量産型勇者の英雄譚

ちくわ

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四章 王の影

四章二十一話 『敵はいつだって』

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『おい、大丈夫か? あんな挑発に乗るからそうなるんだぞ』

「問題ねーよ。こんなの、ちょっとしたかすり傷だ」

『それならば良いが……まったく、厄介なものを残していたもんだな』

 ソラの問いかけに乱暴に答え、流れる血を気にせずにルークは体を起こす。言葉の通り、痛み自体は耐えられないほどの重症ではない。
 けれど、改めてウルスの姿を見て、思わず苦笑いを浮かべた。

「気持ちわりぃな、その姿」

「それを言うなっての。俺もちょっと気にしてんだ。だが、そんな事言ってる場合じゃねぇみたいだしな」

 ズブブ、と奇妙な音を立てて剣が体内へと戻っていった。その際にほんの少しだけ顔をしかめた事から、恐らく多少の痛みはあるのだろう。しかし、それが付け入る隙になるとは思えなかった。
 剣を構え、今度はルークが距離をとる。

「離れちまって良いのか? あんだけこっち来いとか言ってたくせによ」

「うっせぇ、状況が変わったんだよ」

「そうか。来ねぇならこっちから行かせてもらうぞ」

 言って、ウルスは駆け出した。
 目で捉えられる限界の速度だった。今までの動きは全て準備運動で、ここからが本番だという事を嫌がおうでも理解してしまう。
 迫る斧を受け止めようとするが、

「ーーッ!」

 寸前で受けるのを止め、ルークは剣を横に振るいながら後ろへと飛ぶ。その行動は性格だったらしく、先ほどまでルークが立っていた場所は、ウルスの体から伸びた剣が貫いた。
 剣山、そんな言葉が頭を過る。

「良く分かったな。意外と冷静なんだな」

「黙ってろ、今テメェをぶちのめす算段を考えてんだ」

「なら、尚更時間を与える訳にはいかねぇな。お前は意外と頭がキレるらしいしな」

 フラフラと言う事を聞かない足腰に渇を入れる。血を流し過ぎているのからなのか、視界がボヤけてウルスの顔が霞む。
 懐に飛び込めたと思えば、それはウルスの思い通りの行動だったのだろう。遠距離でも近距離でもどちらでも良い、だからこそあの余裕な態度をとれていたのだ。

 こめかみから流れる血を乱暴に手の甲で拭い、ルークは決断を下す。迷っていれば殺される、もう奥の手がどうとか温存とかは言っていられない。

「ソラ、加護を使う」

『良いのか? 正直に言うが、勝てる未来がまったく見えないぞ』

「どのみちやらなきゃ殺される。だったら、今やれる事をやるしかねぇだろ」

『分かった。言っておくが五分だぞ。それまでに決着をつけるか、奴に致命傷を与えるしかない』

 言葉の直後、ルークの体を光の薄い膜が包んだ。
 これでソラの加護を受けるのは二度目になるが、相変わらずの違和感が体の内側から暴れまわる。自分ではない他の誰かが、自分の体を操っているような感覚。
 あまり良い心地はしない。

 ルークの変化に気付いたのか、ウルスが眉をピクリと動かし、

「それがお前の奥の手か?」

「さぁな、やってみりゃ分かんだろ!」

 駆け出し、一気に距離を縮める。常人を越えた速度での突進に合わせ、ウルスの体からカウンターの要領で剣が放たれるが、目の前で跳躍して後ろに回り込み、がら空きになった背中に一撃を叩き込む。

「チッ……背中もダメかよ……!」

 これも体から伸びる剣で防がれた。砕き、そして畳み掛けるが、その皮膚に届く事はない。はえる剣を根こそぎ斬り落とそうとするが、砕く度に新たな剣が体から姿を見せる。
 ウルスの体だけに気をとられていると、宙に浮かぶ斧が回転しながら迫って来た。

 目を凝らして回転を見極め、刃の部分に剣を引っかけると、そのまま投げるようにしてウルス向かって放つ。が、それは当たる事なく砕けちった。
 飛び交う刃を下がりつつ払いのけ、

「近付いたと思ったらこれかよ!」

「じり貧だな、勇者。そのままだと出血多量でぶっ倒れるぞ?」

「その前にテメェを殺れば済む話だろーが!」

 再び二人の剣が激突した。
 ウルスの言葉の通り、攻め手にかけていた。近付けばどうにかなると思っていたのは事実だし、それが無理だと分かったところで有効な手立ては浮かばない。
 更に言えば、血を流し過ぎたせいで視界がボヤける。

 長期戦になれば圧倒的に不利。
 かといって、なにか打開策がある訳でもない。
 そうなれば。
 いや、そういう時こそ、

「オォォォラァ!」

 一旦離れ、ルークは剣に意識を集中する。
 光を放ち、夜の王都を目映く照らす。
 そして放つ、幾度となく魔元帥を滅ぼしてきた、光の斬撃を。

「なーー」
  
 地面を抉りとり、ルークの放った一撃がウルスを捉えた。砂ぼこりを巻き上げ、ウルスの姿が隠れるようにして視界から外れる。
 そして、ゆっくりと風が砂を運び、

「……今のはちっとやべぇな」

 思わず目を疑った。
 今の一撃で決めたかったし、これを防がれればもう奥の手は何一つない。
 けれど、ウルスはそれを耐えきった。
 無数の武器を造り上げ、盾のように体の周りにまとい、なおかつ内側から剣を出現させて、クッションのようにして勢いを殺したのだろう。

 ただ、完璧に防げた訳ではなかった。
 確かに斬撃は届き、左肩から右の脇腹にかけて切り傷が刻まれていた。砕けた武器の上に、ボタボタとおびただしい量の血を垂れ流し、痛みを噛み殺すようにしてウルスは微笑んでいる。

『……これは驚きだな、今のを耐えられるとは』

「褒めてんじゃねぇよ」

 何故かウルスを絶賛するように呟くソラ。
 とはいえ、驚いているのはルークも同じだ。デストにしろウェロディエにしろ、今のを受けて耐えられた試しがなかった。
 驚きと同時に笑みが溢れる。
 ウルスの強さを認め、思わず。

「ガ……ッ。ずりぃなそれ、俺達を殺すためだけに特化してるってところか……」

「強がっても効いてねぇ訳じゃなさそうだな」

「ハ? バカ言え、ちょっとした休憩だ」

 口から血を吐き出し、体から力が抜けるようにしてその場に膝をつくウルス。防がれたとはいえ、今のは明らかなダメージだ。
 普通の人間であれば間違いなく出血で死んでいるだろうし、減らず口を叩けるのは彼の強さの証拠だろう。
 ルークは剣を握り直し、

「そのままずっと休んどけ。俺が叩き斬ってやるからよ!」

 ここで迷わないのがルークだ。たとえどれだけの重症を負っていようが関係ない。敵を殺す事に、なんの躊躇も持ち合わせてはいない。
 ウルスは苦し紛れに剣を出し、ルークの振り下ろされた一撃を防ぐ。

「おらどうした、さっきみたいに体から武器を出せば良いじゃねぇか……!」

「お前、分かってて言ってんだろ……!」

「そんだけの傷負ってんだ、集中も出来なくて遠距離から攻めるって手も使えねぇだろ!」

「その顔は勇者っていうより、俺達に近いと思うぜ……!」

 邪悪な笑みを浮かべながら、ウルスの手を蹴り上げ剣を叩き落とす。そのまま体を捻って容赦なく傷口に蹴りを叩き込み、怯んだ瞬間に首へと剣を振り回す。が、これは流石に上から降って来た槍によって阻まれる。

 槍を避け、再び攻めようとするが、ウルスがおもむろに掌をルークへと向ける。まるで、照準を合わせるかのように。
 次の瞬間、ウルスの背後から現れた数本の剣がルークを襲う。本来であれば避けれていただろう。しかし、血を流し過ぎているのはルークも同じだった。

「グ……ッ!」

 ソラの加護を持ってしても、全ての武器を落とす事は叶わない。防げたのは数本。残りの二本の剣が、左肩と脇腹へと突き刺さる。
 口角から血をもらし、体に刺さる遺物の存在に思わず顔を歪める。ズザァァ!と音を立てて草むらへと倒れ込んだ。

「ッ……いってぇ……な。このヤロウ……!」

「おう……どうした、貧血か?」

「バカ言ってんな……ただの休憩だ」

 強がりを口にするが、体内から込み上げる液体を吐き出し、それを目にして思わず体が強ばる。
 血だ。
 血の塊を吐き出したのだ。それに加え、体に刺さっていた剣が砕けて消滅し、蓋を無くして傷口から血液が溢れ出す。

「おっと……これは、マジでやべぇかもな」

『ふざけるな、こんなところで死ぬ事は許さんぞ。私が血を止める、どうにか堪えろ』

「おま、そんな事出来んの?」

『出来ないしやった事などない。が、やらければ貴様が死ぬだろう。そんな事は絶対に認めんからな』

 いつものような口調で鼓膜を叩くが、ソラの声には焦りが混じっている。それもその筈、誰がどう見たって生きているのが不思議なくらいだ。そんな事はルークが誰よりも分かっているし、恐らく加護を受けていなければとっくにお陀仏だっただろう。

 しかし、ここで逃げる事も諦める事もしない。
 相手はまだ生きていて、その顔から戦う意思が消えていないのだから。
 ウルスは自分の胸の辺りに触れ、破けた服をめくり、落胆したように息を吐いた。

「……やってくれたな、俺の核にヒビが入ってやがる」

「核……? そうか、あれがお前の言ってたやつか」

『あぁ、早くあれを破壊しろ。このままでは間違いなく死ぬぞ』

「んな事分かってんだよ……!」

 ウルスの胸元にある黒い宝石。恐らくあれが彼ら魔元帥の命の元だろう。先ほどの斬撃によって縦に亀裂が入っており、なにか内側から漏れているようだった。
 体を引きずるようにして起こし、剣を支えにして立ち上がる。

「……こりゃピンチってやつだな。どうだ、ここいらで痛み分けにしねぇか?」

「ッざけんな! 逃がすかって何べん言わせんだ。テメェは今ここで殺る!」

「だよな。つっても、俺は死ぬのだけは御免被りたいんだけどな」

 ヘラヘラと口元を歪めていても、その瞳は確かに焦燥感を感じさせる。自分の命の元に傷を入れられているのだから当然だが、この状況での笑みは強がりの一種だろう。

 しかし、それはルークも同じだった。
 既に満身創痍、いつぶっ倒れてもおかしくはない状態だ。だからこそ、攻める。
 死ぬよりも早く決着をつけるために。

「とっとと終わらせてやるよ!」

「やっぱ向かって来るか……!」

 ルークが踏み出すのと同時に、ウルスは立ち上がりつつ下がる。が、重症を負っているとはいえ、今のルークは加護を受けている。
 温存していた事が項をそうしたのだろう。
 だからこそ、ウルスが下がるよりも早くその距離を縮め事が出来た。

「やべッ!」

「これで、終いだ!」

 逃げようとするウルスの足を払い、倒れた瞬間に肩を踏みつけて動きを封じると、剣を逆手に持ち変え、宝石に向けて振り下ろすーー、

「ーーーー!?」

 横から衝撃が走った。
 ぐるりと視界が回転し、全身が訳の分からない浮遊感に包まれる。自分がどうなったのか理解出来ないまま数メートル吹っ飛び、次に訪れたのは痛みだった。
 背中から後頭部にかけて、痺れが走る。
 酸素を無理矢理吐き出し、声にならない叫びを上げる。

 荒れる呼吸を整えながら体を起こし、いまだに焦点の合わない目をウルスの方へと向ける。
 しかし、目に入ったのはウルスではなかった。
 それがなんなのか理解する暇もなく、次の瞬間には顎に鈍痛が響く。

「バッ……!」

 蹴られた。その答えに思考がたどり着くよりも早く、今度は腹部になにかが刺さる。恐らく殴られたのだろう。
 防御も回避も受け身も、なにも出来ない。
 そうして、再びルークは後ろへと吹っ飛ばされる。

「……ッ……なんだ、クソ」

 喉につまる血を乱暴に吐き捨て、うつ伏せになりながら顔だけを起こす。
 人、だろうか。
 全身を黒いマントで包み、頭はフードですっぽりとおおわれている。
 それは倒れるルークに背を向け、ウルスの元に歩みよる。

 驚いているのは、ルークだけではなかった。
 助けられたウルスでさえ、その人物を見て驚愕の表情を浮かべている。それの手を借りて立ち上がると、

「おま、なんでこんなところに居やがるんだッ」

 それは答えない。ウルスの顔を見つめ、とある方向を指差す。
 会話の内容は分からないし、それを聞き取るだけの思考回路は今は働いていない。

「まぁ良いか、助かったぜ。お前がここでなにをしてんのかは聞かねぇよ。あとは任せた」

 それで会話は終わったのか、ウルスは体を引きずりながらその場を去ろうとする。
 当然、そんな事をルークが許す筈もなく、地面に拳を叩きつけ、あらゆる痛みをねじ伏せて立ち上がる。 

「待て、や。逃がさねぇって何度言わせんだ」

「いいや、逃げさせてもらうぞ。この勝負はお前の勝ちだ、認めてやるよ。だから俺は大人しく敗者としておさらばする」

「ざけんな! まだ勝負は終わってねぇぞ!」

「だったらコイツに相手してもらえ。言っとくが、俺よりもつえぇからな」

 そう言って、ウルスは爽やかに手を振りながら走り出す。
 慌ててあとを追おうとルークも駆け出すが、その前に立ち塞がるのは黒マントだ。
 顔も見えないし声も聞こえない。体型もマントで隠れていて、性別も判断する事が出来ない。

 けれど、向かい合うだけで分かる事があった。
 いや、分かってしまったと言った方が正しいか。
 これが、目の前に立つそれが、人間ではないと。

『ルーク、分かっていると思うが……』

「あぁ、テメェ……魔元帥だろ」

 黒マントは答えない。
 答えなど初めから期待してはいなかった。相手がなにを言おうと、ルークの中では相手が魔元帥だと確定していたからだ。

 答えはない。
 その変わりに、黒マントの拳がルークの頬を叩いた。

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