馬に蹴られても死んでなんてやらない【年下αの魔性のΩ略奪計画】

水沢緋衣名

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第八章

第二話☆

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「なんか例の地上げ屋、結構色々やって回ってるみたいでさ、回覧板で注意喚起が回って来たよ」
 
 
 俺の部屋に来た操さんは、桃色の襦袢姿で布団の上に転がる。
 先日事務所で話を聞いた時より、状況は悪化の一路を辿っていた様だ。
 今日アルバイトの綾乃ちゃんから聞いた話によれば、地上げ屋の嫌がらせによって、お花屋さんが長期休業を余儀なくされた。
 お店のシャッターに如何わしい事が書かれた紙が、張り巡らされていたらしい。
 そのうちダンプカーか何かで何処かの店に突っ込んだという様な、古典的な話を聞いても驚かないなと思う。
 心なしか操さんは、何時もの元気が無いように見えた。
 
 
「…………少し落ち込んでたりしますか??操さん今日静かだなって」
 
 
 俺がそう問いかけると操さんは頬を膨らませる。
 そして俺に飛び掛かる様に抱き付いて、俺の耳を淡く噛んだ。
 
 
「何それぇ!!!それじゃあ俺が普段、五月蝿いみたいじゃないぃ!?!?」
「違いますよ!!五月蝿いだなんて思ってませんよ!!寂しいって思ったんです!!」
 
 
 二人で子供みたいにじゃれ合いながら、布団の上に転がる。
 そのうち啄ばむ様なキスをして、段々それが舌を絡ませる深いキスに変わってゆく。
 笑い声も気が付いたら、吐息に切り替わっていた。
 操さんは俺に身体を預けて、心地良さそうな表情をしている。
 この人はやっぱり、穏やかな表情を浮かべている方が良い。
 操さんは俺の手を引き寄せて自らの口元に近付ける。俺の指を口に含んで舌を絡ませながら、誘う様に囁いた。
 
 
「……………じゃあ、虎ちゃんが俺のこと励ましてよ…………何時もの俺に戻してぇ………??」
 
 
 甘える操さんに微笑みかけて、口内に入れられた指を動かす。
 時折操さんが俺に悪戯でするように、上口蓋を優しく指で撫で上げる。
 口の中にも感じる所がある事は、操さんとのセックスで俺は知ったのだ。
 すると操さんは目を潤ませて悩まし気に声を漏らす。
 操さんの余裕のなさそうな目元が、俺には愛しくて仕方なかった。
 
 
「んぁ…………ぁっ…………!!」
「ふふっ、操さん可愛い…………」
 
 
 操さんの身体を抱き上げて、腰紐を慣れた手付きで解いてゆく。
 俺と向かい合うような体勢になった操さんは、顔を真っ赤に染め上げて目を逸らした。
 
 
「…………虎ちゃんさぁ、ちょっとエッチになった………」
「ああじゃあ俺、アンタ好みの攻め方ちゃんと覚えてますか?」
 
 
 操さんの顔を自分の方に向け、悪戯っぽいキスをする。
 呆れた表情を浮かべた操さんは溜め息を吐きながらも、満更じゃない様子で舌を絡ませた。
 我ながら操さんの事が掛かると全ての事に勤勉である。いやらしい事ばかりではなく仕事の事も同じだ。
 操さんは俺の人生における、原動力と言っても過言では無い。
 
 
「あっ………キス、してぇ………もっと、おねがい…………」
「操さんキス好きですね………可愛い………」
 
 
 向かい合うような体勢で身体を繋げ、何度もキスを繰り返す。
 最近の操さんは俺に昔よりも、もっと素直に甘える様になった。
 最初の頃の『ただセックスがしたいだけ』の状態から、大分変化した様に思う。
 ちゃんと人として甘えてくれている様な、そんな気がする。
 それに愛していると囁いた時の返事の仕方が変わった。
 
 
「…………ねぇ操さん、愛してるよ………」
 
 
 甘い言葉を耳元で囁きながら、華奢な体を布団に寝かせる。
 脚を拡げて操さんの中へと俺の自身を更に埋め込む。
 操さんは達しながら身体を震わせて、性器から白濁を滲ませた。
 
 
「ありがと…………」
 
 
 確実に俺と操さんの関係性が大きく変化している。
 それが如実によく解るからこそ、例の男が今更帰ってくる事が怖い。
 操さんの幸せの事を考えれば、白魚の様な手を自ら放して、身を引く事位簡単だと思っていた。
 でも今の俺は操さんを失う事も、この日々を失くすことも怖いと思う。
 俺は自分自身の弱さを、心の底から情けないと感じていた。
 
 
***
 
 
 地上げ屋の話が対岸の火事では無くなったのは、それから約三日目の事だった。
 嘉生館のロビーに派手なスーツを身に纏った男が二人、アタッシュケースを手にしてやってきた。
 髪をオールバックにして肌を浅黒く焼いた、薄い茶色の色眼鏡の男。そして真っ赤な髪で登り龍の刺繍のスカジャンの男。
 随分柄の悪い客が来たとフロントに立ちながら俺は思う。
 彼らは俺を見るなりニヤニヤと笑い、こっちに向かって歩み寄る。色眼鏡の男は俺に向かって問いかけた。
 
 
「なぁ兄ちゃん。此処の女将さんは今何処にいんだい??ちょっとばかり用があるんだよ」
「…………女将には、どのような用件で………」
 
 
 この男、どう見たって怪しい。そう思いながら警戒心を剥き出しにして言葉を返す。
 すると俺の言葉に対して、真っ赤な髪の男が食って掛かって来た。
 
 
「………テメェ、随分舐めた口をアニキにきくなぁ………!?!?」
 
 
 久しぶりに聞いた血の気の多い啖呵の切り方に、うっかり昔の血が騒ぐ。
 俺は赤髪の男を睨み付け、聞こえる様に舌を打った。
 
 
「ア”ァ”!?!?何だゴラァ、テメェ!!」
 
 
 俺がそういうと色眼鏡の男が口笛を吹く。
 今にも飛び掛かってきそうな様子の赤髪の男と、俺の間に彼は立つ。
 彼は飄々とした様子で笑い、俺の目をじっと見た。
 
 
「へぇー??お兄ちゃん随分威勢がいいなぁ。気に入ったよ。
でもなぁ、俺こう見えて実は操とは、割と昔からの馴染みでさぁ………。
天蠍迅てんけつじんが来てるって言ってくれ。龍二と一緒に」
 
 
 操さんの名前を出された瞬間に、俺は動きを止める。そして改めて色眼鏡の男の顔を見た。
 こんな柄の明らかに悪い男と、操さんに接点があるなんて意外だ。
 けれど、操さんが暮らしていた小さな家から出てきたものは、彼岸花と餓者髑髏の派手な刺繍の着物だ。
 操さんにはもしかしたら、悪そうな人間との接点があるのかもしれない。
 
 
「…………失礼しました。少々お待ちください」
 
 
 怒りを堪えて事務所のドアを開けば、赤い椿の柄の着物を着た操さんと目が合う。
 俺は身体中から沸き上がる苛立ちを抑え、操さんに報告をした。
 
 
「……………天蠍って人が来てます」
 
 
 操さんは天蠍の名を聞いた瞬間に、表情を凍らせ慌てて事務所の外に出る。
 この瞬間、本当にさっきの男達と操さんには、接点がある事を理解した。
 フロントで操さんと柄の悪い男二人が対峙する。
 佐京と侑京を連れてロビーに入って来た林さんは、血相を変え二人を連れてまた外に出た。
 操さんは悪ガキ二人が離れてゆくのを見て、ゆっくりと口を開く。
 そして今まで聞いた事も無い位に、冷ややかな口調でこう言った。
 
 
「…………久しぶりじゃん。アンタら今更何の用??」
 
 
 凄む操さんに向かって天蠍が笑う。緊迫した空気の中で、二人は見つめ合っている。
 二人の関係性も俺には解らない。それにどういう人間関係なのかも知らない。
 けれど、今目の前にいる男二人が、良くない人間な事は解る。
 
 
「…………ちょっと提案に来たんだよ。お前にさぁ…………。この場所から立ち退けよ。
新しい時代の風ってヤツを、この古クセェ旅館にも吹かせてやりてぇと思ってよォ………!?!?」
 
 
 天蠍はそう言いながら、アタッシュケースの中から何やら紙を出す。
 其処に書いてあった文字は『温泉町再開発事業企画書』というものだった。
 まるでテーマパークみたいな温泉施設の案と、想像図。それをカウンターの上の叩き付けた。
 
 
 コイツ等、例の地上げ屋だ。なんで操さんは地上げ屋の連中なんかと顔見知りなんだ?
 
 
「…………アンタ、よく嘉生館の敷居を跨げたね??
誠治さんがアンタらの事見限ったの、本当によく解るわぁ………。アンタら、昔と違わずサイッテー!!!」
 
 
 誠治さんという聞き慣れない名前を、操さんは口にする。
 すると天蠍はゲラゲラと下品に笑い、捲し立てるかの様に語りだした。
 
 
「操ォ!!テメェ相変わらず誠さんの影、追いかけ回してんのかよォ!?!?
あの人が守ろうとしてた町なんてよォ、もうとっくの昔に時代遅れなんだよ!!
古臭い街並み後生大事に守るより、新しいもん取り入れた方が良いんだよ!!!
時代は移り変わるんだ!!少しは学べよなァ!?!?」
「………他の人間がなんて言おうと、嘉生館は俺にとっては命より大事なもんなんだよ!!!
絶対に渡す訳ないだろ………!?!?嘉生館がなくなる時は、俺が死ぬ時って決めてんだ………!!!」
 
 
 煽られた操さんは目を見開き、声を荒げて怒鳴る。
 不機嫌そうな顔だって、悲しそうな顔だって、今まで操さんの沢山の顔を見てきた。
 けれどこんなに憎しみを表情に出した操さんを、初めてみたのだ。
 天蠍は馬鹿にした様に操さんを笑い、アタッシュケースを閉める。そしてトンでもない事実を口にした。
 
 
「やっぱりΩってやつは、身体売る以外の才がねェ生き物なんだなぁ??
……………Ω風俗で大成出来ても、こういう仕事の経営はお前、やっぱり向いてねぇょ…………」
 
 
 Ω風俗という単語に俺は思わず固まる。そんなの聞いてない。知らない。初めて聞いた。
 けれど言われてみれば最中の操さんは、自棄に行為にこなれていた。
 
 
 そうか、操さん、プロだった事があるのか………。そりゃあ色々上手い筈だ………。
 
 
 俺の心の中で様々な辻褄が合い、操さんの隣で思考停止する。
 操さんは開き直った様子で天蠍を睨み付けていた。
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