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五章 王の呪い
五章四話 『小指』
しおりを挟むルークがエリミアスとデートを始めてから二時間ほどが経過した。
休む事なくノンストップで歩き続け、毎度お馴染みの迷子スキルを発動させて迷子になりかけたりと色々あったが、予期していた大事にはならなかった。
広間の大時計で時間を確認すると、そろそろバシレとの約束の時間が迫っていた。ベンチに腰かけ、午前中だというのに一日分の疲労が押し寄せているルーク。だらしなく背もたれに全体重を預け、
「もう満喫しただろ。そろそろ戻るぞ」
「も、もうですかっ? まだまだ行きたいところはありますのに……」
「お前引きこもりのくせに体力あんのな」
「アルブレイルさんに言われて鍛えてますからっ」
隣に座るエリミアスはローブから腕を出して力瘤を見せつけ、得意気に微笑んだ。額に汗が滲んでいるので、疲れていない訳ではないが、それを楽しさが遥かに上回っているだろう。
ルークは疲労を吐き出すように息を吐き、
「行きてぇとこがあんならまた今度にしろ。戻らねぇと、俺がおっさんになに言われるか分かんねぇ」
「きっとお父様はお怒りになるでしょうね」
「分かってんならとっとと戻るぞ」
「残念ですが、約束ですからね。今度はもっともっと色々なところを見て回りましょう!」
そう言って立ち上がり、エリミアスは体をルークの方へと向けた。ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべてはいるが、今の発言はルークにとって嬉しくもなんともないのである。
「今回だけって言っただろ。次は他の奴に頼め」
「私はルーク様と一緒が良いのです。それに、他の方ではお父様が許してくださりません」
「そんなの知らん。俺以外で無理なら諦めて部屋で本でも読んでろ」
「嫌です。そんな事言う人とは一緒に戻りたくありません」
鼻を鳴らしながら顔を逸らし、再び腰を下ろすとエリミアスはベンチにしがみついた。戻らないという意志表明のつもりなのだろうが、端から見ればただの怪しいマントである。
ルークは若干苛つきながら引き剥がそうと手を伸ばすが、
「ルーク様がはいと言うまで私はここを動きません。触ったら叫んでしまいますよ?」
「こんのクソガキが。俺にその程度の脅しが通じるとでも思ってんか」
「フードをとって叫びます。周りの方々は私が姫だと気付き、ルーク様は賊として捕らえられてしまうでしょうね」
「殴りてぇ、めっちゃ殴りてぇ……!」
振り上げた拳をもう片方の手でなんとか押し止め、怒りを静めるために深呼吸。わがままというよりただ面倒くさいだけだが、姫を殴る訳にもいかない。
口角をピクピクと引きつらせ、触る気がないと両手を上げると、
「わーったから戻るぞ」
「では、またご一緒していただけますか?」
「全部終わったらな」
「全部ですか?」
「魔王をぶっ倒したらって事だよ。そのあとでお前が生きてたらまたでかけてやる」
ベンチと融合していた手を離し、エリミアスは勢い良く立ち上がる。そのままルークの目の前まで接近すると、小さく息を吐いてから顔を見上げた。
「でしたらまた一緒にデートが出来ますね。ルーク様が私を守ってくださいますから」
「だから言ってんだろ、俺は守るとか助けるとか苦手なんだよ。お前を守るのは騎士団の連中の仕事だ」
「いえ、ルーク様はきっと私を守ってくださいます。では、約束していただけますか?」
純粋で真っ直ぐな信頼、今の彼女の瞳はそれをルークに押し付けている。嫌な顔をして拒否反応をあからさまに示すが、エリミアスはそれに構わず手を上げて小指を立てた。
「あ?」
「指切りです。お父様と大事な約束をする時は、いつもこうしています」
「なんで俺がそんな乙女ちっくな事しなくちゃいけねぇんだよ」
「やってくださらないのなら戻りません」
その発言によりルークの怒りは限界を迎えた。全力で殴らないにしても、脳天に拳骨額にデコピンはくらわせる。そう思って手を上げたが、エリミアスはその手を強引に掴み、自分の小指をルークの小指に絡ませた。
間抜けな顔をしているルークを他所に、エリミアスは頬を緩ませ、
「はい、これで約束です。破ったら針千本飲まないとダメですからね」
「どこまで身勝手な奴なんだよ、お前」
「姫ですから、多少のわがままは通じると育てられました」
「うぜぇ奴だな。気が済んだんなら戻るぞ、なんか言われんのは俺だし」
「はい、今日は楽しかったです。まだまだ物足りないですが、それはまたの機会にとっておきますねっ」
丁寧に頭を下げたあと、エリミアスは自分の小指を見つめてもう一度微笑んだ。
したくもない約束を一方的に誓わされたが、案外ルークは悪い気分ではなかった。自分と同じで、自分勝手な人間はどちらかと言えば好きだからだ。
こうして、二人は城へと戻るのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何事もなくエリミアスとのデートを済ませたルーク。帰りもこれといった事件もなく、すんなりと城にたどり着く事に成功。
門を通り過ぎて中庭を歩いていると、背後からドタドタと騒がしい足音が近付いて来た。
振り返り、そして迫って来ているのが顔見知りだと気付く。額に汗を滲ませ、なんだか不機嫌そうなティアニーズである。
ティアニーズはルークの前まで行くと足を止め、
「き、奇遇ですね。ルークさんもおでかけの帰りですか?」
「おう。つか、なんでお前そんな汗だくなの」
「へ? 別に汗なんてかいてないですよ、全然焦ってないですよ」
「あ、そう。怪しさ満点だけどな」
両手を鞭のようにしならせ、額を流れる汗を次々と脱ぐっていくティアニーズ。乱れていた呼吸を整え、いつもの表情に戻ると、その視線はルークの横の謎のマントへと移動。
「あの、その方は? 別に気になってなんかいませんけど、お城の中に不審者が入るといけないので」
「……不審者だってよ」
「すみません。私ですよ、ティアニーズさん」
「ひ、姫様!?」
フードをとった瞬間にティアニーズの体がビクリと跳ね上がり、慌てた様子で頭を下げた。
ルークは不審者という言葉がツボに入り、ケタケタと汚い笑い声を上げていた。
「ど、どうしてここに? 城から出ても大丈夫なのですか?」
「今回だけです。お父様から特別に許可をいただいたので。それより、なぜティアニーズさんは私が外に出たと知っているのですか?」
「え、あ、それは……そのええと、ですね……」
「さっき町で二人が歩いているところを見かけたからですよ」
しどろもどろになりながら、なんとか言葉を絞り出そうとするティアニーズ。
すると、その後ろから再び見知った金髪のイケメンが姿を現した。軽く頭を下げ、挙動不審のティアニーズに変わって口を開いた。
「俺達はさっきまで見回りをしていたんです。それで、たまたま帰りがけに二人を見かけたんですよ」
「そうだったのですか。すみません、私がこのような怪しい格好をしていたせいでご迷惑をおかけしてしまい」
「いえ、早とちりをしたのは俺達ですから。姫様は気になさらないでください」
完璧な対応、これぞイケメンの真の実力だと言わんばかりである。人の心をほどく優しい笑顔と、忘れてはならない気遣い。ルークがどれだけ努力しても、このイケメンには届かないだろう。
圧倒的な敗北に眉間にシワを寄せながら、
「つい一週間前まで死にかけてたくせにもう仕事かよ。真面目君は大変だな」
「一応副隊長だからね。メレスさんみたいにサボる訳にもいかないんだ」
「惚れ惚れするくらいに爽やかイケメンだなお前」
「そんな事ないよ。それより、早く中に戻りましょう。俺達も見回りの方向をしないとですし、姫様も王の元へ行きますよね?」
「はい、お父様に戻ったとご報告します」
仕事も出来て容姿も完璧、気遣いと気配りも出来る。それに加えて副隊長という安定した役職と収入。仮に結婚するのなら、これくらい完璧な人間とともになり、一生脛をかじり続けてやるとルークは心に誓った。
四人は揃って城の中へと入ろうとするが、ここでルークはティアニーズの視線に気付く。顔は見ておらず、ルークの小指をただひたすらに凝視していた。
「なんだよ、あげねぇぞ」
「小指なんて貰っても嬉しくありませよ。そんな悪党みたいな事はしません」
「だったらなんで俺の小指見つめてんだよ」
「え、そ、それはですね……そうです、ルークさんの小指が綺麗だなぁって」
「小指が綺麗って……お前気持ちわりぃぞ」
「な、気持ち悪くありません!」
女子はなんでもかんでも可愛いというので、恐らくその類いのものだろう。なんて検討違いの事を考えるルークは、当然ながらほぼ最初から尾行されていた事に気付いていない。勿論、ティアニーズの視線の意味にも。
ティアニーズはプンスカと怒りを露にし、肩で風を切りながらズカズカと歩いて行ってしまった。
なんのこっちゃ分からずに首を傾げてその背中を見ていると、トワイルが小声で話しかけてきた。
「女の子っていうのは難しいよね。特にティアニーズみたいに自分の素直になれない子は。……いや、自分の気持ちに気付いていない子は、かな」
「なんの事だよ、アイツ素直な方だろ。言いたい事言うし、きたねぇ手使って俺を王都まで連れて行こうとするし」
「そういう事を言っているんじゃないんだけどね。ま、俺は見守る事にするよ」
「一々そのイケメンスマイルを振り撒くんじゃねぇよ。俺が女だったら惚れてんぞ」
「あははは、それは困るね。俺はルークみたいな女の子をきっと苦手だから」
全てを理解して高みの見物、そんなトワイルの態度が気に入らずに、良く分からない暴言を口にするルーク。
トワイルはそれを適当に対応し、三人はティアニーズに続いて城へと歩き出した。
城への中へと入ると、玄関ホールでみたび見知った顔が立っていた。緑色の髪の男はルークの顔を見るなり手を上げ、待っていましたという様子で駆け寄って来た。
「やぁ、探したよ。王がここで待っていれば会えるって言っていたけど、タイミングバッチリだね」
「えーと、緑眼鏡」
「ミール。一応隊長だから僕の名前は覚えといてくれ。その呼び方だと緑色の眼鏡になっちゃうから」
「へいへい。そんで、俺になんか用っすか?」
「あぁ、トワイル君、ティアニーズ、そしてルーク。君達に大事な話しがあるんだ」
ミールに名前を呼ばれ、荒ぶっていたティアニーズが姿勢を正す。
そして、唯一呼ばれていないエリミアスは事情を察したのか、
「では、私は先に部屋へ戻っていますね。大事なお話のようなので」
「王には俺から戻ったと伝えておきます。姫様はゆっくりとお休みになってください」
「はい、ありがとうございます。それではまた」
全員に頭を下げ、エリミアスは嫌に素直な様子でその場を去っていった。好奇心旺盛な彼女なら聞きたがりそうなものだが、自分が踏み込んで良い領域とダメな領域をわきまえているのだろうか。
「そんで、俺達に用ってなんすか?」
「用があるのは僕じゃなくて王なんだけどね。まぁ、ここで要件だけを伝えておくよ」
エリミアスの背中を見送り、見えなくなったところでミールは中指で眼鏡を押し上げた。
眼鏡に光が反射して瞳が見えないので、なんだか悪の科学者みたいである。なんて呑気な事を考えていたルークだが、次の一言で気持ちを切り替える事となる。
「君達に王直々の任務だ。南のサルマに行ってもらいたい」
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