社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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150.誰が為に鐘は鳴る⑥藤澤視点

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優里が会場から去った後、出口の最後尾に並ぶ。俺の番になる頃、知り合いは誰もいなくなり、田山はよそいきの顔を崩した。

「どうよ、感動の再会は?」

今回優里と隣の席になるように仕組んだのはこいつだ。ことの成り行きを気にしてくれるのは心配してくれているのか、はたまた好奇心からか。

「どうって、とりあえず連絡先は渡した」

「え?あれだけ時間があってそれだけ!?」

「...それだけってやれる事はやったさ。それに俺はいろいろ駆り出されてなあ?誰かさんのせいで」

結婚披露宴の高揚を引きずった浮かれポンチの田山には暖簾に腕押し。それに俺自身あのやり方が最善かどうかなんて分かっちゃおらず、かなり強引なやり方だったとは自覚している。その事を今の田山に話しても無駄だと諦め、適当な所で別れるとたまたまラウンジにいる吉岡の家族と出くわした。

俺と吉岡はこの後の二次会は欠席していた。田山と普段から頻繁に会っているので他の旧友たちに遠慮した形だ。それに吉岡は独身の俺と違い、今日は家族連れ。今、現在、彼の腕の中には愛娘がスヤスヤと寝息を立てており、そんな彼女を愛おしそう抱いている吉岡はもう立派な父親である。

「渚は寝ちゃったし、俺らも帰るか」

彼は同じ県内に住んでいるので、ここには車で来ていた。

「それなら駐車場まで送るよ」

吉岡が娘を抱いている為、彼の妻は両手一杯に自分たちの荷物を抱えている。それに気がついた俺はその荷物を彼女の代わりに全て持ち、彼らと一緒に駐車場まで出向く。

「じゃあ、また。関東に来たら連絡しろよ、わざわざ相手してやるから」

「了解。暇だったらな」

「かー、相変わらず可愛くねーの」

お互いに憎まれ口を聞くのは毎度のこと。こうして吉岡の家族と別れ、部屋に戻る途中で携帯を確認すると何の着信もなく、時刻表示はちょうど9時を指し示していた。

...もう1時間経つのか。

披露宴終了後からずっと自分はフォーマルな出で立ちでいた事に改めて気がつく。その堅苦しさから早く解放されたくて、さっさと自室に戻りそこで優里からの連絡を待つことにする。部屋に戻るなり、普段、髪につけない整髪料が気持ち悪かった。どうせ着替えるついでとシャワーを浴びてしまい、その間、彼女からの連絡が来ていなかったか慌てて浴室から出るものの着信履歴を見ると先ほどと同じ時刻表示のまま。

...優里は忙しいのだろうか?でも、まだ時間はたっぷりある。

そう呑気に構えていた俺は、キャリーケースに入れて持ってきた本を物色。こういう時は、いつもなら仕事をする事が多いので仕事関係のものを持ってくるのだが、今日は仕事を忘れようと持ってくることはしていなかった。適当に本を2、3冊選び、備え付けの冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出し、ベッドに横になりながらの読書タイム。だが、願いむなしくそれから1時間以上だった今でも彼女からの連絡はなかった。

...11時。

読書に夢中になってしまい、頃合いを見て部屋の時計の表示を確認するとそんな時間になっていた。

...優里に伝えたのは今日。このまま今日が終わればタイムオーバー?

それが現実となれば何とも呆気ない幕切れなのだろう。読んでいた本を頭の脇に放り投げ、ベッドに寝たまま、腕を額につけ、今日の1日の出来事を回想する。

「やっぱり、このせいか...」

額に当てた腕を上げその左手を天井に向かってかざすと、薬指には相変わらずのリングが存在していた。彼女に会った時は本当に外すのを忘れていたのだが、のちの披露宴では外して出席することができなかった。いきなり理由もなく外すしたら、それこそもっとあらぬ誤解を受けかねない。そう思い、このリングを外すのは彼女の誤解を解いてから目の前でと思っていたのだが。

弁解する機会すら与えてもらえないなんて誤算だった。

以前の彼女なら、俺のペースに流されることの方が圧倒的に多かったので、会う機会くらいなら与えてもらったのかもしれない。それは何も知らない無垢な状態だったから。

でも、今は違う。

お互いに離れていた期間の方が付き合った期間よりも遥かに長い。その間、俺は以前みたいに考えなしに動くことができない臆病な大人になったのだろうし、彼女は人生経験を経て自分の意思を出せる大人の女性になったのだ。

もう少し早く会いに来ていれば何かが違ったのだろうか?
それとも、離れる事自体がそもそも間違いだったのか?
後悔に似た感情が頭の中を巡る。

ただ、自分としてはこんなマイナスな考え方は好きではなかった。だから、ベッドから起き上がり気持ちを切り替えるために窓を開ける。まだ、本格的な夏ではなかったので、部屋に入ってくる夜の風は冷たくて心地よかった。そんな冷たい風が思考が固まった頭を冷やすのにはもってこいで、冷静になると無謀な事をしたもんだと諦めの境地になる。

...明日、指輪は帰る時に捨てるか。それとシャツのポケットに入っているものも一緒に。

そうしたら、もう彼女を引きずる必要もない。
最初の望み通り、会う事だけはできたのだから。

明日、自宅に戻れば仕事が待ち構えているという現実。こういう時に仕事があるというのはありがたいと、窓を閉め、また読書をするかとベッドで横になる。
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