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挨拶

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「えっと……先ずは名前ですね。僕は水城歩18歳です。美容師見習いでした……

 お休みで祖母の家へ出掛けたんですが、そこに鏡があり覗くと、大きなカエルが居る異空間に着いてました。元の世界へは戻れない事……違う世界で生きろと言う事を言われてこちらに辿り着きました。

 僕はもう……戻れないみたいです……このセイバー王国で生きていかなければいけなくなりました。日本には家族の元にはもう帰…………」



歩は平坦に気持ちを落ち着けて喋ろうとしてたのに、話を進める度に堪えきれなくなり、最終的には机に塞ぎ込み身体を震わせながら嗚咽を漏らせ泣き崩れました。

 ジャックは向かいに座って居る歩が、小さな身体を丸め震わせながら泣き続けるので、可哀想になり自然と目の前にある小さな頭を、大きな手でぎごちなくガシガシ撫でていました。



「うう………っ僕はぁ……もう家族には逢えない…っぅて……カエルが言ってた……記憶が無くなってて僕はもう居ない人間にぃーーー……ヒック………」

「ああ……そうか。俺はお前……歩が目の前に居いるし、触れる。頭も撫でられるしな、セイバー王国も悪い国では無い……俺もできることは協力するから、この国で暮らしてみろ。俺は気軽な一人暮らしだから、歩一人増えようが対して困らない。部屋も見ての通り余ってるしな、ここで暮らせば良い……歩が良いのならだが……俺はあまり器用な性格では無いからどうすれば良いのかわからない。まあ……嫌なことは嫌だとハッキリ言ってくれたら良い……」



歩は、涙が止まらずに声を出すと嗚咽ばかり出てきてしまうので、涙だらけの顔を上げてジャックと視線を合わせ、頭を上下に何度も降った。

 ジャックは本物の我慢できない程の泣き顔というものを、初めて見て衝撃を受けていた。自身が泣くと言うことは大人になればなる程記憶が無くて、泣いている人間も見たことはあるが、ポロポロ綺麗に泣いていて、今思うとあの涙は本当の感情からくる涙だったのか? 嘘だったのでは? と言う疑問が歩を見ていたら湧いてきた。

 それ程歩は、心のままに感情を制御できずに泣いているのだ。ジャックは可哀想にはなるが、こう言う場合どうすれば良いのかが解らずに、ひたすらガシガシ頭を撫でている。

 そこへ外からバタバタ足音が聞こえてきて、一緒に煩い声も聞こえてきた。



「おーい!かわい子ちゃんが美味しいパンを持って来ましたよー焼き立てホカホカのレイシ手造り創作パンだよ~」


扉を遠慮も無くバタンと音を立てて開けたのは、レイシだった。


「おっ! お邪魔だったかしら? 」

「大丈夫だ。座って待ってろ」

「はーい。私はマーチの実だけのがいいわ。マーチの実はお肌が綺麗になるのよ。

 ほらほら見て見てみて、最近毎日飲んでるから、張りがあって瑞々しい肌に大変身したのよ。

 それに身体の調子が凄くと良いのよ。以前は偶にね、フラフラしてたのがジャックの製作したジュース製造機を使ってジュース飲み出してからは、健康になった感じがするの。

 それを常連さん達に言ったら欲しいって人が沢山いるのよ!と言うことで、20台お願いね。銀貨一枚って伝えといたから」

「お前!高過ぎるだろ!原価貰えたらそれで良い。別に生活出来れば俺は良いから」

「なに言ってんの!ジャックが発案して試作して、できたんでしょ。簡単に美味しいジュースが沢山できるなんて、夢の様な物じゃないの。果汁もカラカラになるまで搾り取れるし。上出来なのよ。とにかく20台製作しなさいよ」

「わかった……」


ジャックは長年の付き合いから、レイシには何を言っても言いくるめられる事がわかっていたので、溜息一つついた後は素直に頷き、手を止めることなく言われるままジュースを作っている。

 祖父の元へ良く遊びに来ていたジャックは、隣同士の店であるレイシとは同じ歳な事もあり兄妹のような間柄で長年過ごして来た。お互いに恋人ができようが、別れようがその関係は変わっていない。

 レイシは、ジャックが先程迄座っていた椅子に座り、目の前で泣き腫らした目をしながらも、涙を服で一生懸命拭いている歩に話しかけた。


「さて! 貴方は落ち着いたかしら? 私はレイシよ。貴方は?」

「水城歩です」

「そう、アユムね宜しくね。先ずはあったかいうちにパン食べなさいな」


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