アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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異変

24.触れるもの

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 無言のまま宿へ戻り、部屋に足を踏み入れる。
 すると気が抜けたのか途端に体が重くなった。遺跡では時々ぐらつく程度だった視界がぐらぐらと揺れ始めて、さほど時間を置かずに足元がふらついてくる。
「……ッ」
 どんどん大きくなる景色の揺れ。
 立っている感覚がなくなり、支えを求めて近くの椅子に手を伸ばす。けれどその手のひらは背もたれを掴みきれないまま空を切って、余計に大きな音を立てて床に座り込む羽目になってしまった。
「ハーファ!? 大丈夫か!?」
 慌てた様子の声が話しかけてくる。
 原因は分かりきっているから、余計な心配はかけたくなかったのに。ちっとも上手くいかない。
「だい、じょぶ……久々に【眼】使いまくったから疲れただけ」
 少し視界が落ち着いて顔を上げると、眉をハの字に下げたリレイがハーファを見ていた。
 
 優しく背をさすってくれる手があたたかい。その温度が体の重さを和らげてくれる、魔法の手。
「無理させてたんだな……! イチェストの援護に頼って連携出来なかったから」
 あんな大物と戦ったんだから、多少の無理をする事だってある。
 少し前のハーファならとっくに倒れてたかもしれないけれど。リレイが訓練に付き合ってくれたお陰で、無事に戦いきって宿屋に戻って来れた。
 けれど相棒は顔を歪めて唇を噛む。その様子に思わず手が伸びて、瞳と同じ薄い茶色の髪にそっと指を通した。
 少し面食らったような表情がハーファを見るけれど、構わずにゆっくりと頭を撫でる。そういえばリレイはいつも頭を撫でてくれるのに、自分から撫でるのは初めてかもしれない。
「リレイのせいじゃない。あとは寝るだけだから平気。今日はお疲れ……おやすみ……」
 少しだけ満たされた気分になって、座り込んでいた足に力が入った。立って動ける。後はベッドにさえ辿り着ければどうとでもなる。

 ゆっくりと足を動かして、何とか木の簡素なベッドの縁に腰掛けた。寝巻きに着替えるのは無理だけど、上着を脱ぐくらいは出来そうだ。
 防具を外して、もたつきながら上着を脱いだ時。ふと頭上に影が落ちた。
「ハーファ」
 目の前にはやけに神妙な顔の相棒。脱いだ防具や上着を持ってかれたと思えば椅子にかけてくれる。礼を言おうとする前に、その体は膝の上に乗ってきて。
「? なに、ん、ぅ……?」
 どうしたって尋ねようと開いた口が、リレイの唇で塞がれた。何度も軽く離れては触れて、そこから温かいものが流れ込んでくる。
 魔力だ。
 最近は【眼】の使いすぎも減って、何とか世話にならずに済んでいたのに。
「そのままじゃ疲労の回復だけで一晩使いきるぞ。少し多めに分けてやる」
 そう言って、リレイの手がハーファの頬を捕らえる。優しく触れる、少し硬さのある柔らかい感触。いつもより多く注がれる温かいもの。
 頭では申し訳ないと思っているけれど、それがどうしようもなく心地よくて。
「んぁ……ぅ……」
 手が勝手にリレイの背中へ回った。そのまま這いつくばるように背筋を辿って、その後頭部を捕まえる。
 
 少しでも広く重ねて、少しでも多く。
 まるで飢えた動物みたいだ。敏感に相棒から流れてくる魔力の気配を追って、本能のまま合わせた口を食む。
 長すぎるとか、いい加減離してやらないと……とか。思うことは沢山あったけれど。ぼんやりとした頭は何も考えられなくなっていた。ただただ心地いい今の状態に溺れて、離れるどころかしがみつている。
 ……無我夢中に触れすぎたのか、少しくるしい。
 息を吸おうと少しだけ広く口を開けると、ぬるりとした感触が口の中を撫でた。
「ん……ふぅっ!?」
 感じた事のない違和感に少し飛び上がる。反射的に体を離すと、リレイの赤い舌が目に入った。
 まさか、さっきの違和感は。
「あ。舌……入れるぞ」
 ハーファの予想した通りの言葉と共に、リレイの鼻先が触れてくる。
 なんで。
 今まではそんな事してこなかった。触れるだけだったのに。それがどうして急に。
「い、入れたの間違いだろ!? 何のつもりだよ急にっ」
 混乱で涙目になりながら睨むと相棒はそろりと視線を外す。しばらく沈黙して、ぽつりと。
「……この方が一気に魔力を渡せる」
「そう言えばいいと思って!」
 相棒は他人をからかって反応を楽しむ癖があるのをハーファは知っている。そう簡単に納得してやるものかと力一杯押し戻した。
 
 けれど、疲労が溜まった腕の力じゃビクともしない。
「嘘じゃない。早く楽にしてやりたいんだ」
 そんな優しい声で囁くなんて卑怯だ。ただでさえ力の入らない体が、ぎゅうっと抱きしめられて余計に脱力していく。
「頼む。口を開けてくれ、ハーファ」
 温かい手が頬を両手で包んで、必死に眉間に寄せた皺が緩んでいく。じっと見つめられて、その目から視線が外せなくなる。
 ぼうっとする頭が考え事を放棄して、体は素直にリレイの言葉に従い始めてしまった。
「いい子だ」
 恐る恐る口を開けると、そんな声と一緒にリレイの舌がそっと滑り込んでくる。柔らかい感触が口の中を撫でて、ぞくぞくと背筋を上がってくる痺れのような感覚に思わず相棒の服を握りしめた。
 

 ――それは、しばらく続いて。
 息の仕方が分からなくて、少しの隙間で必死に息を吸う。それでも相棒は容赦なく口の中を舌で撫で回してきて、また苦しくなる。
 体があつい。リレイの熱で溶けてるみたいだ。
「……もう大丈夫だな」
「ふ、ぁ……」
 必死で抱きついていた温度からそっと引き剥がされ、酸欠でくらくらする頭のまま相棒を見る。いつの間にか唾液がこぼれていた口の端を舐められて、少しだけ現実に意識が追いついてきた。
 どう考えても、いつものとは違う。
 必死になりすぎて疲れた。
 ちゃんと回復したのかイマイチよく分からない。
 やっぱりからかわれたんじゃないだろうかと悶々とし始めた頃、リレイが顔を覗き込んできた。
「急に悪かった。ちゃんと動けるか?」
 そう言われて、手のひらを握ったり開いたりしてみる。握力は戻ってきたらしい。
 少し離れて、腕を動かしてみる。動けなくなった時みたいな酷く鈍い重さはない。
「んん……大丈夫。すげぇ体軽くなった」
 むしろいつもより軽いくらいの様な気もする。魔力というのは恐ろしい。
「よかった。これでゆっくり眠れるはずだ」
 満足そうに微笑む綺麗な顔に、思わず目を逸らす。
 ……ごめん、めちゃくちゃ疑ってた……。
 半ば本気でかわれているのではないかと考えてしまった己を恥じている間に、リレイは膝の上から降りていってしまった。

 外套を脱いで、寝る身支度を始めた相棒の背中をじっと見つめる。さっきの今のせいだろうか。何だか無性に寂しさが湧いてきてしまって。
 思わず、荷物を持って前を横切った背中に手を伸ばした。
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