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四章 王の影
四章二十八話 『戦果』
しおりを挟むそれから数分後、魂が体から抜けかけているルークを他所に、女子三人組は楽しそうに会話に花を咲かせていた。
記すのも躊躇うほどの事態が起きたのだが、それをやった精霊様は全く気にしていないようである。
「姫様は何故ここに?」
「あの、ええと、ルークさんが心配で……部屋を抜け出して来てしまいました」
「まいけませんよ、また拐われたのではと王が心配してしまいます」
「すみません、どうしてもジっとしていられず。皆さんの部屋にも行ったのですが、一番重症だったのがルークさんだったので」
「大丈夫ですよ、この人は放っておいても勝手に治る人なので」
放っておいても治っていないのだが、それを突っ込むのは野暮というやつだろう。
エリミアスを姉のように優しく諭し、ティアニーズは優しい笑顔で口を開いていた。普段、ルークには滅多に見せないものである。
これも女子トークならでは、というやつだろうか。
「とんだじゃじゃ馬だな。簡単に抜け出せてしまう警備もどうかと思うが」
「私、小さい頃からずっと部屋に閉じこもっていたので、部屋から抜け出すのは得意なのです」
「親が親なら子も子、というやつだな。騎士団が手を焼くのも理解出来る」
「ご迷惑をおかけしているという自覚はあるのですが、どうしても城の外が気になってしまい……」
可愛らしく舌を出して答えるエリミアスだが、全く反省している気配はない。城の中をうろつく分には問題ないのだろうけど、今回のように外へ出られたら相当面倒な事になるのは実証された。
「んで、お前ら人の部屋でなにしてんだよ。用が済んだんならさっさと出ていけ」
「せっかくお見舞いに来てあげたというのに、なんでそう心無い発言が出来るんですか」
「わざわざ気遣う必要がないからだ。俺は二度寝してぇんだよ」
「まだ寝るつもりなんですか? 二日も寝てたのに」
「…………え? 今なんて?」
いつの間にか復活を果たしたのもつかの間、ティアニーズの発言を聞いて頭の上に何個ものはてなが浮かぶルーク。
女子三人は顔を見合せ、代表してティアニーズが口を開いた。
「あれからもう二日立ってますよ。つまり、ルークさんは丸二日も寝てたんです。そりゃもうぐっすりと」
「マジかよ、全然覚えてねーぞ。なんで誰も起こさねぇんだよ」
「傷に加えて一日で私の力を使いすぎだ。斬撃を三発、それだけで十分な疲労が溜まっていた筈だぞ。揺さぶっても起きなかった貴様が悪い」
どうやら、ルークの気付かぬ内に二日も経過していたらしい。ルークからすれば、ぶっ倒れて目を覚ました直後なので、体感的にはほぼ一瞬である。
そして新たに判明したが、この頭痛は空腹によるもののようだ。
ティアニーズ達もウルスと戦っているのだから、それなりの傷は負っている筈。腹の包帯を見れば分かるが、魔法での治療では事足りぬという証拠だ。本来ならば歩ける方がおかしい。しかし、二日も立っているのなら納得である。
つまり、無駄に二日寝込んだせいで、安心安全の生活が二日も遠退いたという事だ。
肩を落とし、絶望にうちひしがれるルーク。
「まぁ、そのおかけで面倒な報告に付き合わされずに済んだんだ。私も巻き込まれて大きな迷惑だ」
「仕方ありませんよ。ルークさんが寝ていたので、黒マントについて知っているのはソラさんだけでしたから」
「知っている、というほどのものではないがな。一方的に殴られまくっただけだ、主にルークが」
「大変だったのですね。本当に生きていて良かったです」
エリミアスの笑顔と一言で、部屋の中がなんとも言えない乙女ちっくな甘い雰囲気に包まれる。
しかし、唯一の男であるルークにとっては居心地が悪い事この上ないので、苛立ちを顔に浮かべながら、
「いや待てや。今の話の流れでも、お前らがこの部屋にとどまる理由にはならねぇだろ」
「ここへ来たのにはちゃんと理由があるんです」
「抱き付いてる暇があんならそれを先に言え」
「だ、抱き付いてないですよ! 滑って転んでたまたまそこにルークさんが居ただけです!」
「はいはい、分かったから早く用件を言おうね」
一々過剰に反応するせいで、ルークがわざとからかっている事に本人は気付いていないのだろうか。赤くなった顔をパタパタと手で扇ぎ、ティアニーズは自分を落ち着かせるように口を開く。
「王がルークさんにお話があるそうです。あの場に居た私達も含めて、ついでにご飯です」
「飯か。なぁ、食った瞬間に胃から食べ物が溢れるとかないよね?」
「大丈夫ですよ、内側は治療し終えているので。動き過ぎたら皮膚が裂けるかもですけどね」
「安心させたいのか不安にさせたいのかどっちなんだい」
ルークにとって、腹がパックリと開くのは初体験である。それに加え、黒マントからの打撃の雨。これまでも怪我をした事はあったが、丸二日寝込むほどの重症は初めてなのである。
良く分からない不安に顔をしかめ、されど腹は減っているので、
「ならとっとと行こうぜ」
「私も腹が減っている。しかしだ、ルーク、貴様自分で歩けるのか?」
「あ? んなの……多分歩けんじゃね?」
何故か首を傾げて疑問文で返すルーク。
今現在、主に目立つ痛みは頭と腹の二ヵ所だけである。腹に関しては無理な動きをしなければ痛まないので、こちらは大丈夫だろう。
そう思い、おもむろにベッドから下りて立ち上がろうとするが、
「おっと」
地に足をついて数秒固まり、一歩も踏み出す事が出来ずにベッドに腰を下ろしてしまった。
予想通りと言いたげにため息をつくティアニーズとソラ。エリミアスは心配そうに顔を見つめてくる。
そんな三人の顔を見て、
「良し、肩かせ。一人じゃ歩けねぇわ」
「あの、お貸ししたいのは山々なのですが……私あまり力持ちではなくて……」
「私も無理だ。可愛いくて偉大な精霊だが、男一人を支えられるほどの腕力は持っていない」
エリミアスは納得するとして、ソラに関してはただ面倒くさいだけである。その証拠に、鳴りもしない口笛を必死に奏でている。
となると、残された一人へと視線が集まり、
「わ、私ですか!?」
「そうなるな。貴様も傷を負っているが、それでも私達よりかは力がある」
「すみません。ですが、私にも手伝える事があるのならば、力をお貸しします!」
「別に誰でも良いから早く肩かせ」
ルークの顔を見つめて硬直するティアニーズ。
今彼女が考えている事を代弁するとすれば、ソラは力がないし、姫であるエリミアスにそんな事を任せられる筈がない。しかし、それは自分がやるのも……といったところだろうか。
そんな事を知るよしもなく、ルークは相変わらずのやる気のない瞳を向ける。
ティアニーズは額に手を当て、深く考えるように卯なり声を上げたのち、諦めたように息を吐き出した。
「分かり……ました。私がルークさんに肩を貸します」
「んじゃ早速。こっち来い」
「……なんでそんなに偉そうなんですか」
「病人には優しく接しろった言われなかったのか?」
口から出るのは屁理屈ばかり。一応ティアニーズも病人なのだが、その限りではないらしい。
頬を膨らませながらも近付くティアニーズの肩に手を回し、ふらふらとおぼつかない足取りながらも立つ事に成功。
「変なところ触ったらお腹にパンチしますからね」
「触らねーよ。殴ったらやり返すかんな」
「今のルークさんになら負けまけんよーだ。私が一度勝っている事をお忘れですか?」
「お前、まだんな事言ってんのかよ。あれは不意討ちだから無効な。つまり俺は負けてねぇ」
「不意討ちばっかするくせになにを言ってるんですか」
「俺は良いんだよ。でも俺以外の奴がやるのはダメだ、やられたらムカつくし」
「子供」
「うっせぇツンデレ」
唇が触れあいそうな距離で繰り広げられる無駄な争い。この状態でも殴り合いを始めそうな気配である。
その間にソラが両手をねじこみ、無理矢理二人の顔を離すと、
「喧嘩ならあとでやれ、今は食事が先決だ。仲が良いのは微笑ましいが、優先すべきは私の空腹を満たす事だぞ」
「そ、そうですよ。喧嘩は良くないです、お二人とも笑って下さいっ」
ソラの暴論はともかく、エリミアスが割って入る事によってティアニーズは落ち着きを取り戻したようである。
最後に睨み合い、鼻を鳴らして同時に視線を逸らすと、四人は部屋をあとにした。
「おいエリミアス、貴様も来るのか?」
「はい。お父様がお忙しい時以外は、一緒に食事をとるようにしてるのです。なので、今日は私もご一緒しますっ」
鼻歌を口ずさみながら前を歩くエリミアスと、その横で腹を擦りながらとぼとぼと歩くソラ。
そんな二人より少し遅れ、ルークとティアニーズは必死について行っていた。
「もっと早く歩けねぇのかよ」
「これが限界です。ルークさんが重いのがいけないんですよ」
「お前の鍛練が足りねぇだけだろ。もっと筋トレしろ」
「これでも腕相撲強いんですからね。ルークさんにだって負けませんよ」
「ほー、なら勝負してやろうじゃん。負けたら罰ゲームな」
「良いですよ、私負けませんからぁ、余裕ですもん」
この二人は顔を合わせたら喧嘩しないと済まないらしい。お互いボロボロで死にかけていた筈なのに、戦いが終わればこうして当たり前の日常へと戻る事が出来る。
口で言うのは簡単だが、命をかけた戦いに身を起きながら、それでも日常にすんなりと戻れるのはある意味凄い事なのだろう。
ただ、危機感が足りないともとれる。
というか、ティアニーズはともかくルークはそちら側の人間なのである。
しばらくそのまま進み、完全に置いて行かれてしまった二人。廊下に二人の足音だけが響き、ルークは静かに口を開いた。
「お前、ウルスの事殺したんだな」
「え……はい。私がこの手で」
「出来ねぇと思ってたよ。お前甘っちょろいし」
「……正直、殺すつもりはありませんでした。ウルスさんが、自分を殺してくれと言わなければ」
命を奪うーーその行為に抵抗があるのは当然だ。
ただの魔獣ならまだしも、形は人間で一週間も同じ飯を食べて過ごした存在なのだ。同情だってあるだろうし、躊躇だってしてしまうだろう。
ティアニーズは、まだ少女なのだから。
「でも、後悔はしていません。彼は最後に笑っていましたから。私も、私のやれる事をやりたかったんです」
「ま、お前が決めたんならなにも言わねぇよ。俺は逃げられちまったんだし、そのあとはどうしようが関係ねぇ」
「ルークさんのおかげですよ。ウルスさんをあれだけ追い込んでいたから、私達は勝てたんです。多分、普通に戦っていたら……殺されていたと思います」
「だろうな。万全の状態じゃないアイツと戦ってその様だし」
「分かってますけど、なんか凄くムカつきます」
唇を尖らせ、不服そうに口を開くティアニーズ。
ルークは鼻で笑って誤魔化し、真っ直ぐに通路の先を見つめる。今から言う事は、きっと顔を合わせていたら言えないから。
自分らしくはないと分かっているけど、何故か言わなくちゃいけない気がしたから。
出来るだけ小さく、それでもなんとか聞き取れるくらいの声の小ささで、ルークはこう言った。
「……良くやったな。お疲れさん」
「ーーーー」
全力で前へと意識を集中しているので分からないが、横から物凄い視線が突き刺さる。居心地の悪さなら今までで最高。サリーと二人きりで話した時レベルである。
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不意に、横顔に刺さっていた視線が消えた。
多分、見つめるのを止めたらしい。
ティアニーズは息を吐き、
「ありがとうございます。ルークさんも、お疲れ様です」
前を見ているので分からない。
分からないけれど、今の彼女はきっと微笑んでいるのだろう。
ルークの心を僅かに動かした、あの笑顔で。
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