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三章 量産型勇者の歩く道
三章二話 『男の宿命』
しおりを挟む数分後、目を覚ましたルークは大衆の視線から逃れるようにしてその場を後にした。
ティアニーズは依然として頬を染めており、話すどころか顔を合わせる事すらしようとしない。
悪い事をしたという気持ちは少しだけあるけれど、ルークは自分だけが悪いとは思っていないので、
「いつまで拗ねてんだよ。お前がいきなり手握るからわりぃんだろ、自業自得だ」
「どうしてそんな普通に話しかけられるんですか……変態で空気も読めない人に触られた……」
「不可抗力だ。大体、お前が暴れなきゃあんな事にはならなかったんだよ」
「だからってなんで……む、胸に手を置くんですか! 本能ですね、男の人はやっぱりけだものなんですね」
顔を逸らし、ブツブツと独り言を呟くティアニーズ。
一方ルークは自分の掌を見つめ、先ほどの感触を思い出そうと全ての神経を研ぎ澄ませている。魔元帥と戦った時とは比べ物にならないほどに。
少し前を歩いていたティアニーズだったが、背後の違和感を察知したらしく、
「何してるんですか!」
「握力チェックだ。剣振るのに大事じゃん?」
「そんな言い訳通用しませんよ!
バカ、変態、エッチ、バーカ!」
声高らかに次々と罵詈雑言を吐き散らすティアニーズ。周りに聞こえているのだが、今はそんな事気にする余裕はないようだ。
その後も変な空気を漂わせながら目的地へと歩みを進め、三十分ほど歩いたところで到着した。
騎士団の宿舎と言ってもそこまで派手で豪華なものではなく、酒場のような建物が並列にいくつか並んでいた。
真ん中に建つ建物にでかでかと騎士団と記されており、それ以外は特記すべきところのない建築物だ。
「何か普通。もっと金の無駄遣いしてんのかと思ってた」
「他の都市の復興で精一杯なんです。昔はもっとちゃんとしていたという話ですが、戦争で全部壊れてしまったらしいですよ」
「ふーん、大変なのね」
「そんな事思ってないくせに」
適当な言葉を添えるルークに、ティアニーズは頬を膨らませて口を挟む。
早速中に入ろうとドアノブに手をかけたところで、ルークはティアニーズを止めた。
「ちょいまち、これって俺が勇者だって報告するためなんだよな?」
「そうですけど? あわよくば王都までの護衛も頼むつもりです。私一人では心もとないので」
「ふむ……やっぱ止めね? 俺勇者じゃないし、報告しちまったらもう逃げらんねーじゃん」
「今さら何言ってるんですか、ここまで来て逃がす訳ないでしょう」
そう言って、ティアニーズはルークの腕を掴もうと手を伸ばす。が、先ほどの事を思い出したらしく、慌ててその手を引っ込めた。
掴まえる手段がなくなったので、ティアニーズはとりあえず逃げるなという気持ちを眼力で伝えようとしている。
「何度も言うが、俺は勇者じゃない。そして何度も言うが、俺は今すぐにでも村に帰って平和に暮らしたい」
「はい、何度も聞きました。そして何度も断りました」
「ここでこの中に入っちまったらもう逃げる手段がなくなるって事だろ? それはすげー困る。王様と一対一で話すならまだしも、大勢居るとやりにくい」
「そうですね、いくらルークさんが何を言っても数で押されたらその発言は意味を持たなくなる……もしかしてビビってます?」
その言葉に、ルークの眉がピクリと反応した。とんでもなく安い挑発で、こんなものに引っかかるのは子供かバカくらいだろう。
しかしながら、この男はそのどちらもが当てはまるので、
「は、ハァ!? ビビってねーし、騎士団とか余裕だし」
「じゃあ大丈夫ですね、ルークさんがビビってると思ってしまいました。まさか……大人の男が逃げるなんて言いませんよね?」
「たりめーだろ! 俺ってば大人だし、大人の魅力はんぱねーし、ちゃちゃっと行ってちゃちゃっと終わらせるくらいわけねーし」
「ですよね! でしたら行きましょう!」
「おう!」
ここ数日でティアニーズはルークの扱いに大分なれてきたようだ。胸をはり、ルークは安い挑発に見事乗っかる。
小さく笑うティアニーズにも気付かずにドアノブへと手を伸ばすーー、
「ーー!?」
瞬間、激しい爆発音と共にドアノブごとルークの体はぶっ飛んだ。数メートルほど空中を舞い、その後は自由落下に身を任せて落下。
跡形もなく砕け散った扉のドアノブだけを握り締め、口から煙を吐き出しながら宿舎へと目を向ける。
女性だった。肩までの黒髪が内側にはねており、真っ黒なドレスを見にまとった女性。これでもかというくらいに胸元を露出させ、擬音が聞こえてくるくらいに胸が揺れている。
女性は逃げるように宿舎から飛び出し、
「今日は前から休みって言ってたでしょ! 私は絶対に働かないわよ! 労働基準法に従いなさい!」
「黙れサボり魔! テメェは有給休暇使いきってんだろ、今はテメェのわがままに付き合ってる暇ねぇんだよ!」
次に飛び出して来たのは男性。逆立った単髪に整えた形跡のない顎髭、恐らく騎士団の人間だと思われるが、その身なりは短パンにTシャツといっただらしないものである。
「アルフードさん?」
「ん? おう、ティアニーズじゃねぇか、随分と久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです」
どうやらティアニーズの知り合いらしく、アルフードと呼ばれた男性は足を止めて喜ぶように目を見開いた。
だらしなくはえた顎髭を触りながら、
「何か背伸びた気がすんな、どことなく雰囲気も変わった感じだし」
「そんな事ありませんよ、でも、そう言っていただけて嬉しいです。気づかない内に成長してたのかもしれません」
「謙遜すんな、お前は間違いなくイイ女になると思うぜ。それより何でここに居んだ?」
「そうでした! 今日は大事な報告があって…………あ」
照れくさそうにしているティアニーズだったが、そこでようやく気付いたように目を向ける。一人だけおいてけぼりにされた男へと。
アルフードもそちらへ目を向けると、ルークはゆっくりと立ち上がった。
手にしていたドアノブを投げ捨て、
「上等だオラァ! 騎士団だかなんだか知らねぇがぶちのめしてやるよ!」
叫びを上げ、逃げて行ってしまった女性の方へ体を向けて全力疾走を開始。
背中に投げ掛けられるティアニーズの声も無視して、ルークは勝手にその場を後にしてしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドレスの裾をたくしあげながら女性は走っていた。多分、本人も何故逃げているのか分からないのだろう。しかし、その足を止める事は出来ない。
何故なら、背後から剣を振り上げながら鬼の形相で迫る男が居るから。
「待ちやがれクソ野郎! いきなり爆発させといて逃げるとはどういう了見だ!」
「ちょっと、アンタ誰よ! 私がイイ女なのは分かるけど、今日はダメなの! デートの誘いなら今度にして!」
「知るかボケェ! おとなしく捕まって殴られろ!」
町中を全力疾走しながら女性に向かって暴言を吐くルーク。モラルもへったくれもあったもんじゃなく、今のルークには目の前の女性に復讐する事でいっぱいなのである。
これで勇者と呼ばれているのだから驚きだ。
「しつこい男は嫌われるわよ! 誰だか知らないけど本当に今日はダメなの! あ、そうね、私の魅力が凄いからいけないんだわ!」
「うっせぇ! お前になんか誰も興味ねーよ! ただ売られた喧嘩を買ってるだけだ!」
「喧嘩なんて売ってないわよ! あぁもう、せっかくのドレスが汚れちゃうじゃない! ちょっと痛いけどアンタが悪いんだからね!」
「アァ!? 何言ってやがーー」
言葉を遮るように、女性の手から放たれた炎が小さな鳥の形を持ってルークへと一直線に進んで来る。
しかし、ルークは速度を緩めるどころか更にスピードアップし、剣で炎を弾き飛ばした。
「ハハハハ、残念だったな! そんなちんけな魔法通用せんわ!」
「い、言ったわね! 私ってば実は凄い魔法使いなのよ、アンタなんか数秒でけちょんけちょんに出来るのよ!」
「だったら止まって向かって来いや!
逃げてんじゃねぇ!」
「今日は無理、だって休みだもん!」
「知らん!」
女性の叫びを一刀両断し、ルークはなおも追い続ける。大通りを外れ、二人は人気のない路地へと入る。
ルークの執念もさる事ながら、ドレスという動きにくい格好で走り続ける女性の諦めの悪さも相当なものだ。
振り返り様に放たれる魔法を剣でいなし、ルークは足を前に出す。五分五分かと思われた鬼ごっこだったが、一回の判断ミスで終わりを告げた。
角を曲がり、目の前に現れた巨大な壁を見て女性は肩を落とした。
「残念だったな、俺から逃げるなんざ百年はえぇんだよ」
「本ッ当にしつこい男ね……デートなら今度してあげるから!」
「だからデートはいらん! すげー美人なのは認めるけど今は後だ!」
「え? 美人!? なによもぉ、ナンパなら後にしてって言ってるのに。そうね、私にもやっとモテ期が来たのね……」
もじもじと身をよじり、なんだか変な反応を示す女性。美人という言葉に過剰に反応し、妙にしおらしくなっている。
そんな姿を凝視し、ルークの中にあるとある衝動が激しく揺さぶられた。
良く良く見ればかなりの美人で、恐らく歳もルークより少し上くらいだろう。着ているドレスの効果で魅力が数倍増しており、そしてなによりも胸がおっきい。
ルークは顎に手を当て、吟味するように女性を見つめ、
「なるほど、許してやっても良いが……その変わり一つ条件がある」
「なによ、まさか……ダメよそんなの、まだ出会って数分しか立ってないし……あ、でも恋はいつも突然って言葉もあるし……でもそんなの……」
「物分かりが良くて助かるぜ。さぁ選びな」
グヘヘヘとエロ親父全開の笑みを浮かべて女性に迫るルーク。変態とかの域を飛び出して犯罪者へと進化を遂げそうである。
そして女性の方は意外と満更でもなさそう。美人と言われたのが相当嬉しかったのだろう。
「しょ、しょうがないわね……でも、その、そういうのは結婚を前提にするものであって……」
「バカ野郎、そういうのは経験を積んで行くものなんだ」
何を言っているのか良く分からないが、言葉巧みに迫る童貞ルーク。
あと少しで手が届くという距離まで近付いた時、
「イヤァァァァァァァ!!」
路地に女性の叫び声が響き渡った。
一瞬、目の前の女性のものかと思い身震いしたルークだが、女性は相変わらず照れたようにうつ向いている。
そして気づく、声の発生源は前でも後ろでもなく、上だという事に。
「はーー?」
見上げた瞬間、ルークの横に何かが落ちて来た。地面に叩きつけられ、赤い液体が弾け飛ぶ。
服に液体が付着して、ルークはそれが何なのか理解した。
血。
真っ赤な血である。
そしてその違和感を、正体を言葉として吐き出す。
「……し、たい」
落ちて来たのがなんなのかを知った。
全身から血を流し、既に命を失った女性だった。
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