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127.Turning point③藤澤視点
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地元のくせして吉岡は2時間も経たないうちにさっさと帰路に着き、田山と俺は呆気なく取り残された。このままこの店で飲んでいても良かったのだが、いかんせん、横浜は深夜になって帰るには遠すぎる。とりあえず2人の寝所に近い都心に戻る事にした。
社会人になってからは田山と2人で電車に乗るという事が殆どなく、並んで電車の吊革に捕まると学生に戻ったような気分だ。そして、数年ぶりに会えば男でもそれなりに話す事には事欠かなかった。俺は規則的な揺れで酔いが心地よくまわるものの、隣で並んで立つ田山がしきりに話しかけてくるものだから眠りにつく暇がなく。対して酔いの少ない田山は饒舌に今の職場の様子を語り、耳を傾けているとその延長上の話として突然優里の名前が挙がる。
「お前と三浦さんって本当に別れたんだよな?」
社内で俺たちが秘密裏に付き合いたての頃、やたらと世話を焼いてくれたのがこの田山だった。2人の成り行きを田山が気になるのは当然の事と理解はしている。
「なんだよ?藪から棒に」
何を今更と不機嫌そうに答えると田山は吊革に身体を預けるような姿勢で視線を中刷り広告に向けていた。
「いや...俺はずっと遠距離恋愛をしてるもんだとばかり。三浦さんは一途そうだし、お前だって彼女には尽くしている感じがしていたからさ」
「ふうん...」
俺も田山と同じように視線を中刷り広告に向け、田山の見ていないようで俺たちの関係性をしっかりと把握している事に内心焦る。別れた事はサラッと事後に話したがその経緯までは話していない。優里に負い目というか、彼女と別れた事への後悔が話しているうちに再燃するのを恐れたからだ。
「それなのに、ちゃっかりお前は彼女を現地で作っちゃうしなー」
その何気ない一言に俺は目の前の窓ガラスの外の暗闇を見つめ何も反論する事はなかった。それをいい事にお喋りな田山は続けた。
「ま、今となってはお互い別の相手がいるから、別れたのは正しかったのだろうけどね」
...お互いに別の?
「マジか...」
田山の聞き捨てならない言葉に小さく呟いてしまったのは紛れもなく俺の本音。それを田山に聞き返されそうになると、ちょうどデニムのポケットあったスマホが振動する。俺はうるさい外野の田山を制し画面を見るとそこには学生時代の恩師の名前のメール表示が。はやる気持ちを抑え、早速そのメールを開くと先日打診してあった事への返事だった。
「悪い。この後、飲みに行くのはパスだ」
「なんでよ?」
「明日、急遽、遠出する事になった」
「は?仕事?どこまで?」
「いや、仕事じゃないが、京都まで行かなきゃならない」
「なんだよ、久々の日本で観光か?」
半ばふてくされ口調の田山に、呆れながらも。
「違う。大学院の恩師とアポが取れたんだ」
俺には大卒で就職した2人とは違い、卒業した大学とは別の京都の大学院に2年ばかり通っていた過去がある。今回の帰国の最大の目的はこの時の恩師に会うためだった。それなら仕方ないと田山はあっさり解放してくれ、俺は実家近くの駅で早々に途中下車。駅ナカのコンビニに寄り、眠け覚ましのコーヒーを買い込むと改札を出たすぐ場所の人気の無い場所でそのコーヒーを口にする。
いつも好んでいる銘柄なのに今日はやたらと苦味が強く感じたのは気のせいだろうか?
全て飲みきるのに多少の時間がかかり、空き缶を捨てようとゴミ箱に手を伸ばすと缶を捨てたと同時に己の左手の滑稽さに口元が緩んだ。
...指輪を嵌めたのは向こうに行ってすぐだったな。
海外赴任してすぐに俺の仕事に対するプライドなんて粉々に崩れ、何度日本に帰国しようと思ったことか。それが出来なかったのは何の為に優里と別れてまでこちらに来たのかと常に自分を奮い立たせていたからだ。それでも何かに縋りたく、優里にあんな女々しい手紙を書いてしまっていた自分。そのおかげで吹っ切れたように仕事に打ち込むことができ、自分とって優里は必要不可欠な女性だったと再認識した。
『もし、5年後位に再会ができてお互い相手が居なかったら』
思えば何て自分勝手で陳腐な言葉なのだろう。
妙齢の彼女の気持ちを俺に縛り付けるなんて出来やしないのに。
ただ、あの時はとにかく必死だった。
手紙の内容を自分なりに遂行しようと戒めの為に左手の薬指に指輪を嵌めた。その指輪は本物の結婚指輪の片方。いつか優里に贈ろうと用意してあったものだった。もう片方の彼女の指輪は持ち主の指に嵌められていないものだから未だに光沢があり、自宅の書斎の引き出しに眠っている。それに引き換え、俺の指輪には目に見えない小さな傷が無数に付いていることだろう。
そんな指輪を数年はめ続けても、まだまだ志半ば。
今の俺には優里の事を考える余裕も時間もない。
同じ日本にいるにも関わらず、会いに行く勇気もない。
そして、優里の心変わりを最初から予想していたのは他ならない自分自身だとすっかり忘れていた。
だから、俺以外の誰かを選んだ君を責める資格なんて最初から俺には無い。
社会人になってからは田山と2人で電車に乗るという事が殆どなく、並んで電車の吊革に捕まると学生に戻ったような気分だ。そして、数年ぶりに会えば男でもそれなりに話す事には事欠かなかった。俺は規則的な揺れで酔いが心地よくまわるものの、隣で並んで立つ田山がしきりに話しかけてくるものだから眠りにつく暇がなく。対して酔いの少ない田山は饒舌に今の職場の様子を語り、耳を傾けているとその延長上の話として突然優里の名前が挙がる。
「お前と三浦さんって本当に別れたんだよな?」
社内で俺たちが秘密裏に付き合いたての頃、やたらと世話を焼いてくれたのがこの田山だった。2人の成り行きを田山が気になるのは当然の事と理解はしている。
「なんだよ?藪から棒に」
何を今更と不機嫌そうに答えると田山は吊革に身体を預けるような姿勢で視線を中刷り広告に向けていた。
「いや...俺はずっと遠距離恋愛をしてるもんだとばかり。三浦さんは一途そうだし、お前だって彼女には尽くしている感じがしていたからさ」
「ふうん...」
俺も田山と同じように視線を中刷り広告に向け、田山の見ていないようで俺たちの関係性をしっかりと把握している事に内心焦る。別れた事はサラッと事後に話したがその経緯までは話していない。優里に負い目というか、彼女と別れた事への後悔が話しているうちに再燃するのを恐れたからだ。
「それなのに、ちゃっかりお前は彼女を現地で作っちゃうしなー」
その何気ない一言に俺は目の前の窓ガラスの外の暗闇を見つめ何も反論する事はなかった。それをいい事にお喋りな田山は続けた。
「ま、今となってはお互い別の相手がいるから、別れたのは正しかったのだろうけどね」
...お互いに別の?
「マジか...」
田山の聞き捨てならない言葉に小さく呟いてしまったのは紛れもなく俺の本音。それを田山に聞き返されそうになると、ちょうどデニムのポケットあったスマホが振動する。俺はうるさい外野の田山を制し画面を見るとそこには学生時代の恩師の名前のメール表示が。はやる気持ちを抑え、早速そのメールを開くと先日打診してあった事への返事だった。
「悪い。この後、飲みに行くのはパスだ」
「なんでよ?」
「明日、急遽、遠出する事になった」
「は?仕事?どこまで?」
「いや、仕事じゃないが、京都まで行かなきゃならない」
「なんだよ、久々の日本で観光か?」
半ばふてくされ口調の田山に、呆れながらも。
「違う。大学院の恩師とアポが取れたんだ」
俺には大卒で就職した2人とは違い、卒業した大学とは別の京都の大学院に2年ばかり通っていた過去がある。今回の帰国の最大の目的はこの時の恩師に会うためだった。それなら仕方ないと田山はあっさり解放してくれ、俺は実家近くの駅で早々に途中下車。駅ナカのコンビニに寄り、眠け覚ましのコーヒーを買い込むと改札を出たすぐ場所の人気の無い場所でそのコーヒーを口にする。
いつも好んでいる銘柄なのに今日はやたらと苦味が強く感じたのは気のせいだろうか?
全て飲みきるのに多少の時間がかかり、空き缶を捨てようとゴミ箱に手を伸ばすと缶を捨てたと同時に己の左手の滑稽さに口元が緩んだ。
...指輪を嵌めたのは向こうに行ってすぐだったな。
海外赴任してすぐに俺の仕事に対するプライドなんて粉々に崩れ、何度日本に帰国しようと思ったことか。それが出来なかったのは何の為に優里と別れてまでこちらに来たのかと常に自分を奮い立たせていたからだ。それでも何かに縋りたく、優里にあんな女々しい手紙を書いてしまっていた自分。そのおかげで吹っ切れたように仕事に打ち込むことができ、自分とって優里は必要不可欠な女性だったと再認識した。
『もし、5年後位に再会ができてお互い相手が居なかったら』
思えば何て自分勝手で陳腐な言葉なのだろう。
妙齢の彼女の気持ちを俺に縛り付けるなんて出来やしないのに。
ただ、あの時はとにかく必死だった。
手紙の内容を自分なりに遂行しようと戒めの為に左手の薬指に指輪を嵌めた。その指輪は本物の結婚指輪の片方。いつか優里に贈ろうと用意してあったものだった。もう片方の彼女の指輪は持ち主の指に嵌められていないものだから未だに光沢があり、自宅の書斎の引き出しに眠っている。それに引き換え、俺の指輪には目に見えない小さな傷が無数に付いていることだろう。
そんな指輪を数年はめ続けても、まだまだ志半ば。
今の俺には優里の事を考える余裕も時間もない。
同じ日本にいるにも関わらず、会いに行く勇気もない。
そして、優里の心変わりを最初から予想していたのは他ならない自分自身だとすっかり忘れていた。
だから、俺以外の誰かを選んだ君を責める資格なんて最初から俺には無い。
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