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四章 王の影
四章十三話 『三人目』
しおりを挟む「ルーク、お前その嬢ちゃんと知り合いなのか?」
「知り合いってか、さっき会ったばっかだけどな」
「なるほど、やっぱそういう運命って事か。神様もいきな事してくれるぜ」
一人納得したように頷き、ウルスは腕を組んで更に一歩を踏み出す。
その足音を聞いて、エリミアスの震えが繋がれた手を伝ってルークにたどり着く。青ざめた表情で、エリミアスはルークの顔を見上げた。
「ルークさんは、あの方とお知り合いなのですか?」
「知り合いってか、たまたま目的地が一緒だったから相乗りさせてやっただけだ」
「そう、なのですか……」
「連れねぇ事言うなよ、俺はお前もティアニーズも、他の奴らも友達だと思ってるぜ?」
「お前のそのフレンドリーな感じが苦手なんだよ。あと、それ以上近付くと斬るかんな」
「おぉ、そりゃ怖いねぇ」
冗談のように聞こえたが、ルークの目は本気でウルスを斬らんとしていた。
ウルスもそれに気付き、踏み出した足を一旦止め、お茶らけるように両手を広げて戦意がない事を表す。
詳しい事情は分からないが、少女の震えを見る限りただ事ではないだろう。
「んで、お前ナンパか? 女好きそうだしな」
「バカ言え、俺は愛した女が一人居ればそれで十分なんだよ。誰でも良いって訳じゃねぇの」
「ならなんでコイツがビビってんだ。お前がなんかしたんじゃねぇのか」
「なんもしてねぇよ。ちょっと声かけただけなのに、その嬢ちゃんは血相変えて逃げ出したんだ」
「なんか、ねぇ」
呟き、エリミアスへと視線を落とす。
手を強く握り締め、ウルスから身を隠すようにしてルークの後ろへと下がる。そして、小さな声で呟いた。
「なにもされてはいません。あの方の言っている事は事実です」
「ほらな、言っただろ? 女に手を出すなんざ男として終わってる。俺はそんな事しねぇよ」
「……お前の探してた奴ってのはコイツの事なのか?」
「いんや、俺の探してる奴は男だ。その嬢ちゃんとは会ったのはさっきが初めて」
ウルスの態度は飄々としており、彼がなにを考えているのか全く読めない。しかしながら、ルークは警戒心を最大限に引き上げた。
これまでの経験が、勇者としての本能がそうしろと叫んでいるから。
ソラもルークの異変に気付き、並ぶようにしてその横へと立つ。
いつでも戦える、そう言いたいのだろう。
「ならなんでコイツを追いかけてた」
「そりゃ、俺の目的に近い人間だからな」
「近い? どういう事だ」
「嬢ちゃんは俺の探してる奴じゃない。が、俺の探してる奴を知ってる奴を知ってんだ」
「まどろっこしい言い方は止めろ。貴様の探している奴とは誰だ、それだけ答えろ」
要領を得ない言い方に、ソラが堪えきれずに口を挟む。
ウルスは少し考え、眉間に指を添えてうなり声を上げる。それから観念したように顔を上げ、ニヤリと口角を動かした。
「んま、隠してもしゃーねぇか。俺の探してる人間……いや、人間じゃねぇな。俺が探してんのは魔王だ」
「……この状況で下らねぇ冗談か? 舐めてんならぶん殴るぞ」
「冗談な訳ねーだろ。魔王ってか、厳密に言うと封印されてる場所だな」
「なんでテメェがそれを探してんだ。親父じゃねぇのかよ」
その言葉を聞いて、ウルスの顔から笑みが消えた。いや、笑みだけではない。人間味というか、感性というか、人として必要なあるべきものが全て消え失せた。
路地に風が吹く。
四人の間をすり抜け、雑音を連れ去って。
ウルスは静かに、こう言った。
「そりゃ、俺が魔元帥だからだ」
なにを言っているのだろうか。
そんな疑問はわいて来なかった。彼が僅かに見せた表情と、ルークが以前見た魔元帥の表情が酷使していたから。
不気味に揺れる赤い瞳。今思えば、それはどの魔元帥も共通のものだった。
ルークは無言でエリミアスの手を離し、ソラ頭へと手を置く。
エリミアスは不安そうな瞳で離された手を見つめたが、次に訪れた現象に目を奪われる事になる。
先ほどまで人間の形をしていたソラが、次の瞬間には光に包まれて剣に変わっていた。
「……運命ってのは残酷だよな、友達でも殺しあわなきゃならねぇ。なァ、勇者」
ウルスの言葉を無視し、ルークは力強く地面を蹴った。
剣が届く距離まで迫ると、横一閃に剣を振るう。
ウルスは後ろへと跳躍してそれを回避。
「おいおい、いきなりかよっ。ちょっとは躊躇ってくれても良いんじゃねぇのか」
「黙ってろ、テメェが魔元帥だって分かった時点で容赦なんかするかよ」
「ま、そりゃそうだわな!」
ウルスの足が地につくよりも早く、ルークは更に接近。構え、ソラの言っていた宝石があると思われる胸に向けて、剣を一直線に突き出した。
しかし、剣はウルスの体へは届かない。
突然現れ、握られた斧にそれを阻まれたのだ。
一撃を受け止められ、ルークは首を傾げる。隙だらけで、今一突きは確実に決まったという確信があったからだ。
「あ? テメェ武器なんか持ってたか」
「持ってねぇぜ。造ったんだよ、俺の力でな」
「そうかよ、力の説明ありがとな!」
剣を両手で握り、振り上げて斧を弾き飛ばす。斧はウルスの手を離れた瞬間に、ガラスが砕けるような音を出して消滅した。
身を屈め、一気に攻めるのではなく、ルークは爪先に落ちていたゴミを器用に乗せ、ウルスに向かって蹴り飛ばした。
「うおッ、きったねぇな!」
目の前に迫るゴミを見て心底嫌そうな顔をし、ウルスは顔をおおうようにして両手を前に突き出す。
その隙を見逃さず、一気に横へと回り込み、ウルスの脇腹目掛けて剣を振るった。が、
「中々きたねぇ手を使うじゃねぇか」
「うるせぇ、ルールがねぇのが殺し合いだろ。勝ちゃ良いんだよ、勝負ってのは」
確実に仕留めたと思う一撃。彼はそれを再び自らの能力で造り上げた剣で防ぎ、涼しい顔でルークの目を覗き込む。
至近距離で眺めて改めて確信する。
その瞳は、紛れもなく魔元帥のものなのだと。
「そりゃそうだわな。だが、男としてそれは格好良くねぇぞ」
「あ? ……!」
瞳に気をとられた瞬間、呟きとともにウルスの背後に数本の剣が姿を現した。狙いをすますように切っ先がルークへと向き、一斉に剣が射出される。
全力で横へと飛び、避けきれなかった剣を凪ぎ払うが、それでも防ぎ切れなかった物が体を掠める。
数ヵ所に切り傷を刻みながらも致命傷を避けると、一旦距離をとるべくエリミアスの方へと後退した。
ウルスは避けた事を感心するように手を叩き、
「やるじゃねぇか、最近食ってねぇから数は少なかったが、本気で殺すつもりだったんだぜ」
「友達とかほざいてたのはどこ行ったんだよ」
「お前が容赦しないって言ったんだろ? 友達だからだよ、楽に殺してやりてぇんだ」
剣で身体中を串刺しにされるのが楽かはさておき、頬の切り傷から流れる血を拭き取り、ウルスが本気で殺しに来ている事を理解した。
片方の手でエリミアスを下がるように指示していると、
『おいルーク、私の加護を使うか?』
「いや、アイツの力が武器を造るって事以外分からねぇんだ。無闇に使って逆転の目を失うのは避けたい」
『そうか、分かった。だが、私が命の危険を察知したら独断で使用するからな』
ソラとの会話に気をとられていると、前方から一本の剣が一直線に伸びてくる。狙いはルークではなく、エリミアスに向けて。
それを難なく払いのけ、
「おい、女は狙らわねぇんじゃなかったのか?」
「お前が防いだ、問題はねぇだろ?」
言葉とは裏腹に、本気で当てるつもりだったのだろう。
新たに槍と斧を造り出したウルスを注意を払いつつ、震えて動けないエリミアスへと声をかける。
「姫さん、今すぐ逃げろ。落ちてる木屑を頼りに行けば大通りに出れっから」
「そ、そんな事出来ません! ルークさんが戦っているというのに」
「だったら一緒に戦えんのかよ。ハッキリ言うぞ、お前が居ると邪魔で戦い難い。足手まといなんだよ」
「邪魔……ですか……」
ルークの言葉がそれなりに効果を発揮したのか、エリミアスは視線を落として消え入りそうな声で呟く。
しかし、こんな状況で気を使う事など意味はなく、ルークの目的は魔元帥の討伐、そしてエリミアスを無事に城まで連れ帰る事なのだ。
いや、それを抜きにしたとしても、人を守る事になれていないルークにとって、後ろに誰かが居るというのは非常にやり難いのだ。
偽りのない本心を受け、エリミアスは沈んだ顔を上げ、
「分かり……ました。助けを呼んで直ぐに戻って来ます! だから、どうかそれまでは生きていて下さい!」
「わーったから早く行け。こんなところで俺は死なねぇよ」
「このお礼は、必ずします!」
叫び、エリミアスはルークに背を向けて走り出した。それすなわち、背中はルークに任せ、自分は逃げる事だけに集中するという事だ。
王の娘という事もあり、少女は自分がなにをすべきか分かっているようだった。
「おいおい、まさか俺がそのまま逃がすなんて思ってねぇよな?」
「思ってねぇよ、だから俺がここに居んだろ」
「そらそうだ、でも残念。お前と本気で殺りあうのはもうちっと先だ」
言って、両手を広げるとウルスの周囲に大量の武器が出現する。広げた両手をそのまま前に出すと、現れた武器が一斉にルークへと降り注ぐ。
腰を落とし、両手で柄を握り締めると、
「ソラ!!」
『分かっている!』
剣を凪ぎ払うようにフルスイングし、放たれた光の斬撃が一瞬にして武器の雨を木っ端微塵に砕いた。
武器だった光の欠片が降り注ぐ中、ウルスは真正面から槍と斧を構えて楽しそうに微笑みながら突進。
最初の一撃は槍による突きだった。
かわすのではなく剣を使ってその軌道を反らし、柄の部分に剣を擦らせながら一気に距離をつめる。しかし、次の瞬間には槍が音を立てて消滅し、もう片方の手に握られていた斧が脳天に向かって振り下ろされた。
「ッ、あっぶね!」
「ハッ、良いじゃねぇか! 流石は勇者ってところか」
剣を地面に叩きつけ、その勢いを使って横へと跳躍。壁に両足を着地させ、その反動で再びウルスへと突っ込む。
しかし、この一撃も新たに出現した二本の剣を交差させる事で防がれた。
「ッたく、その力地味にうぜぇな」
「地味とか傷つくぜ。ま、俺の他の奴らと比べたら、見劣りするって事くらいは自覚あるけどな」
気にしていたらしく、ウルスは肩をすぼめて微笑んで見せた。しかし、その力が弱まる事はなく、涼しい顔をしていながらもルークの剣を純粋な腕力で押し返していた。
火花が散り、つばぜり合いの末、
「だがよ、以外と応用がきくんだぜ?」
「あ?」
瞬間、二本の剣が音を立てて砕け散った。力のやり場がなくなり、ルークは前のめりに倒れそうになる。
ウルスは振り下ろされた一撃をステップで難なく回避し、ルークの腕に軽く触れると、現れた鎖が腕にまとわりついた。鎖で繋がれた楔を壁に投げつけて打ち込み、
「ま、そういう事だ。今俺が優先すべき事はあの嬢ちゃんなんでな」
「あ、テメェ! 逃げんな!」
爽やかに手を上げ、ウルスは颯爽と背を向けて走り出してしまった。
ルークは追いかけようとするが、鎖で繋がれた腕が邪魔をする。引き抜こうとするが思ったよりも強く打ち込まれている。抜くのを諦め、切断しようとするが、
「あ、言い忘れてたぜ」
「あ?」
「頭上注意な。腹一杯だったらもっとすげぇ事出来たんだけどよ」
立ち止まり、ウルスがルークの頭上を指差す。
それにつられて上を見上げると、空を隠す量の武器が浮かんでいた。
「ほんじゃま、生きてたら会おうぜ」
ウルスが再び走り出した直後、浮かんでいた武器が重力に引き寄せられるように落下した。
死の雨が、ルークに向けて一斉に。
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