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第3話 奴隷戦士

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「お待たせー、もう入っていいわよ」

 着替え終わった私は部屋の外で待つ男性を部屋に招き入れた。

「親衛隊中隊長、入ります」

 ガシャッ、ガシャッ。
 帯刀し鎧帷子を身に着けた軍人さんが入ってきて私に一礼する。

「あ、悪いけどあなたはちょっと退室しててくれる? この軍人さんとめんどうな話があるから」

 めんどうな国家機密にこれ以上侍女のメイド猫さんを晒すのはまずいので下がらせた。

「わかりました。失礼します姫様、中隊長閣下」

 ガシャッ、ガシャン、ガシャッ。
 そんな彼女に律儀にも軍人はくるっとその場で向き直し靴をカッと鳴らし頭を下げた。鎧と剣が触れ合う音がうるさいからよくわかる。そしてまたくるっと私に向き直すと言った。

「王女殿下に用件があって参りました」
「貴方ねー、別にそう畏まらなくて良いっていつも言ってるでしょ。侍女の子達はいちいち入退室の礼などしてないわよ。まどろっこしいから」
「自分は親衛隊中隊長なので他の者の模範になるべく努めております」
「模範ねー。なら私の妹にも言ってくれない? 王家の娘が村娘みたいに好きな男の子とこっそり会って、やれ、彼と結婚するー、親が決めた結婚は嫌だー、とかは許されないってね。婚約解消をお父様に進言するこっちの身も考えてって」
「そのことで自分は参りました。王女殿下、それでは本当にジハール王子との婚約破棄を受け入れるおつもりですか? 国王陛下にはどう説明されるおつもりで? 事の次第では隣国と戦争になるやもしれません」
「あら、婚約破棄についてもう知ってるのね。さすがはプロの諜報員ってとこかしら。でも、奴隷犬士さんはすぐ戦争に結びつけたがるのだから困るわ。大丈夫よ、私から解消を申し出て、この上なく女性思いで優しい王子には引き止められたけど、丁重にお断りしたとでも言うから」

 奴隷犬士とは、亜人であるイエイヌ族の少年奴隷に子供のうちから武術を教え込み、主人に絶対忠誠を誓う戦士となった人たちで、奴隷身分の軍人さんのことを言う。奴隷と言っても彼らは戦闘のエキスパートで、エリート軍人と見なされ、軍隊では高い地位に就いている。

「しかし、それではあまりにも王女殿下が不憫です。自分は扉越しに聞いていましたが、あのジハール王子とやらの喉笛を食いちぎってやりたくなりました」
「あなたねえ、いくらイエイヌ族の人の耳が良くても王族の会話を盗み聞きするのは関心しないわよ」
「すみません、出過ぎた真似を……」

 この、私に叱られてうなだれてる男性はシャジャル・マル厶ーズ。イエイヌ族の人は普通の人間とあまり見た目は変わらないけど、お尻には尻尾がついていて、頭の上の犬耳は聴覚が鋭い。彼も元は少年奴隷だったから詳しい年齢は不明だけど、私が生まれる前は母に仕えていたから、たぶん30代ぐらいだと思う。曲刀の使い手としては王国でも名が知られていて、今では王族を守る親衛隊の中隊長だ。

「私の味方をしてくれるのは嬉しいけど王宮内に敵を作ることになるわよ。中隊長の身分で一生終えるのは嫌でしょ?」
「王女殿下のためとあらば一兵卒に身を落とす所存です」

 なんて彼はお人好しなのかしら。私に恩を売っても仕方ないというのに。

「ひとまず国へ帰ることにするわ。シャジャルも軍事関連の調査終わったでしょ? 城壁の高さとか門の位置、あとは駐屯する軍隊の規模だっけ」
「ええ、その点は抜かりありません。常に隣国との戦争に備えるのが軍人の本分でありますから。この国の城壁は日干しレンガに木の骨組みを入れただけです。厚みはありますからバリスタやカタパルトに耐えられても大型のトレビュシェット投石機には耐えられないでしょう」
「へー、そう。何か観光とかはした?」

 壁の厚さやら投石機の種類には全く興味が無かったので話題を変えることにした。

「裏通りを見てきました。国王へ恨み辛みを述べる連中や金次第で協力者になりそうなゴロツキ共と夕食を共にしたり、実りある旅行でした」

 それは全然観光ではないと思う。彼はエリート軍人だし性格も真面目だからモテると思うんだけど本人にその気がないのかしら……。ちょっと待って、軍人さんの一部は男社会の中に生きているから男色に走る人もいると聞く。これはぜひかまをかけてみないと。

「もっとこう、女の子たちと行くような眺めの良い丘に建つ塔や水が吹き上がる公園とかに行ったらどうなの。ここに来てからこの国の女の子と話した? あなたも良い歳なんだからそろそろ身を固めないと。誰か良い女性いないの?」
「い、いえ、自分は戦うことしか能がない戦奴の身。そのような色恋沙汰とは無縁ですので伴侶をとるつもりはありません。その代わりに少年奴隷達を買い帝国に仕えさせる犬士として育成しています」
「若い男の子が好きなわけじゃないわよね?」
「違います! 自分にはそのような趣味は──! はっ。失礼しました。つい大きな声を……」
「ならどんな女の子がタイプなのよ、言ってご覧なさい」
「お、王女殿下にはそのようなことをもうしあげるわけには……」
「私の命令なのよ。奴隷犬士は主人に絶対忠誠を誓うんじゃなかったかしら?」
「ぐぬぬ……。で、では、申し上げますが、自分がお慕いするのは──」

 トントントン。
 扉を叩く音がした。

「失礼します。お食事の用意ができましたがジハール王子と一緒にお召し上がりになられますか? それともお部屋にお持ちしましょうか」

 シャジャルをからかっていると料理係を担当しているメイド猫の子に扉越しに声をかけられた。

「ああ、悪いけどこの部屋に持ってきてくれるかしら。あの王子とは金輪際一緒に食べることはないから。そうそう、明日の朝、朝食より前に国へ帰るから夕食が済んだら私の食器は全部しまっていいわ」
 
 暗殺を警戒して、毒の検知と優雅さのために王族は自分用の銀の食器を旅行先でも持ち歩く。料理も自国から連れて来た信頼のおける者に作らせるのが普通だ。

「かしこまりました。お食事はすぐにお持ちします」
「お願いねー。えーっと、なんの話をしてたかしら」
「お、王女殿下! 自分も明日の帰国に備えて警備計画や装備の点検があるのでこれで! 親衛隊中隊長、帰ります!」
 ガシャガシャガシャと騒がしく鎧を鳴らしながら彼は出ていった。
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