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二章 量産型勇者の一歩
二章七話 『迷子の騎士』
しおりを挟む「まったく、本当に話を聞かない人なんだから……」
情報収集を終えて戻ると、ルークの姿はそこになかった。近くを探してみたが見当たらず、とりあえず手にいれた情報通りに鍛冶屋へと向かうティアニーズ。
恐らく、今回は迷子ではなく意識的に逃げたのだと推測し、
「死刑って言葉を強調したからこのまま逃げるって事はないよね……。そうなると、鍛冶屋に行って剣を直してもらうつもりなのかな」
道すがら、歩きながら一人でボソボソと呟く。あの男の事なので、何かしら自分に特があっての行動なのだろう。
善意で事件解決のために頑張るような人間ではないので、剣を直して罪から逃れる作戦とか立てているに違いない。
「あの性格さえ直せば勇者になれるのに。顔は……まぁ普通。身体能力も普通の人より上、あとは変態だけど」
ティアニーズの中で、ルークの評価はそこそこである。先ほどの推測もしかり、ドラゴンの時の機転しかり、時々その片鱗を見せ付けられ、彼の異様な凄さは身に感じていた。
しかし、それは全て自分のためだからこそ発揮できるのであって、断じて他人のためではない。
付き合いは短いけれど、ルークという男は分かりやすくクズ人間なのだ。
ただ、たまに確信をつくのでたちが悪い。
「事件解決は最優先だとして、何とか王都に着くまでにあの人の性根を叩き直さないと!」
力強く拳を握り締め、ルークと向き合う事を決める。
その男が、今何をしでかしているのか知らずに。
しばらく歩き、細い路地を抜けて行く。この町には鍛冶屋が一つしかなく、ここ最近誰にも剣を造らなくなったという話だ。
元々は名のある職人で、歳は七十を越えているが腕はまだまだ落ちていないらしい。
その名前は、
「ビート、どこかで聞いた事ある気がするんだけど……。どこだっけなぁ、お母さんに聞いたんだっけかな」
ティアニーズはその名前に聞き覚えがあった。どこで誰から聞いたのかは思い出せないけれど、少女であるティアニーズが知っているので、そこそこ有名な人間なのだろう。
恐らく、ルークはその人物を訪ねている。
時間的に考えれば、もう着いている頃合いだろう。
「……凄く嫌な予感がする。あの人、やられたら直ぐにやり返す感じの人だし、しかも容赦とか全然しなさそう」
不安にかられピクピクと頬を痙攣させる。
実際、その通りなのである。ティアニーズは昨日の晩の事を詳しく知らないが、ルークは子供ですら容赦なく殴ろうとしていた。
あの時は犯罪者だからとか口走っていたけれど、単にムカついたからなのだ。
「うん、早く行かないと。絶対に面倒事を起こしてるに決まってる」
本格的に嫌な予感が頭を過り、ティアニーズは慌てて走り出した。
いりくんだ路地を記憶を頼りに進んで行くと、三人組がティアニーズの行く手を阻むように路地に座り込んでいた。
不良だと思い、その横を無言で過ぎ去ろうとするが、
「なぁ、待てよネェチャン」
「良い剣持ってるじゃねぇの」
「女の子一人でこんな場所を歩くのは危険だぜ」
悪者感丸出しの笑顔で顔を満たし、三人組はティアニーズの行く手を阻むように立ち塞がった。
顔を見て確信する。剣狩りの事を何か知っていると。
そもそも、ティアニーズはそのためにわざと人通りの少ない道を選んだのだ。
「……ここまで簡単に狙われるとは思っていませんでした」
「アァ? 俺達と楽しい事しよーぜ、俺ってば実は凄いんだから」
「貴方達、もしかして剣狩りを行っている人達の仲間ですか?」
何かを揉むように指を動かす男に、ティアニーズは表情を変えずに問い掛けた。男は残りの二人の肩を叩き、自慢気に高笑いをすると、
「お、何だよ知ってんじゃん。俺達もまぁまぁ有名になったもんだなァ」
あまりの分かりやすさにため息を溢した。ここまであからさまな人間を捕まえられない憲兵に向けたものでもある。
思い通りに事が運び過ぎている事に驚きつつも、ティアニーズは紋章を見せ付け、
「私は騎士団の者です。少し話を聞きたいので抵抗せずに着いて来ていただけると助かります」
「……ハッ、お前みたいなガキが騎士団? 騎士団の人材不足も大変だなァ。で、抵抗したらどうなんの?」
皮肉めいた言葉を並べ、男は更に笑い声を大きく張り上げる。ルークに近いものを感じて苛立ちが増すが、堪えるように静かに剣を抜くと、
「多少の怪我を負ってもらう事になると思います」
「ほォ、そりゃ楽しみだ。こっちは三人、ネェチャン一人でどうにか出来ると本気で思ってんのかァ!?」
「弱い犬ほど良く吠える……貴方達のためにあるような言葉ですね」
「クソガキが……服剥いで売り飛ばしてやるよ!」
安い挑発に乗り、男は懐から取り出したハンマーをティアニーズに向かって振り下ろす。
しかし、そんな大振りが通用する筈もなく、剣を使ってハンマーを受け流すと、体勢が崩れた男の首裏に向かって柄を叩き付ける。
「戦いにおいて重要なのは数ではなく、一人一人の意思の強さです。貴方達では私に敵いませんよ、大人しく降伏する事をオススメします」
開始三秒でやられた男を見下ろし、仲間二人は怖じ気づいたように後退る。
しかし、直ぐに強気な態度に変わると、それぞれが武器を手にして襲いかかった。
「残念です、無駄なプライドのせいで刑期を伸ばすなんて」
右腕で狙いをすますように一人の男をロックオン。籠手が光を放ち、現れた氷の礫が顔面へと直撃。
仲間がやられるのに気をとられている隙を見て、剣の面を思い切り脳天へと振り下ろした。
あっという間に一掃。
いくら少女とはいえ、騎士団での訓練を積んだティアニーズにとって、ただの不良程度では相手にすらならなかった。
剣を鞘におさめ、気絶している三人の脈を確認する。
「……一人くらい残すべきでした」
後の祭りというやつだ。一人残せばアジトくらいは聞き出せたものの、あの勇者と姿が重なって思わず叩きのめしてしまった。
自分の浅はかな行動に後悔しつつも、
「とりあえず憲兵を呼んで、この人達を引き立ってもらわないと。ルークさんを探すのは後でいっか」
当初の目的は剣狩りをしている組織の殲滅だ。こうして手がかりが自分から現れてくれたとなれば、無理して鍛冶屋へ行く理由がなくなってしまったのだ。
勇者は一旦放置。情報を聞き出し、組織のアジトの場所を特定するのが先だ。
「オウオウ、派手にやられやがって」
路地の先、ティアニーズの視線の先に一人の男が現れた。それに続くようにぞろぞろと大人数の男達が姿を見せ、伸びている男を見て笑い声を響かせる。
ティアニーズは背後へと目をやるが、来た道の方からも数人の男が現れる。
退路を塞がれ、瞬く間に挟み撃ちにされてしまった。
最初からこれが狙いだったのかは分からないが、これだけの人数を相手にするのはティアニーズといえど無理があるのは明白だ。
「……貴方達も剣狩りの一味ですか」
「そんなちんけな呼び方は止めてくれよ。俺達はもっとデカイ目的があんだからな」
「その話は貴方達を捕らえてから聞く事にします。どうせ抵抗するつもりなんでしょう?」
「抵抗とは違う。一方的になぶるだけだ」
これだけの人数を前にしながら、ティアニーズは一歩も引く事をしない。剣を抜き、籠手を構え、戦闘の準備へと移行する。
その時だった。その声が、その男が現れたのは。
「待て、騎士団って言えば前の戦争で魔獣を殺してくれた奴らじゃねぇか」
人混みをかき分け、いやその男が歩くための道が勝手に出来上がる。傷の入った頬を歪ませ、赤く光る二つの瞳がティアニーズを見据える。
色の抜けきった白髪は不気味に靡き、整った服装とは対照的に気品などは一切感じられない。
「お前、騎士団って言ったか?」
「は、はい……」
その男を前にしただけで、ティアニーズは全身の血の気が引いていくのを感じていた。今までの三下とは別次元の威圧を放ち、ドラゴンと対面した時ですら感じなかった明確な恐怖を一瞬にして抱かせる。
頬を流れる汗を拭う事も許されず、目を離せばそれで全てが終わるという恐怖を。
「そうビビんなって、別に取って食おうなんて考えちゃいねぇからよ。ただ、そうだな……騎士団の女は高く売れそうだ」
「ビビってなんかいません。……貴方、いったい何者ですか、何故剣を集めているんですか」
「知りたいか? 教えねぇけど。その内分かるぜ、嫌でもな」
「今話してもらいます。嫌だと言うのなら……」
男の一つ一つの仕草に意識を奪われ、恐怖に屈してしまいそうになる。けれど、恐怖から目を逸らすように汗ばむ手で剣を強く握り締め、精一杯の強がりを口にする。
「貴方をここで切り伏せます……!」
「クッ、ハハハハハ……良いねぇ、威勢の良いガキは好みだ。その方が値も高くつく」
笑う度に赤い瞳が揺れる。男は腹を抱えて心底楽しそうに微笑み、僅かに視線を落とした。
そして、
「だが、力のねぇガキは虫酸が走る」
「ーー!」
何かの前触れがあった訳でもない。強いて言えば彼女の本能が叫びを上げた。
逃げろ、と。
「奴隷の世界へ送ってやるよ」
その言葉の直後、ティアニーズの意識は途切れた。
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