量産型勇者の英雄譚

ちくわ

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二章 量産型勇者の一歩

二章三話 『宿にて』

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 町での騒ぎから数分後、ルークは当事者という事もあり、憲兵からの事情聴取を終えてティアニーズと共に宿へ向かっていた。
 あの盗賊はここら辺では意外と有名らしく、憲兵や騎士団が手を焼いている相手との話だった。

 その事と、騎士団であるティアニーズが側にいたという理由で、ルークへのお咎めは無しとなった。
 しかしながら、ルークは逃げる手段を逃した事に不服そうなのである。

「チッ、なんだよあのちびっこ。魔法使いだなんて聞いてねーぞ」

「魔法使いだからといって、杖を持ってるなんて考え方は古くさいですよ」

「だれがおっさんじゃ、俺はまだまだピチピチの二十歳のお兄さんだ」

「別にそんな事言ってないでしょ。小さな子供から見ればルークさんは十分おじさんです」

 二十歳の男にとって、おじさんかお兄さんかの違いは非常に大きい。
 ただ、そんな事ティアニーズにとってはどうでも良いので、先ほどの事を思い出すように顎に手を当て、

「しかし、あの少年の事は気になりますね。いくら歳は関係ないといっても、あれだけの魔法を、しかも死者を一人も出さないようにコントロールしていた事には驚きです」

「そんなにすげぇの? 俺魔法見るのほとんど初めてなんだけど」

「魔法とは本来、才能がある人間にしか使えません。始まりは、精霊が人間に困難を乗り越えるために授けた力、など諸説ありますが、それなりの鍛練は必要なんです」

「お前魔法使えないんだろ? 意外と詳しいのな」

「私の所属する部隊に魔法の専門家がいるんです。性格はアレですけど、その人から教えてもらいました」

 誰だかは分からないが、ティアニーズの顔色が僅かに曇った。悲しみとか恐怖ではなく、面倒な人の顔が頭に浮かんだように。
 ティアニーズはその人物の顔を追い出すように首を振り、

「とにかく、あの歳であれだけの魔法を使えるとなると、我々では考えられない範疇の努力をしたか、相当な才能の持ち主って事ですよ」

「あのバンダナ野郎、立派な人材見つけやがって。俺もあれくらいの護衛が欲しいもんだぜ」

「……何ですか、私だと不満ですか。魔法はともかく、剣の腕ならそれなりの自信はありますよ」

「魔獣に対して通用してなかっただろ。このご時世、人間よりも魔獣に対抗出来る術を身につけた方が良い。その点、ちびっこの魔法は役に立つ」

「正論なのがまた腹立つ」

 してやったりとバカにした笑みで表情を満たすルークに、ティアニーズは奥歯を噛み締めて睨み付ける。
 ただ、ティアニーズの剣術もそれなりに高いのも事実だ。不意打ちとはいえ、ルークはその速度に反応出来なかったのだから。

「仕方ないので今回は堪えます。宿、見えて来ましたよ」

「やっと休める。早く風呂入って寝よーぜ」

 目の前に見えてきた宿を指差す。特段変わったところのない普通の宿だ。
 中へ入って確認すると、一階は酒場となっており、二階に泊まる部屋がいくつか用意されている。晩飯時という事もあり、酒場は人で賑わっている。

 胃を刺激する食べ物の匂いを嗅ぎつつ、ルーク達は受け付けに立つお姉さんの元を訪れる。
 ルークはその背中を見ていたが、突然ティアニーズが声を上げた。

「ひ、一つしか部屋が用意出来なかった!?」

「はい、誠に申し訳ございません」

「で、ですが先ほど訪れた時には大丈夫だと……」

「こちらの不手際でご迷惑をおかけしました。ただ、お部屋の方は少し豪華な部屋をご用意いたしました」

「で、でも……男女が同じ部屋に寝泊まりするのは……」

 どうやら、二つ部屋を取る事が出来なかったらしい。ペコペコと頭を下げるお姉さんに食って掛かり、ティアニーズは納得出来ない様子だ。
 ルークは背後から迫ると、ティアニーズの肩を叩き、

「別に良いだろ、寝れるだけ十分だ」

「ダメですよ! 未成年ですよ私!? 貴方と一緒に寝たら何をされるか……」

「何もしねーよ。つか、あの村の宿じゃ同じ部屋で寝ただろーが」

「あ、あれは仕方ないです!」

「熟睡してたくせに何言ってんだか」

 このままでらラチがあかないと思い、ルークはお姉さんから部屋の鍵を受け取った。ティアニーズにしてみれば重要な事なのだが、本当に興味のないルークは全く動じない。
 年齢というよりも、性格の問題だろう。

 結局、同じ部屋で寝る事が確定し、最後に一礼するお姉さんを背にルーク達は部屋へと向かった。
 扉を開け、部屋の中を見た瞬間にティアニーズは絶句した。

「……豪華って、まさかこれですか」

「……ダブルベッドだな。カップルとか夫婦が一緒に寝る」

 部屋の催しはこの際置いておこう。二人の意識が集中したのは、部屋のど真ん中に設置されている巨大なベッドだ。
 ベッドはそれ一つしか置かれておらず、要するに二人一緒に寝ろという事なのだろう。

 推測すると、ティアニーズは恐らくお姉さんに男女で部屋を申請した。お姉さんはそれを恋人同士だと勘違いし、こうしてありがた迷惑を押し付けたのだろう。

「む、無理です! ベッドが別れているならまだしも、同じベッドなんて絶対に嫌です!」

「お、俺は気にしないよ? べ、別に同じベッドで寝るとか日常茶飯事だし、今さら驚く事でもねーし」

「だったら何で目が泳いでるんですか! 挙動不審なんですか!」

 女性経験のないルークにとって、流石にこの状況は予想の遥か上を行っていた。しかしながら、大人を演じなければというアホは本能が働き、直ぐ様だらしない顔を正すと

「俺の好みは巨乳のお姉さんだ。つまり、お前よりも受け付けのお姉さんが好み。つまり、お前程度に欲情する筈がない」

「それはそれでムカつきますが、鼻の下伸ばして言われても説得力ありませんよ」

「う、うっせぇ! 諦めろ、一緒に寝るしかねぇんだよ」

「……な、何もしませんか?」

「しない、当たり前だ。俺お兄さんだし、君みたいな未成年に手を出すような人間じゃない!」

 誤魔化すのは無理と判断し、声を荒げてテンションで乗り切ろうとするルーク。
 現在、どちらが焦っているかといわれれば、自らにお兄さんと言い聞かせているルークだろう。

「全然信用出来ませんが……仕方ないです」

「おう、仕方ないんだよ。お兄さんも辛いんだからね」

 ルークの様子を見て、ティアニーズは冷静さを取り戻す。大きなため息をついた後、諦めたように肩を落とした。
 ちなみに、ルークは鼻息を荒ぶらせて興奮状態なのであった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 二人で食事を済ませ、風呂を終わらせたルークは一足先に部屋へと戻っていた。久しぶりの湯という事もあり、どことなく凛々しい感じが見受けられる。
 念入りにベッドのシーツを正し、端の方に座りながらルークは剣を手に取った。

「……何となく使い方は分かってきたな」

 考える事は剣の、厳密に言えば鞘の使用方法だ。
 理屈や原理は分からないが、この鞘はルークを守るために力を発揮しているらしい。ただ、発動したりしなかったりとあるので、完璧な使い方は把握出来ていない。
 そして気になるのは、

「この宝石が多分力の源。数は残り十三個、って事は十三回しか使えないって事で良いんだよな……?」

 力を使用する度に砕ける青色の宝石。ティアニーズの話では魔道具のような物と言っていたが、本当のところは分からない。
 とはいえ、これから先の長旅を考えれば、簡単に使う事は避けた方が良いだろう。

 しばらく考えていると、ガチャリと扉が開いて髪を濡らしたティアニーズが現れた。
 ルークはその姿に一瞬見とれ、

「お、お前……」

「な、何ですか……そんなにジロジロ見ないで下さい」

「本当に胸デカイのな」

「変態」

 身をよじりながら頬を染めるティアニーズに、ルークはド直球の言葉を投げつけた。常に胸当てをしていたので分からなかったが、前に言っていたようにそれなりに巨乳である。
 更に、濡れた髪が色気を醸し出している。

「ちげーよ、これは素直な感想を口に出しただけであって……そう、褒めてるんだ」

「女性ならともかく、男性に言われても嬉しくありません。というか、そんなに見るな!」

「見てねーよ! 俺お兄さんだし、お兄さんは常に冷静で欲望をむき出しにしないの」

「お兄さん関係ないでしょ!」

「お兄さんだもの!」

 ルークのいやらしい視線から逃れるように、ティアニーズは布団の中へとダイブ。布団に潜り込んで体を隠すと、ルークとは反対の方向に体を向けた。

「……よし、そんじゃ寝るか」

「同じ布団に入らないで下さい。何されるか分かったもんじゃありませんから」
  
「アホ、風邪ひくわ。だったらどこで寝りゃ良いんだよ」

「床」

「硬いし冷たいからやだ」

 布団に突入するが拒否されるルーク。既にふかふかベッドの虜になっており、ここから出る事を本能が拒否していた。
 ティアニーズは背を向けながら。

「何かしたら殺しますからね」

「俺殺したらお前の昇級がオシャカになるぞ」

「別に良いです。貴方も剣も埋めて全ての証拠をこの世から消し去るので」

「こえーよ、騎士団の吐く台詞じゃないよねそれ」

 ムードも何もあったもんじゃなく、この二人はどんな状況にあっても通常営業なのであった。
 窓から差し込む月の光を見ながら、ティアニーズが小さく呟く。

「さっきの、魔法から守ってくれてありがとうございます」

「お前がたまたま後ろにいただけだ」 

「もう、何で素直に受け入れないんですか。……おやすみなさい」

「……おう」

 こうして、夜は過ぎていった。
 村を出発してからはや三日ほど。ルークとティアニーズは溜まった疲労に飲み込まれるように、ひたすらに眠るのだった。

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