社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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126.Turning point②藤澤視点

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どの地にいても夏というものは暑い。数年ぶりに降り立った日本の地でそんな風にぼやきたくなるのも、暑いさなか、横浜くんだりまで呼び出されたのに他ならなかった。だから、待ち合わせた行きつけのバーの空調の涼しさにホッと一息、救われた気分だ。

「どこもかしこも暑いな」

手で顔を仰ぎながら案内された席に着くと、既に旧友の田山はビールを口にしている。

「まー、日本も連日熱帯夜だから」

そういうわりには彼はとても涼しげで、大分、前から来ている気配。俺は目の前のビールグラスを見て生唾を飲み、席に着くなり、早速、同じものを頼む。それから暑さに気をつられていたが幾分体温が落ち着くと、田山だけしかいない事に気がついた。

「...吉岡は?」

吉岡というのは田山と同じ昔からの旧友の1人。いつも俺たちは三人でつるんでおり、俺が日本に帰国していることをたまたま聞きつけた旧友2人と偶然飲む機会に恵まれたのだ。

「休日出勤で遅れるとさ」

今日は土曜日で仕事休み。休日出勤の吉岡の都合に合わせこちら店まで出向いたのにその張本人が遅れるとは。それなら、最初から待ち合わせは都心にでもしておけば良かったのにと愚痴りそうになったのだが、久々の旧友との再会にそれは野暮だとの気を取り直す。すぐさま運ばれてきたビールで喉を潤すと、田山からは待ってましたとばかりに近況を聞かれた。

「お前、帰ってくるのいつぶりだよ?」

「丸2年以上ぶり?」

「その間親友にも音信不通なんて、ひでぇよな。薄情だよな」

笑いながらもチクチク皮肉を言われてしまい、いつもなら言い返す所だが、本当のことなのでこちらが圧倒的に分が悪い。

「...その点は悪かったよ」

それに関しては素直に謝ることしかできなかった。田山の言う通り、この2年間殆ど日本とは疎通がなく、ほぼ音信不通。今回は久々の長期休暇で実家に大目玉を食らっての帰国なのだ。こちらに用事があり戻るついでに田山と吉岡に連絡したなんて話したら、また何を言われるか。そこは面倒くさいから黙っていた。

田山も思いっきり言いたいことを話したせいか、すっきりした様子でビールを喉に流し込んでいる。俺も再びビール口にしていたのだが、田山があからさまにビールグラスを持つ俺の左手を凝視し、その左手がビールグラスをテーブルに置くやいなや素っ頓狂な声をあげた。

「藤澤!おまっ、結婚したのかっ!?」

その驚きようったらない。俺は田山とは真逆にいたって冷静な素振りで返した。

「...アホか。これはただのペアリングだよ」

実家の家族にも同じ言い訳をしていたので、実に悪びれもなくスムーズに答える。

「ぺアリングゥ?」

なおも燻しがる田山が可笑しく、わざと左手の薬指をさすってみせた。

「決まった異性がいるからって、魔除けみたいなもなさ」

「向こうで彼女ができたのか?」

「ま、そんなとこだ」

なんて思わせぶりな態度でビールを口にすると遅れて来た吉岡がこちらに案内される。吉岡が席に着くなり、田山が薬指の指輪の事を告げ口したせいで吉岡にも全く同じことを話す羽目になり、少々ゲンナリした。

「サークルで女性人気の1.2を争ったお前らが未だに独身なんて笑えるな。しかも田山なんか相手もいないとは」

1人だけスーツの吉岡は俺たちと同じくビールを頼み、大口でグラス半分くらい飲み干した後、豪快に笑う。吉岡は既に既婚者なので、俺たちにそれだけ大きな口を叩ける資格があった。それなのに田山はビールをチビチビ飲みながら、そんな彼に言い訳をした。

「俺は別に今は仕事命だから、女の子になんか構ってられないの!それにその気になれば1人や2人...」

「ほう、強気だな」

からかいのネタを自ら提供したと気がつかない田山にニヤつきながら反応する吉岡。

...そんなこと、言わなきゃいいのに。

俺たちは長年の付き合いから、田山は遊んでいるように見えて実はそんなに軽い男じゃないという事を知っている。だから、俺はというと口を挟まずにシラーっとビールを飲みながら、2人のやりとりを聞いているだけだった。

こんな時の吉岡はそれが面白いみたいでますます田山を弄る。

「バーカ。本当の仕事人間っつーのはプライベート犠牲しまくりの藤澤みたいなやつを言うんだよ。田山はどちらかと言うと、プライベート重視じゃね?」

「...まぁ、確かに藤澤みたいに四六時中、仕事ってわけではないけど」

「は、なんだそれは!?」

どういうワケだか、火の粉がこちらに飛んできた。変なところで2人に女性に冷たい仕事人間呼ばわりされ、話を聞きながら勘弁してくれよと思う。

それと同時にいつもなら早々に酔っ払うはずの田山が今日はあまり酔いが回った様子は見られない事に気がつく。そして、バカ話が途切れたところで田山が神妙な面持ちで切り出した。

「実は俺、転職しようと思ってさ」

しんみりとした口調のまま、自分のグラスの一点を見つめる彼をいつもみたいに俺と吉岡は茶化す事が出来なかった。

「アテあんの?」

「あぁ、ずっと考えていた事だから」

その後、どこの会社に属するかを教えてくれたのだが、営業職とは違う職種だった。話を聞いていた俺はなるほどと思い当たる。

うちの業界は世間よりもいち早く、終身雇用という考えを持つ人間は少なくなっており、ハッキリとした実力能力主義。その為、俺たちのすぐ上の世代くらいから、有能な人間は転職する事が多かった。

田山にもその例にもれなく当てはまり、なまじ有能であるから、そう考えるのも無理はない。彼の話を聞き入り、俺たちは一切口を挟む事もなく話終えた彼に「頑張れよ」とだけしか出来なかった。

それから、その話は抜きにして吉岡にいかに結婚が良いかを散々聞かされ、俺と田山はいささか閉口気味。途中から上の空で話を聞きながらも別の事を頭に思い浮かべていた。

...田山が転職するのか。

営業職が彼にとっては天職だと思っていた俺は、少なからず動揺している。
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