117 / 129
第六章 社畜と女子高生と二人の選んだ道
7.社畜と社会復帰
脳梗塞で倒れたことを知ってから、照子はそれまでとは逆に、俺のことを心配するようになった。脳梗塞のことを命にかかわる大病だと思っており(実際そうなのだが)、まるで風邪をひいた子供を看護するように、食事も着替えも全部世話しようとした。そこまでされても困るだけなので、もう治ったから心配ない、と何度も説明した。
俺としては、照子の更生計画を立てるのが急務だった。
「なあ、照子。これからどうする? しばらく音楽はできないだろ。一生遊んでくらせるだけの蓄えはあるのか?」
「多少はあるけど……そんなには、ないと思う」
「そうか。体が動くなら、さっさと次にすることを探した方がいいかもな。無理は禁物だが、ずっと一人でいても悶々とするだけだから」
「うーん……うち、音楽以外はファミレスのバイトくらいしかしたことないけんなあ」
ファミレスのバイトは、大学生時代の照子がバンド活動の傍らに行っていたものだ。けっこう真面目にやっていて、プロデビューの話が本格化するまでは照子のライフワークのようなものだった。
収入はがくっと落ちるが、再起をはかる準備としてはちょうどいいかもしれない。飲食店の忙しい環境で否応なく動かされれば、悩む暇はなくなる。
「バイト、でいいんじゃないか? とりあえず、次にやりたいことが見つかるまでは」
「うち、有名になってしもうたけん、雇ってくれるところないと思う」
「今はどこも人手不足だから、誰も気にしないよ。というか、俺に心当たりがある」
俺はエレンに連絡した。エレンの両親が営むドイツ料理店は、表参道という敷居の高い立地もありなかなかバイトが集まらない、という話を聞いていたからだ。
相談してみると、エレンは両親にかけ会い、あっさり了承してくれた。照子も「あそこだったら雰囲気ええし、別にええよ」と納得した。
それから、引っ越しや音楽機器の処分をすることにした。もう六本木に住む必要もないので、世田谷区の適当なところにアパートを借りることにした。照子の命である作曲用のパソコンとキーボードだけは残して、他の高額な機器は全部捨てた。
照子と一緒に賃貸物件を探していると、不動産屋に「新婚ですか?」と言われることもあったが、お互い渋い顔で「違います」と言うだけだった。やはり、もう二度と戻れる仲ではないのだ、ということを実感した。
そんなこんなで、照子がまっとうな生活を送れるようになるまで、俺は世話を続けた。
俺としては、とにかく照子が社会から孤立することだけは避けたかった。どんなに辛くても、社会の歯車になって回転し続けている限りは、自分が必要とされているという実感を受けられるし、他の人たちとの交流も保てる。社畜の俺には、この社会で生き残る手段はその一つしかわからない。
もしかしたら、照子はまた作曲する気になって、音楽業界に復帰するかもしれない。あるいは一生フリーターのまま過ごすかもしれない。それはわからないが、とにかく安定した生活を提供したい一心だった。
おおむね上手く進んだ照子更生プランだが、もしいま、ここに理瀬がいれば、照子の才能に即した別の更生プランを立てられたかもしれない。そう考えている時だけは、少し悲しくなった。
** *
照子の社会復帰と平行して、伏見と、理瀬をもとの生活に戻すための作戦会議を続けていた。伏見と初めて会ったあのカフェで、俺達は定期的に会っていた。
伏見から見た古川の存在は、今は完全に『敵』だった。かつての『信頼できる上司』というイメージは、完全に消えていた。俺を攻撃するために照子へ手を出したことで、伏見の考えは変わってしまった。
「やっぱり、理瀬ちゃんから親権喪失を家庭裁判所に申し立てるしか、ないと思います」
官僚という職業柄、法律に詳しい伏見が出した結論は、親権喪失というものものしい手続きだった。
伏見によれば『父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。』という。
しかし、親権喪失はハードルが高い手続きだった。直近でも、申立の二割くらいしか認められていないらしい。子にとっても、どんな奴であれ親権者がいなくなるのは痛手になる。裁判所もかなり慎重に判断するらしい。
「そうなると、何をもって古川さんが親権者に値しないか、証明する必要があります。理瀬ちゃんが見たというペン型の盗撮器具を根拠に、盗撮を性的暴行だと言いはる他ないですが、正直弱い気がします。そもそも、その器具が本当に盗撮器具なのか、仮にそうだとして理瀬ちゃんの写真が写っているのか、私たちは確認していません」
「そうだな。俺たちの手元にある武器は、正直言って弱い」
「それに、もし親権喪失が認められたとして、親のいない理瀬ちゃんには未成年後見人が必要になりますが、それも家庭裁判所が判断するので、宮本さんが選ばれるとは限りません」
「亡くなった和枝さんの遺言で、未成年後見人に指名されているとは言えないのか。実際そういう約束をしかけたぞ」
「遺言状って、書式が決まったちゃんとしたものでないと法的に有効じゃないんですよ。そう言っていた、というレベルでは、裁判所は信用してくれません。そもそも宮本さんと和枝さん、理瀬ちゃんの関係自体、かなり特殊なので、裁判所がどう受け取るか想像もできません」
「そのときは、俺と和枝さんが付き合っていた、とでも言うしかないな」
「篠田さんとお付き合いしていたのに、よくそんな軽薄な態度が取れますね」
「理瀬のために必要だと思ったことは何でもするからな」
「……そこだけは徹底されてるんですね」
「どっちにしろ、今は理瀬と直接話す手段を得るのが先だと思うけどな。親権喪失の申立にしたって、理瀬がやらないと意味がないんだから」
「そうですね。でも、そこは私も作戦がありません。古川さんのガードは鉄壁です。自分が子供に親権喪失の手続きを起こされたなんてスキャンダルが起こったら、絶対に今の地位ではいられませんから」
「うーむ」
八方塞がりか、と思われたその時、俺の携帯が鳴った。
前田さんからだった。
俺はある種の恐怖を覚えながら、電話に出た。
「もしもし、宮本です」
『やりましたで、宮本さん』
電話を通じて聞こえる、前田さんのいかにも関西人の親父っぽい邪悪な口調で、俺は内容を悟った。
『長いこと連絡できんで、すんませんでした。こっちも必死だったんですわ。明日の週間文々、買うてみてください』
「まさか……」
『すんまへん、今は長電話したら怪しまれるんで、ほな』
青ざめる俺を、伏見が怪訝そうに見つめていた。
** *
翌日。
会社帰りのコンビニにて、有名な週刊誌を手に取った。
表紙を見て、俺は全身に冷や汗をかき、卒倒しそうになった。
『財務省事務次官、二十年前に女子高生と援交三昧』
あなたにおすすめの小説
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
マカロニ
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
恋愛
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」
「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」
県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。
頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。
その名も『古羊姉妹』
本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。
――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。
そして『その日』は突然やってきた。
ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。
助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。
何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった!
――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。
そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ!
意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。
士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。
こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。
が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。
彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。
※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。
イラスト担当:さんさん