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第一話

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 こんなにセックスすることになるなんて、夢にも思っちゃいなかった。
 一日のうちに射精8回なんて、最高記録にも程がある。
 俺だけで八回もしているんだから、夏樹の身体は流石にボロボロだ。
 汗だくの身体の儘でシーツの上で寝転がり、まだ起き上がれないでいる夏樹を見ている。
 正直俺ももう限界でベッドに突っ伏していた。
 
 
「お前等起き上がれるようになったら俺接待で呑みに行くから、ホテル解散で悪いな!」
 
 
 榊さんがそう言いながらシャワールームに消えてゆくのを、夏樹と化物を見るかのような目で笑う。
 20の若者が二人揃って伸びているのに、筋骨粒々のセレブ親父は脚を震わせることなく歩き出す。
 一体どんな体力してんだと思いながら、思わず声に出して笑った。
 
 
 身体が酷く怠いけれど、久しぶりに質の良い快楽に溺れた気がする。彼とはまた寝たいと正直本気で思う。
 すると夏樹が俺の耳元に近付き、甘い声色でそっと囁いた。
 
 
「………後で連絡先交換しよ?……ハマっちゃったかも、君のセックス………」
 
 
 思ってるより大胆で、目的が直接的なお誘いに思わず驚いて言葉を失う。俺好みの声で囁かれるやらしい誘いは最高に駆り立てられる。
 この時俺は余りの衝撃に、また起ちそうな位に興奮してしまっていた。
 
 
「ハイ、喜んで………!!」
 
 
 居酒屋の注文じゃないんだからと、自分に自分で突っ込みを入れる。
 怠い身体を起き上がらせれば、夏樹が俺を見て想像出来ない位の満面の笑みを浮かべた。
 
 
「じゃー、この後二人でご飯たべよ!お腹へった!!」
 
 
 そう言いながら身体を無理矢理起き上がらせる夏樹は、その辺にいる普通の男の子のように振る舞う。
 その夏樹の方が魅力的に見えて、俺は思わず微笑んだ。
 
 
「あ、そういや俺君の名前覚えてないからさ、後で教えてよ!改めて!」
「やっぱ覚えて無かったな?そんな気がしてた!」
 
 
 フラフラ動く夏樹の身体を支えて、シャワールームの方へと向かう。
 そんな俺たちの姿を見ながら、榊さんが揶揄するように笑った。
 
 
「お前ら大分もう仲良いじゃねぇかよ!」
 
 
 榊さんに笑みを返しながら、シャワールームの中に夏樹を連れ込む。
 それから榊さんにはバレないように、コッソリ唇を重ね合わせた。
 長時間触れていたいなんて人は初めてだし、この感じだと彼も全く同じに違いない。
 すると立つのもやっとの状態の夏樹が、ククっと小さく笑った。
 
 
「だめ、キスきもちいいから、腰砕けちゃう」
 
 
 空蘭さんそっくりな声で囁かれると、思わず背筋がゾクリと震える。
 この時に俺は内心、めちゃくちゃツイているとさえ思っていた。
 多分この子は上手く口説けば、簡単にセックスさせてくれる。パーフェクト俺好みのルックスに、淫乱で感度の良い体。
 
 
 どうしてか音楽に関してだけは俺は一切ツイていなかったが、セックスに関してばかりは何時もツイている。
 正直セックスにツイていたって嬉しいけれど、それでもやっぱり我に返ればこう思うのだ。
 最高の音楽がこの手の中で仕上がった時の快楽は、どんなセックスにも勝てない。
 それを改めて空蘭さんによく似た声色の男を抱いて、確信してしまった自分がいた。
 
 
「………どうしたの??」
 
 
 ほんの少しだけ空蘭さんより低い声色が、俺の胸の中にすとんと落ちてゆく。
 ああ、今俺は笑っていなかったんだろう。音楽の事なんて考えてちゃいけない。
 もうあれは終わった話だ。過去だ。過去の事なんだ。
 そう自分に言い聞かせながら、夏樹に向かって微笑んだ。
 
 
「え、何でもない。おなか減っちゃって、真顔になっちゃった!!」
 
 
 夏樹のすべすべした身体をシャワーで流していきながら、懸命に音楽の事を考えないようにする。
 そして人生で一番満たされていた時の、自分の姿を懐かしく思った。
 
***
 
 榊さんから貰ったお小遣いを資本金として、高い個室の焼肉屋に転がり込む。
 高い霜降りの牛肉を網の上で炙りながら、ひたすら二人で色気もなく白いご飯をかっ喰らう。
 夏樹は昨日とは打って変わって、全く別人のような様子で食事を平らげていく。
 その様を横目に見ながら、俺は思わずこう言った。
 
 
「なぁ、アンタ昨日大分猫被ってたろ?」
 
 
 夏樹は悪戯っぽく笑い、わざとらしく首を傾げる。
 あざとい動作がとても可愛らしくて、この男は嘸かし店で売れているだろうと思った。
 
 
「バレちゃったかー!!……まぁ、俺こんな姿家族にも見せないけどね」
 
 
 夏樹がそう言いながら更に豪快にビールに口を付ける。
 昨日はあんなにしおらしくしながら烏龍茶なんて飲んでいた癖に、今日は大ジョッキだ。
 こいつ本当は結構酒を飲むんだなぁと思い、レモンサワーを口にする。
 でも表情豊かに笑う夏樹の方が、気取った優等生の夏樹寄りずっと素敵だった。
 
 
「……他の人に見せない顔、俺に見せちゃって良いの?」
 
 
 俺がそう言いながらクスクス笑えば、頬を赤く染めた夏樹が俺の目を覗き込みながらこう言った。
 
 
「だって、お互い一番恥ずかしい顔知っちゃっただろ……??じゃあ、もう隠す必要なくない?」
「まぁそうだね、俺も大分恥ずかしい顔晒したと思うし……」
 
 
 そう言いながら二人で、誰にも言えない秘密の時間を共有し合う。
 まさか同じ大学の上に身体を売っていたなんて、中々こんな風には出会えない。
 一体どういう偶然が重なったなら、こんな事が起きるのだろうか。
 急に夏樹が何かを思いついたかのような表情を浮かべ、俺の方をじっと見つめる。
 大分もう顔も身体も真っ赤になってしまっている。
 酔っぱらって座った目の夏樹が俺にこう言いだした。
 
 
「……あのさ、大学で俺浮いてんだけどさぁ…………」
 
 
 そう言われた瞬間に思わず、飲んでいたレモンサワーを吹き出しそうになる。
 夏樹は近寄りがたい。高嶺の花とでもいうのだろうか、彼は他の人とは一段上の所にいる。
 ルックスも良くて頭も良い。俺でさえこんな事が無ければ、夏樹の事は観賞用という感想で終わっている筈だった。
 声を掛けようと思う人間の方が正直稀な気がする。
 
 
「あーね」
 
 
 思わずそう返事を返せば、露骨に夏樹が寂しそうな表情を浮かべる。
 その時に俺は良くない事を口走ったと慌てた。
 
 
「や、ほら!!やっぱ首席だしさ、アンタ美人だし!?」
 
 
 しどろもどろの言い訳を口にすれば、夏樹が不機嫌そうな雰囲気を醸し出す。
 ほんの少しだけ呆れたような顔をしてから、形のいい唇からぽそりととある言葉を落とした。
 
 
「じゃあさぁ、君が学校で俺と一緒にいてよ。いいでしょ?
ってか、君も俺と同じタイプなのかなって思ったから………。学校で誰にも心開いてない人」
 
 
 同じタイプ。そう言われた瞬間に、思わず図星を突かれた気がする。
 固まったままの俺に対して更に夏樹が畳みかけた。
 
 
「ね?いいじゃん。俺たち同業者だしさぁ……。そんでたまにセックスしよ?」
 
 
 セックスの話は置いておいて、正直その提案は魅力的だった。
 自分の心の内を長らく晒してこないままで、あの大学に居続けてしまった気がしている。
 この男なら俺の裏側の顔を隠す必要が無いのだ。
 
 
「………おっしゃ、それなら乗った!!!」
 
 
 下世話な話になった瞬間に思いっ切り冗談めかしてそれに乗る。
 すると夏樹は昨日とは全く違う、全力投球の笑みを浮かべて転げた。
 二人で一頻り笑い合った後に、俺は思わず夏樹に問いかける。
 俺は夏樹に関してだけは、これだけはとても気になっていたのだ。
 
 
「あのさぁ、なんでアンタ売り始めたの?」
 
 
 この綺麗で品のいい子が何故、今こんな風にしているのだろうか。
 心からそれが疑問で仕方なかった。
 俺の言葉に対して夏樹の表情が冷たくなる。整った顔立ちが故に何だかとても怖く感じたのだ。
 肉の焼ける音だけが沈黙の中で響いている。
 夏樹は悲しそうな眼差しを浮かべてから、冗談めかした様子で笑った。
 
 
「………ま、色々ありまして?大事なもの失くしたからちょっと?」
 
 
 そう言いながらビールジョッキを手にして、残りのビールを豪快に煽る。
 俺もレモンサワーに口を付けながら小さく囁いた。
 
 
「…………あー、まあ、俺もだわ」
 
 
 夏樹に合わせて俺も一気にレモンサワーを飲み干せば、目の前にいる夏樹が安心した表情を浮かべた。
 
 
「まー、そんなもんですヨネ」
 
 
 空になったジョッキをテーブルに叩き付けて、小さく頷く。
 すると顔を真っ赤にした夏樹が、テーブルに突っ伏してこう言った。
 
 
「今日さぁ……一緒にどっか泊まらない?なんかまだ誰かと一緒に居たい、かも」
 
 
 この寂しそうな表情はきっと作った顔ではないだろう。
 それに俺も何となくこの時ばかりは、一人になりたくないと思っていた。
 
 
「…………いいよ。じゃあ、俺んちおいで」
 
 
 今此処で一人になってしまったなら、きっと空蘭さんの事を調べてしまう。
 そう思ったら一人になる訳にはいかないと思った。
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