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二章 量産型勇者の一歩
二章六話 『剣の直し方』
しおりを挟む「勇者の剣……なんでテメェが持ってやがるんだ」
その言葉を聞いて、ルークは一瞬だけ身構えた。しかし、勇者の持っていた剣ともなれば有名なのだろうと警戒心を解き、老人の訝しむ瞳に立ち向かうように口を開いた。
「だから言ってんだろ、押し付けられたんだ。今はもう居ねぇけど、怪しい村の奴らに」
「あり得ねぇ、それは普通の人間が使えるような代物じゃねぇんだぞ。それをテメェみたいな若造が……」
「さっきから好き放題言いやがって、俺だって好き好んで持ってる訳じゃねぇの。つか、おっさんこの剣見た事あんの?」
「たりめーだろ、俺は始まりの勇者に会った事がある」
驚いたように目を開くルーク。
老人は手に持っていた鉄の棒を机の上へと乱暴に投げ捨てると、葉巻を加えて火をつけた。それから思い出すように天井を見上げ、
「もう五十年以上も前の事だ。テメェと同じように折れた剣を直してくれって来たんだ」
「なら直してくれても良いじゃんか」
「直したくても直せねぇんだよ。それは人間じゃ扱えねぇんだ、直したかったらお前が呼んでどうにかしろ」
「呼ぶって、誰を?」
首を傾げるルークに、老人は灰をわざと投げつける。剣を見つめ、何度か頷くと、
「その様子じゃ、剣の使い方すら分かってねぇみたいだな。剣の姿がその証拠だ」
「姿? 剣の良し悪しは分からねぇけど、意外と綺麗じゃん」
「そういう事を言ってるんじゃねぇよ」
確信をつかない言いように、ルークは段々と苛立ちが込み上げる。姿だの使い方だの言われても、ルークはこれが勇者の剣であるという事以外何も知らないのだ。
ルークの言う通り、ほぼ強制的に押し付けられただけであって、望んで引き受けた訳ではないのだから。
室内の熱気に負けじとルークの体温が上がり、老人へと詰め寄る。
自分の命が関わっている以上、何が何でも修理してもらわなければ困るのだ。
「直せ、直せねぇんなら直し方を教えろ」
「聞き分けのねぇガキだな、呼べば良いだろうが。始まりの勇者はそうやって直してたぞ。ほれ、やってみろ」
「このじじいが……分かったよ。お、おーい、剣さーん、直ってくださーい」
とりあえず下手に出てお願いしてみる。が、剣が返事をする筈もなく、何だか恥ずかしい気持ちだけが体の中で暴れまわる。
その恥ずかしさを誤魔化すように、
「テメェ、全然直らねぇじゃんかよ! さては嘘を教えたな!? ただ恥ずかしいだけだっての!」
「テメェの呼び方に問題があるんだろ。もっかいやってみろ」
「断る、剣に話しかけるとか友達いないみたいじゃん。確かにいねぇけどそんなに寂しくないもん。おっさんがどうにかしろ」
「さっきからおっさんおっさんってうるせぇな、俺はビートだ。歳上には敬語を使いやがれ」
「じゃあビートさん直して下さい」
「嫌だね」
「殴るぞクソじじい!」
ルークの懇願もむなしく、ビートは縦に頷く事をしない。仮に本当の事を言っているんだとしても、直せないんじゃ話にならない。
無駄足に嘆きながら、ルークは背中を丸めてため息をついた。
「おいガキ、その剣を何に使うつもりだ?」
「ガキじゃねぇ、ルークだ。俺も知らねぇよ、王都に剣を届けに行く最中。その後の事は興味ない」
「そりゃとんだ無駄足だな。どういう理由かは分からねぇが、剣がお前を選んだ時点で他の人間には使えねぇよ。王都に行ったら拘束されて国のために死ぬまで働かされるのがオチだ」
「やっぱそうだよなァ……逃げてぇのは山々だけど、それで死刑とか洒落になんねぇかんなァ」
嫌な予感はしていたが、どうやらビートの言う通りらしい。
ティアニーズが気付いているかはさておき、世界を救った剣を使用出来る人間を国が放って置く事はまずないだろう。
ルークの意思とは関係なく、強制労働を強いられるに決まっている。
「ガキ……ルークっつったか? 前の勇者とは正反対な野郎だな。前の奴は狂ったように人助けしてたぞ」
「んだそれ、気持ちわりぃ。人助けとか吐き気が込み上げるわ」
「……そうだな、人間ってのは自分で自分を助けるのに精一杯なんだ。そんでも他人を気にかけれる奴は、バカかキチガイのどっちかしかいねぇ。だが、世間ではそういう奴を英雄って呼ぶんだよ」
「だったら俺は勇者なんてごめんだ。これから先も自分の事だけを考えて生きてくつもりだからな」
「ふん、それが普通だ。俺も、な」
僅かに目を細め、寂しげな表情を見せたビート。ここで親身になって話を聞くのが勇者だが、ルークはそんな器を持ってはいない。
剣が直せないと分かれば、この場所に長居する理由もないので、
「わりぃな、いきなり押し掛けちまって。どうにかして逃げる方法を探す事にするよ」
「そうか、達者でな。お前が世界を救うのを楽しみにしてるぜ」
「止めろ気持ち悪い。誰かがやってくれると思うからそっちに期待してろ。ま、その頃にはおっさん死んでるかもな」
「何言ってやがんだ、俺はまだまだしぶとく生きるぜ」
皮肉に満ちた言葉を投げ掛けても、ビートは口元を緩めるだけだった。
ルークは扉を開けて出ようとする……が、ここで重要な事を思い出してしまった。ティアニーズという、お人好しの少女を取り残している事に。
このまま戻ったとしても説教が待ち受けているだけ。どうにか回避する方法は一つで、情報という成果を上げて帰る事だけなのだ。
扉から手を離し、ビートへと向き直ると、
「なぁ、おっさん。ここら辺で剣を持った奴が襲われる事件が起きてるみたいなんだけどよ、何か知らねぇ?」
「……知ってるぞ。俺もソイツらの仲間だからな」
「……マジで?」
「マジだ。俺はソイツらに剣を売って金を稼いでる。だからうちは襲われずに済んでんだ。他の奴に剣を造らず、ソイツらにだけ造るって条件でな」
「良い歳こいて犯罪の手助けかよ。ゼッテー地獄に落ちるな」
「俺にも色々と事情があんだよ。話が済んだんならさっさと行け」
ここで捕まえないのがルークという男である。実害が及んでいるならまだしも、自分の知らない所で誰が不幸になろうと興味すらないのだ。
逮捕はティアニーズに任せ、自分は外から見ているという姑息な男なのだ。
そそくさとその場から逃げ出そうと改めて扉に手をかける。が、突然扉が開かれてルークの鼻っ柱に直撃。ふらふらとよろけて机にもたれかかる。
開かれた扉から二人の男が姿を現し、
「よう、じーさん。製造の調子はどうだい?」
「……今日の分はしめぇだ。さっき渡したばっかだろ」
「それがよォ、あの人が少ねぇってキレてんだ。だからもうちっと頑張ってもらえねぇかな?」
言って、若い男はビートの持っている葉巻を取り上げて床に投げ付けた。靴裏で何度も押し潰し、持っていた短刀をビートの喉元に突き付ける。
「ちなみにお願いじゃねぇぞ? 命令だ。お前の大事なお孫さんがどうなっても良いなら、断るって選択肢もあるぜ?」
「クソガキが。最初から断らせる気なんてねぇだろ」
「おっと、そんな口きいて良いのかなァ? 孫がどうなってもーー」
「オウコラにーちゃんよ」
若い男の口が止まった。ルークの存在に気付いていなかったらしく、鼻血を垂らして涙目になっているルークを見て、二人の男は顔を合わせた。
二人の視線はルークが手にしている剣に向けられ、
「誰だか知らねぇが、良い剣持ってんじゃん。特にその宝石、あの人が喜びそうだぜ」
「大体の事情は分かった。アホみたいに口滑らせやがって、典型的なやられ役じゃねぇか」
「アァ? 口の聞き方に気をつけろ! その剣を渡してさっさと消えれば許してやるぜ?」
鼻血を垂らして涙目になっているので、いまいち格好がつかないルーク。されど、こめかみには青筋が浮かんで今までのイライラが我慢の限界を向かえようとしていた。
しかし、ルークは満面の笑みを浮かべた。持っていた剣を差し出し、
「そんなに欲しけりゃくれてやるよ」
「話の分かる奴で助かるぜ」
「んじゃ、受け取れ」
ルークは剣を投げる。宙を舞って若い男の手にたどり着くが、手にした瞬間に体が沈んだ。
剣の重さに引っ張られるように倒れ込み、掌に乗る剣を退けようとするが、
「一発は一発だ」
ひれ伏すように倒れている若い男の鼻っ柱に、ルークは何の躊躇いもなく爪先を叩き付けた。大きく体を仰け反らせ、男は鼻血を吹き出しながら白目を向いて意識を失った。
落ちている剣を拾い上げると、
「欲しいって言うから上げたのに。ちゃんとキャッチしなくちゃダメだよ」
「テ、テメェ、いきなり何しやがんだ!」
「お前らがいきなり扉開けるからわりぃんだろ。開ける時は人が居るか確認してからにしろや」
「ぶ、ぶっ殺してやる!」
もう一人の男が短刀を手にした瞬間、ルークは剣を男の手に向かって振り下ろす。落下した短刀を蹴り、男の頬に向かって左ストレート。
大きくよろめいた男の脇腹に回し蹴りを叩き込むと、男は扉をぶち破って吹っ飛んで行った。
「ッたく、マジで鼻いてぇよ……」
「テ、テメェ何してんだ! 誰をぶっ飛ばしたのか分かってんのか!?」
「知らねーよ。つか、知ってても関係ねぇ」
「余計な事しやがって……ソイツらが剣を持った奴らを襲ってる人間だ。まぁ、下っぱだけどな」
倒れている男の頬を叩き、意識を確認するビート。しかし、ルークの蹴りは思ったよりも綺麗に決まったらしく、泡を吹いてピクリとも動かない。
ルークはそれを見て、何か閃いたように手を叩く。
「なるほど、だからおっさんは俺に剣の直し方を教えなかった訳だ」
「は? 俺は本当に知らねぇぞ」
「まぁまぁ隠すな。ソイツらに孫を人質にとられてんだろ? だから剣を直す事が出来なかった」
「いや、だからちげぇよ。人の話を聞け」
こうなってしまっては、ルークは誰の話にも耳を傾けない。ビートが孫のために剣の直し方を秘密にしていると決めつけ、そこから導き出される解決策を口にした。
「ソイツらの組織を潰せば全部解決だ」
そう言って、ルークはニヤリと口角を上げた。
この男は、何時だってどんな時だって自分のためにしか頑張らない。しかし、一度やると決めれば、常軌を逸したしつこさと力を発揮する。
ビートはその姿を見て、呆れたように口を大きく開ける事しか出来ないのだった。
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