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四章 王の影
四章閉話 『最高の褒美』
しおりを挟む死に物狂いで階段をよじ登り、ルークとティアニーズは一つの部屋にたどり着いた。
階段を登るという行為だけでここまで体力を使うとは思っていなかったので、ルークの顔は青ざめ、もうなにもしなくても死にそうである。
当然、ルークを支えながら、それに付き合わされたティアニーズの方がお疲れなのだが。
最後の力を振り絞り、二人は力を合わせて扉を押し開いた。
「おう、やっと来たか」
まず、始めに視界に飛び込んで来たのはとんでもなく長いテーブルである。奇抜な刺繍が刻まれたテーブルクロスが引かれ、その上には色とりどりの料理が並べられている。
そして大量に並べられた椅子。推定だが、三十人くらいは一緒に食事をとれるのではないだろうか。
部屋の装飾については赤が多いので、恐らくバシレの趣味だろう。そのバシレは、長いテーブルの一番端、そして一番偉そうな椅子に座っていた。
ルーク達を見て眉をよせ、
「お前ら、なんでそんなに死にそうなんだよ」
「い、色々あったんだよ」
「お、遅れてしまい申し訳ありません」
既に全員揃っており、前を歩いていたエリミアスとソラは席についていた。持てる力を振り絞り、二人はそそくさと席に座る。
背もたれに体重を預け、疲れを吐き出すように息をついていると、
「やぁ、体調はどうだい?」
「元気そうに見えるか? 」
「いや、死にそうだね。でも生きてる、それだけで良かったよ。俺も腹に穴開けられたけど、なんとか生きてるしね」
「お互い大変だな、腹斬られた同士仲良くしよーぜ」
自分の腹を叩きくトワイルと冗談混じりに会話を交わし、それからテーブルに並べられた料理へと視線を移す。
スープから巨大な肉までが用意されており、ルークが今までで生きてきたなかで、間違いなく最大級のご馳走である。
早速食べ始めようとするが、フォークに伸ばした手をティアニーズに叩かれた。犬歯をむき出しにして威嚇するが、待たせた挙げ句に一番最初に食べるアホがどこに居る。という視線に気付き、大人しくバシレの言葉を待つ事にした。
「言いたい事は山ほどあるが……まずは全員生きて戻って来れた事を喜ぼうじゃねぇか」
「はい。皆様が居なければ、きっと私は死んでしまっていた筈です。本当に、本当にありがとうございます」
「あぁ、そうだな。お前らのおかげで、またこうして娘と食卓を囲めてる」
エリミアスは隣に座るバシレに頭を撫でれられ、嬉しそうに頬を緩めた。
親子の仲むつまじい様子に和む中、トワイルが笑みを浮かべて遠慮がちに口を開いた。
「いえ、俺達は突然の勤めを果たしただけです。騎士団として、この国に住む一人の人間として」
「今はそういうかたっくるしいのはなしだ。俺は一人の父親として、お前らに礼を言わなくちゃならねぇ」
エリミアスの頭に置いていた手を退け、バシレは椅子を引いて立ち上がる。机に両手をつくと、その頭を大きく下げた。
王である筈のバシレが、なんの躊躇いもなく頭を下げたのだ。
「助かった。お前らのおかげだ、本当にありがとう」
「私からも、お礼を申し上げます」
バシレに続き、エリミアスまでもが立ち上がって頭を下げる。
一国の王が自分の護衛に頭を下げるという光景を目にし、ルークとソラ以外は緊張の面持ちへと変わる。が、直ぐにその表情を崩し、騎士団の面々は頭を下げた。
バシレがどういう男なのか分かっているからこそ、騎士団の面々はなにかを言う事なくそれを受け入れたのだろう。
ソラはともかく、ルークもその場の雰囲気に合わせて頭をほんの少しだけ下げた。
長い礼が終わり、
「さ、俺から言いたい事はこれで全部だ。とにかく飯にしよーぜ」
「早く、早く」
ようやくか、言わんばかりにフォークへと手を伸ばし、足をバタバタとさせて心待ちにしているソラ。
全員が手を合わせ、バシレの合図とともに待ちに待った朝食タイムがやってきたのだった。
「うま、マジでうま、やべぇうま」
「美味しいのは分かったけど、空腹の腹にあまり詰め込み過ぎると痛めるよ」
「うっせぇ、二日も寝てて腹減りまくってんだ」
「ルークさん、食べ方が汚いです。もう少しマナーをですね……」
「それ食わねぇの? んじゃ貰うな」
「ちょ、なにしてるんですか! そのお肉は私のです!」
あまりの旨さに語彙力が吹っ飛んでいるルークと、確保していた肉をとられて怒り心頭のティアニーズとの間で肉争奪戦が開始。
さらに、ティアニーズの隣に座るコルワが参戦。
「私ももーらい!」
「ちょっとコルワ! そっちにもあるんだから、私のばっかり取らないでよ!」
「んじゃ俺はこの卵焼き貰うわ」
「ずるいー! 私も卵焼きー!」
「いい加減にしなさい!」
二人の脳天に拳骨が突き刺さり、勝者はティアニーズとなった。
瞳に涙を浮かべてうちひしがれる二人を見て、目の前に座るメレスが呆れぎみに口を挟む。
「朝から元気ね。あんだけ死にかけてたのに」
「まだ若いからな。お前と違って」
「は、はぁッ? 私だってまだまだピチピチの若者だしぃ!」
「ピチピチ…………フッ」
「ア、アンタ今鼻で笑ったわね!? 上等よ、表に出なさい! 丸焦げにして食卓に並べてやるわ!」
「はいはい、ピチピチのお姉さんはもうちょっとカルシウム取ろうねぇ」
いつものルークなら迷わず喧嘩を買うのだが、今は口の中でも広がる食材達の遊びにメロメロなので、ちょっとした悟りを開いている感じになっている。
鼻息を荒げて袖を捲るメレスだったが、ソラに押さえつけられてなんとか落ち着きを取り戻したようだ。
「カルシウム……」
「どうしたの、コルワ」
「牛乳飲んだらおっぱい大きくなるかな?」
「へ? さ、さぁ。私は分からないかなぁ」
自分の胸に触れて神妙な顔付きで呟くコルワ。
誤魔化すように曖昧な返事をすると、ティアニーズは助けてくれというサインをメレスに送る。
このお姉さんは、自分の優れているところを見せびらかしたいタイプなので、
「私ってば、生まれつきだからアドバイスは出来ないのよねぇ。でも牛乳飲んだら、もしかしたら大きくなるかもしれないわよ」
「本当に!? じゃいっぱい飲む!」
間違った知識をスポンジのように吸収し、目にも止まらぬ速さで牛乳へと手を伸ばす。が、既に牛乳の入ったビンがなくなっている。
ティアニーズ、そしてコルワはビンを探すように視線を動かすと、とある人物がビンごと掴んで飲んでいた。
「あの、ソラさん?」
「私は牛乳が大好きなんだ。決して胸が大きくなりたいとかそんなんではないぞ」
「嘘つきー! メレスの話聞くまでオレンジジュース飲んでたもん! ソラちっちゃいもんね!」
謎の洞察力により嘘を暴かれたソラは、ビンを机に叩きつけて身を乗り出した。
「な、なにを言うんだ貴様! 私は着痩せさるタイプであって、実はとんでもないものを隠しもっているのだ!」
「私の方が大きいもーん」
「貴様の方が小さいわバカ者」
「あの、二人とも……」
「「うるさい!」」
これに関しては貧乳対決に割り込んだティアニーズが悪い。怒られてシュンとしているティアニーズを他所に、ちっさい者同士の戦いは継続。胸の恨みとは恐ろしいものなのだろう。
騒がしい様子を見守りながら、トワイルは一人笑顔を浮かべて頷いていた。心の底から、今ある風景を楽しむように呟く。
「本当に、皆が無事で良かったよ。またこうして笑顔を見れた」
「うるせぇだけだろ。静かに飯食ってる方がうめぇよ」
「そうかもしれないね。けど、やっぱりこうして笑いあえるのは嬉しいんだよ。いつ死ぬか分からない職業だからね」
「そういうもんか? 死ななきゃ良いだけの話だろ」
「このご時世、生きるって事がなにより難しいんだよ」
トワイルの話に対して適当に相づちを打ちながら、ルークは次々と食べ物を口に運んでいく。
生きる事がなにより難しいーーそんな事は良く分かっているから。
騒がしくも和気あいあいとした雰囲気で朝食が進む中、バシレが思い出したように手を叩く。コップに注がれた水を一気に流し込み、
「そうだお前ら、なにか欲しい物はねぇか?」
「欲しい物、ですか?」
「おう。お前ら第三部隊は騎士団の中で初めて魔元帥の討伐を果たしたんだ、はっきり言ってこれは偉業だ。そんな奴らに、なんも褒美を与えねぇってのはおかしいだろ」
ルークからすれば既に三人討伐しているので、あまり凄みを感じない。厳密に言えば一人だが、ウェロディエに関してはカウントするべきが難しいところだろう。
とはいえ、バシレの言う通りにこれは偉業と呼べるものなのだ。
前の戦争では一人も殺せなかった魔元帥を、こうして騎士団の力で討伐する事に成功した。全員満身創痍で、まだまだ一人では敵わないけれど、その事実だけは揺るがない。
騎士団にとって、そして人類とっては間違いなく偉大な功績なのだ。
「俺が出来る限りの物はなんでもくれてやる。だから好きな事を言え。あ、エリミアスを嫁にやるとかは無理だぞ、んな事口走ったら死刑な」
「お、お父様!」
「……さ、流石にそれは出来ませんよ。エリミアス様のお気持ちもあるので」
「世の中の父親ってのは全員こんな感じなのかよ」
嫁に貰う事の出来る男二人は、バシレの鋭い視線から逃れるように目を逸らす。その際、ティアニーズの顔を見てサリーの顔が浮かび、思わず苦笑いが飛び出した。
本人はなんの事やら分からず、首を傾げているだけだった。
とまぁ、なにか貰えるなら貰うに決まっている。
全員が腕を組んでシンキングタイムの中、まず始めに手を上げたのはメレスだった。
「じゃあ、私は服が欲しいです。あとは……イケメンを揃えた婚活パーティーをお願いします」
「こ、婚活パーティーか。良し分かった、イケメンの定義が難しいがなんとかしよう」
「どこまで結婚に対して貪欲なんだよ」
「なんか言ったかしら?」
「いや、なんも言ってねぇよ」
結婚相手を用意しろではなく、婚活パーティーを用意しろという辺りがなんともメレスらしい。完全に私利私欲にまみれているが、褒美とはそういうものなので多くは言わずにルークは口を閉じた。
次に手を上げたのはコルワだ。上げた手を左右に振りながら、
「私はお菓子が欲しいです! 色んなところに持ち運びが出来るように! いっぱい!」
「お菓子か。分かった、うちの料理人に腕を震わせて最高級のを用意してやる。好みがあるならあとで直接言いに行ってくれ」
「うへへ、お菓子ー!」
婚活パーティーのあとなので、お菓子という要求が物凄く可愛らしく見えてしまうのな仕方のない事だろう。彼女らしいと言えば彼女らしいが、子供を体現したような要求である。
続いてトワイルが遠慮がちに手を上げる。
「俺はなにもいりません。こうして皆が笑っているだけで、最高の褒美ですから」
「本当にそれで良いのか? こういう時まで真面目にならなくて良いんだぞ」
「いえ、これが俺の本心ですから」
「分かった。もし気が変わったら言ってくれ」
「良い子ちゃんは大変だな」
「そんな事ないよ」
嫌みのつもりで言ったのだが、トワイルはルークの言葉に爽やかな笑顔で答えた。
次に手を上げたのはソラだ。城の全ての牛乳を飲み干すくらいの勢いで飲んでいたが、飲み過ぎたせいで逆に顔色がすこぶる悪そうである。
タプタプになった腹を押さえ、
「私もなにもいらん。欲しい物は自分で手に入れるからな」
「流石は精霊様ってところだな」
「褒めてもなにも出んぞ。私の体は既にルークの物だからな」
「へ、ルークさんの物?」
「どうした? 顔が赤いぞ」
「い、いえ、なんでもありませんっ」
ソラの隣に座るエリミアスの顔が一瞬にして紅潮する。多分、変な勘違いをしているのだろう。それに気付かぬソラは適当に流し、再び巨乳化計画のために牛乳へと手を伸ばした。
もじもじとするエリミアスは一旦置いておくとして、残りはルークとティアニーズ。
先に手を上げたのはルークだった。
「んじゃ家くれ」
「家? 家って住む家か?」
「それ意外になにがあんだよ。あと、普通に暮らせるだけの金な」
「別に構わねぇが、お前王都に住むのか?」
「まだどこに建てるか決めてねぇよ。だから全部終わったあとで良い」
その言葉を聞いて、全員の視線がルークへと集中する。
気になる箇所は色々とあったのだろうが、主に全部が終わったらというところだろう。全てを終わらすという事は、魔王と魔元帥を殺すという事だ。
それがどれほど困難なのかは、この場にいる全員が嫌というほど体で味わっている。いや、これに関してはルークが一番上だろう。
しかし、それでもこの男は口にしたのだ。
そんな未来が、当たり前のように来るかのように。
不安なんて一切ない。
ただ、そんな未来だけを見つめて。
「あ? なんだよ、お前らが遠慮してんのがわりぃんだよ。褒美っつってんだから好きな物言うに決まってんだろ」
「いや、皆の気になる点はそこじゃないと思うよ」
「え、じゃあなに。家はダメとか?」
「ううん。そうだね、全部終わってから……終わらそう、俺達の手で。この戦いを終わらせるんだ」
なんのこっちゃ分からないルークを他所に、トワイルは噛み締めるように呟く。
今回の件、一歩間違えば死人が出ていただろう。死ぬほど痛い思いをして、死ぬほど苦労して、やっと届いた勝利という文字。
けれど、嫌な事ばかりではないのだ。
魔元帥を倒したという事実は、きっと糧になり、自信となる。
今までは夢物語だった世界が、本当にやってくるかもしれない。
立ち上がり、前を向き、進むための希望となったのだ。
希望、そして勇気。
それを人に与えられるのは、これもまた勇者という存在なのだろう。
「分かった。家と普通に暮らせるだけの金だな。俺が責任を持って用意しよう、必ず生きてな」
「いや、ちょっと待て。メイドさんとかつけた方が良いかな? 雑用全部やってくれんだよね?」
「欲しけりゃ用意してやるよ。その変わりちゃんと働けよ、勇者」
「わーってるよ」
勇者と呼ばれるのにはまだなれていないルーク。だが、今ルークの頭の中はメイドさんの事でいっぱいなので、メイドさんのスカートの丈とか考えちゃっている。
このアホは一旦放置し、残るはティアニーズただ一人。
先ほどからずっと考えている様子だったが、自分の番が回って来て表情が変化した。一番最後という事もあり、自然と少女の言葉に全員の耳が集中。
静かに息を吐き出し、ゆっくりと口を開いた。
「色々考えました。お父さんに新しい家を買ってあげたいとか、お父さんダサいので新しい服を買ってあげたいとか」
「なんでも良いぞ。なんなら全て叶えてやっても良い」
「いえ、私の欲しい物は一つです」
「それはなんだ?」
ティアニーズは即答した。悩む素振りを見せていたが、どうやら初めから決まっていたらしい。
チラリと横に座るルークに目をやり、
「もう、貰っちゃいました。私の一番欲しかった物は、言葉は、もう頂きました。なので、私はなにもいりません」
「そりゃ、トワイルと同じ全員の笑顔ってやつか?」
「違います。もっと私個人の欲望で、トワイルさんみたいに綺麗なものではありません。けど、私にとって一番欲しかった物なんです」
「そうか……お前がそれで満足してんならなにも言わねぇよ。本当にご苦労だったな」
胸の前で拳を握り締め、ティアニーズは柔らかな笑顔を浮かべて頷いた。隣のルークは気付いていないけれど、その顔はまるで、恋する乙女の顔である。
他の面々も気付かずに食事に戻る中、唯一気付いたトワイルがルークの肩を叩き、
「ルーク、ティアニーズになにか言ったのかい?」
「あ? なんも言ってねぇけど」
「……なるほど、君にとっては普通の言葉だけど、彼女にとってはなによりも欲しかった言葉なんだね」
「……?」
トワイルがなにを言っているのか分からず、ルークは再びメイドさんをどうすべきかを考え始める。家の外装とかも本来なら気にならないが、なんでもと言われれば多少のこだわりもやむ終えまい。
この男いつだって、自分の事で手一杯なのである。
死線を越え、その先にあったのは団欒の朝食。
褒美にしては味気ないかもしれないが、本当に欲しいものは全てが終わってからにしようではないか。
今はただ、和やかな光景を楽しむべきなのだから。
やがて来る、絶望に飲まれぬために。
勇者という光に当てられ、魔王という闇の影は確かに伸び始めていた。
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