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二章 量産型勇者の一歩
二章十五話 『似合わない男』
しおりを挟む「おい、大丈夫か嬢ちゃん」
「は、はい……なんとか……」
戦うルークを他所にビートは倒れていた桃色の髪の少女の元へと近付き、出来るだけ負荷をかけないように体を起こす。
呼吸を荒くしながら少女は口を開いた。
「あの……貴方は?」
「ただの鍛冶屋だ。それより嬢ちゃん、俺の家族を助けてくれてありがとうな」
「い、いえ、騎士団として当然の事ですから……ビートさん、ですよね?」
「あぁ、魔法は苦手だから応急措置しか出来ねぇが我慢してくれ」
「ありがとうございます。私はティアニーズと言います」
頭を下げ、ティアニーズの腕に触れて治療を開始。本人の言う通り、触れた箇所から放たれる光はどこかボヤけていた。
骨を治すまではいかないが、痛みがある程度和らぐところまで治療すると、呆けていた少年に声をかける。
「おい坊主! テメェも見てねぇでそこのバンダナの治療しろ! 魔法使えんだろ」
「え……あ、あ、お頭!」
言われて気付いたのか、少年は慌てて血だらけになって倒れている男の側まで駆け寄る。あたふたと世話しなく取り乱していたが、落ち着かせるように深呼吸をしてから男の体に触れて治療を始めたようだ。
見た目や雰囲気は頼りないが、あの少年なら大丈夫だと判断し、ビートは激しい戦いを繰り広げているルークへと目を向けた。
実力が拮抗している、とは言い難いがその身体能力に驚きを隠せずにいた。
「おい、アンタあの男と知り合いなのか?」
「はい、一応。私も出会って間もないですが……正直、驚いています」
「戦い方はお粗末過ぎて見ちゃいらんねぇが、多分本能ってやつに身を任せるタイプだな。技術や経験を補うだけの天性の才能を持ってやがる」
諦める気配がないどころか、魔元帥相手にやられてもやり返すという戦法をとっている。泥臭く、そして喧嘩に近いものだが、どれだけ打ちのめされても反撃の一手を緩める事をしない。
そして何よりも目を引かれたのは、
「あの鞘……どういう訳か力がついてんな。ありゃ魔法じゃねぇ、ルークを守るために誰かが命をかけて宿したもんだ。前の勇者はあんな物持ってなかったぞ」
「そうなんですか? 私も良くは知りませんが、剣を手に入れた村の人達に渡された物です」
「村か……性格も境遇も全く違う。なのにアイツはあの剣に選ばれた……ッたく、前から思ってたが変わった奴だぜ」
「どういう意味ですか?」
首を傾げるティアニーズに、ビートは『何でもねぇ』と告げて戦いを見守る。
記憶が正しければ、始まりの勇者はあんな鞘を持ってはいなかった。剣の形こそ同じだが、ビートの知っている本来の姿ではない。
しかし、あの青年は、剣を使わずに鞘だけで渡りあっている。
青年の身体能力もさることながら、魔元帥との戦闘を可能にしているのはあの鞘のおかげだ。
選ばれた、その言葉が相応しいだろう。
「だが、そんなんで勝てるほど奴らは甘くはねぇ。成り立て、しかも力を引き出せちゃいねぇ、そんな状態でどこまで戦えるか……」
「ルークさん……勇者でも勝てないんでしょうか……」
「前の戦いじゃ魔王に付きっきりだったからな。デストと戦ったのは一度きり、しかも直ぐにアイツは逃げやがった……」
不意に、ビートは視界の端で輝くそれを目にした。
折れていた筈の刀身が甦り、一人でに立ち上がったかと思えばルークの元へと一直線に進むのを。
まるで意地を持つかのような姿に、ビートは短く息を吐いた。そして微笑む。
「やっとか、毎度の事だが気まぐれな奴らだ。勇者の力、テメェが本物か見させてもらうぞ、ルーク」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
難しい事は置いておこう。
剣は直り、今この手に握られている。
それだけで十分で、難しい事は終わった後に考えれば良い。何よりも優先すべき事は他にあるのだから。
「クソがクソがクソが……ソイツを俺に向けんじゃねぇぞ!!」
「ちょっと切られたくらいで騒ぐんじゃねぇよ」
腕を押さえ、怒声を響かせるデスト。怒りに満ちたその瞳は激しく揺れ、ルークの手の中の剣に憎しみに近いものを向けていた。
構え、そして振る。
「ぐっーー!」
放たれた斬撃はデストの横を逸れて進み、取り巻きの男達の体をすり抜けて壁に大きな切り傷を刻み込んだ。
震えるデストを他所に、ルークは再び剣を振るう。
「調子に……乗んなカスがッ!」
体を起こし、立ち上がり際に放たれたデストの拳は頬を掠める。痛みに動揺しているのか、先ほどまでの勢いとキレはなく、ルークのボロボロな体でも回避する事が出来た。
一歩下がって距離をとり、体を捻って血が流れる腕に容赦なく鞘を叩き込む。
痛みで顔が歪み、僅かに怯んだ隙に剣を振り上げ、デストの肩を切り裂く。鮮血が飛び散り血が吹き荒れるが、その中へと突っ込んでダメ押しの鞘の一撃を傷口へと捻り込む。
剣を握り直し、右腕が使い物にならなくなっているデストに、
「そんだけ硬いんじゃ血を見るのだって久しぶりなんじゃねぇのか? 痛みに動揺して動きが鈍ってやがる……硬さに甘えた結果がそれだ」
「黙れ……黙れ人間がァ! 俺を見下してんじゃねぇ、俺を誰だと思ってやがる、俺はーー」
「知らねぇよ」
短く呟き、言葉を遮るように剣を左胸に突き刺した。不意打ちも不意打ち、正々堂々なんて言葉の欠片も見当たらない行動にその場の全員が言葉を失う。
しかし、そんな空気に負ける男ではないので、一気に引き抜いて鞘で殴り、のけ反った体に一太刀を浴びせる。
悪あがきのように振り回された拳を身を屈めて避けると、体をコマのように回転させてデストを吹き飛ばした。
剣があるのとないのでは次元が違う。
その姿に、ビートは頬を緩めた。
「どうした、そんなもんか。まだまだこっちは余力残してんぞ」
「黙れ、勝ち誇ったような事言いやがって……まだ、まだ終わってねぇぞッ! 殺してやる、ぶっ殺してやる、手足千切って殺してやるゥゥ!」
「無理だろ、お前じゃ俺には勝てねぇよ。大人しく諦めてわび入れろ」
「土下座すんのはテメェの方だ! アイツもテメェも、俺をコケにしやがって……だから人間はムカつくんだよォ!」
血を撒き散らし、されどその威圧的な態度を崩そうとしないデスト。痛々しさに同情する者はいないけれど、その姿はあまりにも一方的だった。
しかし、これで終わるほど簡単ではない。
これで終わるのなら、前の戦争は人間が勝っていただろう。
変化が、訪れる。
「んッ、なんじゃそりゃ……」
歪な姿に、ルークは思わず後退る。
デストの皮膚が波を打ち、血だらけになった右腕が弾け飛ぶ。千切れた箇所に肉が集まったかと思えば、三メートルをゆうに越すほどの大きな腕が姿を表した。
否、腕だけではない。
内側から押されるように体が膨れ上がり、デストの全身が膨張。ぶよぶよとした脂肪が全身を包み込み、まとわりつくようにして形を造っていく。
変異が収まり、天井を破壊して人間を越えた姿へと変わる。
五メートルほどの大男。
全身が赤黒く変化し、腕や足に白髪が絡み付くようにまとわりつき、体の至るところから鋭い刺のような物が突き出している。
胸にある小さな黒い宝石、それだけが彼の存在を保っているようだった。
「ゴロス、ゴロスゴロスゴロスゴロスゴロスゴロスゴロスゴロスゴロスゴロスゴロス」
腕を振るった。
横殴りに振り回された腕は取り巻きの男を虫を潰すかのように叩き潰し、その残骸が玄関ホールに広がる。
壁も屋根も、そして床を踏み抜き、化け物は屋敷を破壊して咆哮を上げた。
「クソッタレが! テメェのソッチの姿を見んのは初めてだっつーの! おい坊主! テメェもボサッとしてねぇで走れ!」
ティアニーズを担ぎ上げ、ビートは全力で走り出した。頭上から降り注ぐ木片を器用にかわしながら少年の元へと駆け寄ると、倒れていたバンダナの男の足を持って入り口を目指す。
パニックが伝染し、なすすべなく次々に潰されて行く男達には構いもせずに。
頭を打ち付けながら引きずっていたアンドラをぶん投げでひとまず離脱させると、次はアキンを後ろから突き飛ばして外へと放り出す。
意識していた訳ではないが、来た時に扉を破壊していたのが項をそうしている。
四人は外へと逃げ出し、崩壊する屋敷を振り返った。
その中で、ティアニーズは目にした。
逃げもせずに立ち、化け物とかしたデストを見上げるルークを。
「デカ……つか気持ちわりぃな」
変異した姿を見て、ルークは呑気に呟いた。
青年のような原形は残っておらず、正真正銘の化け物と言っても過言ではない。しかし、怯える事もなければ怯む事もしない。
「ユウザャユウザャユウザャユウザャユウザャユウザャゴロスゴロスゴロスゴロス」
「何言ってっか分かんねぇよ」
恐らく、勇者殺すと言っているのだろう。
デストが拳を振り上げ、空気を切り裂いて振り下ろす。
轟音と共に床が砕け、一帯の地面が激しく揺さぶられた。近くに立っていた街灯は倒れ、屋敷を中心にして地面に亀裂が入る。
ルークは横へ飛んだ。ただし、普通に飛んだのでは避けきれないと判断し、魔道具に込められた三発の火の魔法で爆発を起こし、その勢いを使って。
避けたというよりはぶっ飛んだと言った方が正確だろう。瓦礫に突っ込んで痛みが全身を駆け抜ける。
「いってぇ……初めてにしちゃ上出来だろ……」
乱暴に吐き捨て、鞘で体を支えて立ち上がる。
そして、剣を天高く振り上げた。
どういう訳か、その使い方が分かってしまったから。
「ゴロスゥゥゥゥゥゥゥう!」
「うっせぇ奴だな。土下座させてやるつもりだったけど、その巨体じゃ見下されてる感じがして嫌だ」
光が集まる。鞘の宝石が二つほど砕け、剣の刀身へと吸い込まれるように宿る。
その神々しさに誰もが目を奪われた。
人間が造れるどの光よりも美しく、そして暖かさの宿った光。
その一撃は全てを切り裂き、魔を滅する希望の光。
始まりの勇者がもたらした希望の。
しかし、それを持って使っているのは勇者とはかけ離れた男である。
その青年は面倒くさそうな表情で呟いた。
そして剣を振り下ろした。
「残念だったな、勇者でもない男に殺されて」
放たれる光の斬撃は、異形の体を引き裂いた。
頭の先から股の下まで一直線に。
音すらなく、剣技を極めた者ですら置き去りにする一太刀。
胸の宝石が鈍い音を立てて砕け、それに釣られるようにして化け物の体は光の粒となって消滅した。
あまりの静けさに、戦いの終わりを理解した者はルーク以外に居なかった。
当の本人ですら、腰を叩いて命がけの戦いの後とは思えない姿である。
しかし、その場に居たルーク以外の人間は同じ事を考えていた。
性格や言葉や戦い方はともかく、意図も簡単に魔元帥を切り伏せたその姿に。
こう、思ったのだ。
ーー勇者、だと。
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