれそうだったので、俺は全てを話した。照子を使って伏見を懐柔したこと、理瀬と何度かあったこと、古川の援交疑惑、盗撮の疑い、最後は古川に見つかり、理瀬と連絡がとれなくなったところで、照子が逮捕されたこと……
篠田は、最後まで真剣に聞いていた。冷静に話したら、ただの社畜の身の回りに起こるような事件だとは思えないのだが、篠田は信じてくれたようだ。
「つまり、理瀬ちゃんのお父さんが、宮本さんへ報復するために照子ちゃんを逮捕させた、という事ですか?」
「確証はないが……罰は受けてもらう、と言っていた。それ以外に、俺が被害を受けたことはない。まず間違いないと思う」
「理瀬ちゃんのお父さんの権力、すごいですね……」
もちろん確たる証拠はないのだが、一人の人間が警察まで動かしたとすれば、とても俺や篠田が太刀打ちできるような人物ではない。映画やドラマみたいな話だ。
「今聞いた感じだと、宮本さんが理瀬ちゃんのためにできる事は、もうなさそうですね」
「ああ……」
篠田は、以前もこれ以上深入りするな、と言っていた。俺の身を案じてのことだ。
その時は、理瀬をどうにかして助け出したいという気持ちが強かったし、前田さんという協力者がなんとかしてくれる気がしたから、篠田の忠告は断った。
しかし、俺は照子が逮捕された事で憔悴していた。今回は、即答できなかった。
「今、ここで手を引いたら、これ以上は向こうも追ってこないんじゃないですか。理瀬ちゃんのお父さんも、暇な人じゃないんですし」
そういう気持ちは俺にもあった。ここが引き際かもしれない。後の事は、古川の弱点を握った前田さんに任せて、俺は素知らぬふりをしながら待つ。もっとも、それでは理瀬が古川の処遇に振り回されて、かなり苦労するかもしれないが……もともと利口な子なので、困難な状況でも上手く立ち回るだろう、とは思っていた。
「前も言いましたけど……私、宮本さんのこと、やっぱり心配です。れ、恋愛感情とか、そういうの抜きにしても、よくしてくれた先輩なので」
「すまん……」
「謝ってほしいわけじゃないですけど……」
一瞬、脳がやられたせいか、俺は歯切れの悪い回答しかできず、会話が詰まりがちだった。篠田はそれを感じ取ってくれて、苛立つような様子はないが、やはり少し歯がゆい気持ちはあるらしく、何度も首をひねっていた。
無言の時間が続いているうちに、病室のドアがノックされた。
「どうぞ」
俺が返事をすると、篠田が入室してきた時と同じように、ゆっくりとドアを開け、女性がこちらを覗いていた。
伏見だった。
「お邪魔します、伏見ですお見舞いに……えっ、誰ですかこの人」
「それはこっちのセリフですけど?」
顔を合わせた瞬間、篠田と伏見の間に火花が散った。
修羅場というやつだ。この二人が出くわす機会があるとは思っていなかったので、俺は何も言えなかった。
「私は、宮本さんとお見合いをして彼女になったことのある伏見京子です」
「……は?」
篠田がマジギレっぽい顔で俺を睨む。
「いやいや。お見合いなんかしてないし、正式に付き合ったことはないよ」
「ええっ、宮本さん、あの時の事は全部、嘘だったんですか」
「……は?」
やはり怒っている篠田。伏見の存在はさっき篠田に説明したし、伏見にも篠田という少し前に付き合っていた女性がいることは、以前の交流で話している。初対面だが、お互いの存在は知っているはず。だからこそ、いざ会った時にどのような反応をするかは、あらかじめ決まっていたのかもしれない。
「伏見さんは古川の部下で、たしかに古川から紹介されたけど、正式な交際関係になった事はない」
「でも、もう少しで私を抱いてくれるところでしたよね?」
伏見の演技力はすごい。思ってもいないことを、本当の事のように言える。
篠田が真に受けて、今にも伏見に飛びかかりそうな顔をしている。
「いや、俺は一切応じてないから。照子とはお楽しみだったようだが」
「……あっ、宮本さん、照子さんの事は言わないで」
仕方がないので照子の名前を出したら、伏見は素の顔に戻った。篠田はまだご機嫌ななめで、ぷりぷりしている。この二人、どうやら決定的に相性が悪いらしい。
「伏見さんは、何しに来たんだ」
「お見舞いですよ。邪魔しちゃったみたいですけど」
菓子折りを近くに置きながら、伏見が篠田の隣に座った。篠田は不服そうだったが、「ここしか座る場所ないんだから我慢してください」と言って強引に押しこんだ。
「あの、宮本さん、ちょっと二人で話がしたいんですけど、この人いつ帰るんですか?」
「は? 失礼じゃないの? あんたが帰るまでは帰らないわよ」
「だったら私は、泊まり込みで宮本さんの看病をしますね!」
「はあーーっ!?」
「病人の前で喧嘩はやめろ……」
いつまで経っても止まらない二人の間の喧嘩を、俺はうんざりしながら遮った。
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