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五章 王の呪い
五章三話 『初めての味』
しおりを挟むエリミアスの着替えを済ませ、若干の不安を抱えたまま町へ繰り出した二人。ソラが居ないと戦えないのだが、連れてくれば間違いなくおんぶをせがまれるに決まっている。
なので、精霊に会わないように細心の注意を払いつつ、二人は城をあとにした。
城を出てしばらく歩き、二人は城下町までやって来ていた。相変わらずの人の多さで、それに比例するように屋台が大量に並んでいる。新鮮な野菜、果物、魚、そして謎のアクセサリー。どれも目を引く物ばかりだ。
ルークにしてみればうるさい事この上ないのだが、
「……! す、凄いです! 皆さん活気に満ち溢れています! 皆さん笑顔で楽しそうですよ!」
嬉しさ爆発のお姫様。町の風景を見るなり瞳を眩しいくらいに輝かせ、行き行く人々の顔を一人一人確認し、見るたびに瞳の輝きが増していた。
今にも飛び出しそうなエリミアスの頭に手を置き、
「フードがずれてる。そんで勝手に走り出そうとするな」
「す、すみません。つい楽しくなってしまって」
現在、エリミアスはベージュ色のローブに身を包んでいる。普通に考えれば怪しいかもしれないが、ここは王都なので顔を隠して歩いている人間など大量に居る。
一番あってはならない事、それはエリミアスが姫だとバレる事だ。なので、顔の露出には注意を払わなくてはいけない。
「んで、なにすんだよ。どっか行きてぇとことかあんのか?」
「そうですね……まずは見て回りましょう。堂々と歩ける事はあまりないので、この機会に色々と見ておきたいのです」
「その格好で堂々と、ねぇ」
ルークからすれば、今のエリミアスは怪しい存在だ。しかし、エリミアスは普通に歩けるだけでも満足らしく、特に気にしている様子はない。それどころか、首を左右に振って忙しそうである。
「どうしましょうか……見たい物がありすぎて困ってしまいます」
「昼までだぞ。それまでに戻れる距離で歩け」
「なにを言っているのですか、ルーク様も一緒に行くのです!」
「ちょ、おい引っ張るなよッ」
色々と吟味した結果、目的地を定めたらしく、エリミアスはルークの手を引いて走り出した。
まず始めに二人が訪れたのは、小さな雑貨店だ。店内は古びた木造になっており、動物から変な生き物まで、見た事のない置物が大量に並んでいる。印象的には雑貨店というより、怪しい魔女が儀式を行ってそうな小屋である。
エリミアスは入るなり牛の置物を手にとると、
「これ、凄く可愛いらしいです。私、生きている牛を見た事がないものですから、いつか乗ってみたいのです」
「牛は乗るもんじゃなくて食うもんだぞ」
「そんな悲しい事言わないでください。愛情を込めて育てれば、きっとルーク様も愛着がわきますよ」
「んなもんいらん。肉と牛乳としてしか見れねぇし」
ルークに物を可愛いと思う感性は存在しない。豚や牛といった家畜は食べ物で、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
ちなみに、ルークの住んでいた村では豚を飼っていたのだが、なんの躊躇いもなく食していた。
「あ、あれはなんですか?」
「あ? これは……イカじゃね?」
「これがイカですか。足が多いのですね」
牛に飽き、次にエリミアスが手にとったのはイカの置物だ。他の置物よりもサイズが大きく、職人の技というものが表れていた。
とはいえ、これもまた飯である。
「ルーク様はご存知ですか? この世界には、クラーケンと呼ばれるとても大きなイカが存在するそうですよ」
「ふーん、とったら当分飯には困らなさそうだな」
「食べません、見て楽しむものなのです」
「イカ見てなにが楽しいんだよ。つか、見て楽しむって考え絶対に間違ってるからな」
「良いのです。私は色々なものを見て回りたいのですから」
腰に手を当てて頬を膨らませ、それからエリミアスは次々と店内を歩き回る。彼女にとっては全てが初めての体験で、全てが好奇心を刺激する出来事なのだろう。偉い人には偉い人なりの悩みがあ、それが少女ともなれば、凡人のルークには理解出来る筈もない。
と、ここでルークはとある事に気付いた。
さきほどから商品を手にとって、買おうか悩んでいる様子だが、勿論ルークは一文なしである。
「なぁ、お前金とかどーすんの?」
「それなら大丈夫です! お父様から頂いたお小遣いを今日は持って来ていますから」
得意気に胸をはり、エリミアスはポケットから布袋を取り出した。姫様ともなれば、自分で現金を持って出歩く事は少ないのだろう。
もっとも、ルークが気になったのはそこではない。布袋を取り出した際に、聞いた事のないジャラジャラとした音が聞こえたのだ。
「姫さん、ちょいそれ見せてくれ」
「はい? どうぞ」
「んじゃ拝見……!!」
中身を見た瞬間に絶句。キラキラと輝く大量の金貨が、これでもかというくらいに詰め込んであり、この布袋の中身だけで大抵の物は買えてしまう金額だ。早急に袋を閉じ、キョロキョロと挙動不審な様子で辺りを確認すると、
「おま、なんでこんな金持ち歩いてんだよッ。多すぎだろ」
「多いのですか? 自分で物を買う機会がないので、今日は少しだけ多くに持って来たのです」
「少しだけ……。これだから金持ちは嫌いなんだよ。当て付けか? 貧乏人への嫌みなのか?」
「そんな事ありません。将来の事を考え、もっともっとお金を貯めなくてはなりませんから」
「……フッ、お嬢様って皆こうなんかね」
待遇、そして身分の違いを改めて見せつけられ、ルークは勇者という存在が大した事ないと気付かされた。
どういう態度をとって良いか分からず、とりあえず格好つけて鼻を鳴らし、遅れてうちひしがれるように肩を落とした。
「これは俺が預かっとく。お前が持ってると使いすぎそうだし、変な奴に絡まれて盗まれる可能性があるからな」
「流石ルーク様です! 私の事を心配してくださるのですね!」
「お、おうよ。俺ってば勇者様だし、皆の味方だし」
当然、この男にそんな善意は存在しない。
盗まれる危険性があるというのは本音だが、ちょっとばかしくすねてやろうと考えているのだ。勇者どころかただの犯罪者である。
しかし、純粋な姫様はそれに気付く筈もなく、
「やはりルーク様とおでかけ出来て良かったです! 私の事をお守りくださいね」
「え、あ、おう」
「では他のお店へと行きましょう」
ゲスという言葉を表したような表情で微笑んでいたが、エリミアスの無垢な瞳に当てられて急激に罪悪感が押し寄せる。袋の中へ突っ込んだ手を一旦出すと、エリミアスにその手を掴まれて雑貨店をあとにした。
その後も特に宛もなくブラブラと町を歩いていた時、少し前を歩くエリミアスがこんな事を言った。
「そういえば、ルーク様は朝食がまだですよね?」
「言われてみれば、確かにそうだな。起きて直ぐお前に連れ出されたし」
「でしたら、なにか食べ物を買いましょう! 私、買い食いというのをしてみたいです!」
「やった事ねぇの?」
「ありません。基本的に私が食べる物は調理されていて、毒がないか確かめたあとのものですから」
どちらかと言えばルークも世間知らずの方だが、このお嬢様は別次元の存在らしい。
なにか手軽に食べれる物を探そうと辺りを見渡した時、ルークはとある事に気付く。この光景に見覚えがあったのだ。
そう、エリミアスが連れ去られた通りだ。
「……んじゃ、パン食おうぜ。あん時食えなかったし」
「パンですか? はい! 中にクリームが入ったパンが食べたいです」
手を叩いて興奮している様子を見るに、誘拐された本人は気付いていないようだ。それもそうだろう、いきなり拐われて混乱していたに違いない。
ルークはそれについて特に言及もせず、パン屋へと立ち寄る。
「ルーク様、パンです、パンが並んでいますよ!」
「パンくらい見た事あんだろ。え……あるよね?」
「それくらいあります。バカにしないでください」
「だったら一々大袈裟なリアクションとるんじゃねぇよ。うるせぇから」
「これが食べたいです!」
不機嫌そうに頬を膨らませていたが、好みのパンを見つけるなり晴れやかな顔へと変わるエリミアス。
この娘のスルースキルは既に達人の領域へと達している。なんて事を思いながら、ルークは適当なパンを三つほど購入する。その際、布袋に突っ込んだ手が震えだしたが、人間とは見に余る大金を手にするとこうなるようだ。
「なんだかいけない事をしている気分になりますね」
「ならねぇよ。そこら辺にいっぱいいんだろ」
ただパンを購入しただけなのだが、エリミアスは嬉しそうに足取りが軽い。
紙袋からパンを取り出し、一つ渡すとルークも早速朝食へと取りかかる。と、横からの視線に気付き、
「なんだよ」
「いえ、そうやって食べるのですね」
「なに、パンの食い方知らねぇの?」
「知っていますよ、もう」
どうやら片手で食べているルークを見ていたらしい。エリミアスは両手で持っていたパンを片手に持ち変え、それから意を決したようにかじりつく。
瞬間、見ているルークにもその幸せが伝わって来た。
「美味しいです……ルーク様、美味しいです!」
「分かったらから大声出すな。パンなんてどこも一緒だろ」
「違います。こうして皆さんと同じように食べる事で、私も同じ味を確かめる事が出来るのですよ」
ルークは呆れぎみに口を開いたが、そんな事ないと首を横に振った。ぎこちない様子でパンをほおばり、エリミアスは歩みを進める。
「私は王の娘ですから、いずれはこの国の民を導かなければなりません。もし戦争が始まれば、今と同じような生活はきっとおくれなくなってしまう」
歩く人々を見るその目は、さきほどまでとは違う。優しく、そして包み込むような慈愛に満ちた瞳だ。
天真爛漫で世間知らずで、城を勝手に抜け出してたまに悪女になるけれど、この少女はアスト王国の姫なのだ。
「私は民とともに歩みたいのです。同じ味を食べて、同じ物を着て、民の横を並んで歩きたいのです。だからこのパンの味は、私にとってはじめの一歩なのです」
「ガキのくせに色々と考えてんだな」
「いつまでも子供ではいられません。甘えて、ただ守ってもらうだけではダメなのです。私もきちんと自分の足で歩かなければ」
多分、この少女はルークよりもずっと大人だ。
それに気付いてなお、ルークは自分の行いや性格を直すつもりはない。最後の一口を口の中へと乱暴に放り込み、
「ガキの仕事は甘えて守られる事だ。そんで、大人になったらその分を貸しつけて返してやりゃ良い」
「でしたら、ルーク様は私を守ってくださるのですか?」
「俺は無理。他人を守るとか助けるとか苦手だし、聞いただけで吐き気がする。自分の事だけで手一杯なんだよ」
「でも、ルーク様が戦う事で、確かに救われている人はいますよ」
立ち止まり、そしてエリミアスは振り返った。風に揺れるフードを片手で押さえ、僅かに見えた口元は微笑んでいた。
「私も、ティアニーズさんも、ルーク様のおかげでこうして生きていられます。ルーク様は自分のためとおっしゃるかもしれませんが、その行いは誰かを救っているのですよ」
「たまたまだ。結果的にそうなってるだけで、俺は誰かを助けたいなんて思った事はない。これから先も一生そんな事思わねぇよ」
「でも、ルーク様が魔王を倒せば、きっとこの世界は救われます。ルーク様がどう思っていようと、その行動は人を救う事となんら変わりはないのです」
「お前うぜぇな、しつけーぞ」
あからさまに嫌な顔をすると、エリミアスは口元を隠して小さく微笑む。それから入りきらないサイズのパンを無理矢理口の中へ押し込み、少しだけ苦しそうな顔をして飲み込んだ。
満足したように二度ほど頷き、
「この味を私に教えてくださったのはルーク様です。そして、私の初めてのデートの相手も……ルーク様ですよ」
「お前それわざとやってんのか? もし天然でやってんだとしたら止めとけ、変な男が寄って来ておっさんに殺されるぞ」
「ふふ、どうでしょうねっ」
一歩踏み出して照れたように上目遣いでルークを見つめ、エリミアスはマントを翻して再び歩き始めた。
少女の思わせ振りな笑顔を見て、ほんの少しだけ胸が高鳴るルークなのであった。
そして、そんな二人のやり取りを見ていた少女が一人いた。
少し離れ路地から顔だけを覗かせ、なにやら楽しそうな二人の様子を訝しむ眼で凝視している。その少女は桃色の髪に指を絡ませ、
「な、なんでルークさんがここに……」
少女の名前はティアニーズ・アレイクドル。
今日は見回りのために町を歩いていたのだが、たまたま大通りに出たところなんとびっくり、見知った顔が誰かと歩いているではないか。
顔は見えないが恐らく女性。
女の勘がそう告げている。
「デート……かな。いやいや、ルークさんに限ってそんな事……ない、よね?」
誰に聞いているのか分からないが、自分に聞いて首を傾けた。怪しい挙動でルークを見つめていると、背後からやって来た金髪の青年がティアニーズの横から顔を出し、
「どうしたんだい? って、あれはルークかな?」
「ト、トワイルさんっ。すみません、勝手な行動をしてしまい」
「いや大丈夫だよ。それより、もしかしてデートかな?」
「トワイルさんもそう思いますか? でも、ルークさんとデートする物好きがいますかね」
なんて事を言いながら、ティアニーズの目はひたすらにルークを追い続けている。
トワイルはその横顔を見て、堪えきれなくなったように吹き出した。
「気になるのかい?」
「い、いえ全然、これっぽっちも気にならないです」
「とか言いつつ、俺の事は見ずにルークの事だけ見てるよね」
「そ、そんな事ありませんけどっ」
慌てて体の向きをトワイルの方へと向ける。が、言葉とは裏腹に、無意識に瞳だけがルークの方へと動き出す。嘘が下手とかそういうレベルではなく、体が嘘をつく事を拒否しているようである。
肩を震わせながら、トワイルは必死に笑いを押し殺し、
「少しあとをつけてみるかい?」
「ダメです。私達は見回りをしないといけまけんから、あの人にかまけている時間はありません」
「ルークは勇者だから、彼の身にもしもの事があったら大変だよね。だから、彼を見守るのも大事な仕事なんじゃないかな?」
「そ、そうですよね! 仕事ですよね!」
食いぎみに答え、ティアニーズは自分に言い聞かせるように呟いた。多分、本人も自分がなにをしたいのか理解していないのだろう。
しかし、トワイルは気付いていながら言わず、それを見守るように微笑んでいる。イケメンの気配りというやつだろう。
トワイル一旦離れ、一緒に行動していた部下に話をつけて戻って来ると、
「さ、それじゃあ行こうか」
「はい! これは仕事ですから、別に誰となにをしているんだろうとか気になってませんから」
「はいはい、早く行かないと見失っちゃうよ」
「そ、それはダメです! 早く行きましょう!」
まるで兄妹である。
こうして、二人はルーク達の追跡を開始したのだった。
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