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149.誰が為に鐘は鳴る⑤
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披露宴会場に着いて席次表を確認すると、私の左隣の席には『藤澤立』という名前の記載がある。彼の名前を見つけた時、とても複雑な気持ちになった。ただ、他の席に藤澤姓の女性の名前は見当たらなかったので、彼は1人で出席しているという事にホッとしている。
実際に席に座れば左隣には既に藤澤さんが座っていた。席に着く時に少し言葉を交わしたけれどそれは当たり障りのない言葉だけで、私は右隣の青山さんに話しかけられて話し始めた。その間、左側の彼の動向を気にしていると山崎さんと話し始めているのが聞こえる。2人は同じ大学の時の先輩と後輩の間柄。何やら気さくに話している声が聞こえ、その優しく響く低い声だけで藤澤さんの存在を意識せずにはいられなかった。
私たちの2人の距離はほんの僅かなのに、声をかけようと思えばかけられる距離なのに、私はからはどうしてもできず。藤澤さんからも声をかけられる事も全くなくて、幸せな結婚をしている彼にとって私は過去になっていたんだと、イヤってほど思い知らされてしまう。
そして、彼が余興に駆り出されてマイクを握って司会をしていた時、距離があったから初めて真っ直ぐ彼を見ることができた。隣に座っていた青山さんも「相変わらず藤澤さんって、素敵よね」なんてウットリしていて、私もそれには何度も頷いてしまっていた。
...もう、彼を見るのは今日で最後。
彼の姿を自分の網膜に焼き付けるように1つ1つの動作をつぶさに記憶する。それから余興が終わっても藤澤さんは戻ってくる事はなく、ようやく自席に戻ってきた頃、披露宴は終盤に差し掛かろうとしていた。
彼が自席に座ると同時くらいに煌びやかな照明が落ちスポットライトに変化して、披露宴の最大の見せ場である花嫁の感謝の手紙の朗読が始まるみたいだった。
花嫁の鈴木さんのバックには幼い頃のスライドが流され、先ほどの喧騒が嘘のように場が静まり返り、会場の人間の涙を誘っている。
それには私の涙腺も刺激されてしまい、ウルっときた。人知れずハンカチを取ろうとクラッチバッグの中をゴソゴソと手探り。ハンカチを取り出すと同時にバッグから何やら滑り落ちたのが分かり、意図せず藤澤さんの方へコロコロと転がる。それはお化粧直しに持参していた口紅だった。
...やだ、あんな所に。
周りに気がつかれないようにそっと手を伸ばすと、一足先にその口紅は先に誰かの手で拾い上げられてしまう。
「あ...」
その口紅を拾ったのは藤澤さんだった。
「どうも、すみません...」
「いえ、どういたしまして」
セレモニーの途中だから私たちは人目につかないよう、テーブルの陰で小声のやり取り。彼から人知れず口紅を受け取ろうとしても、口紅は私の手には戻ってこなかった。
「あの...?」
てっきり返してもらえると思った私は、目をまん丸くして、俺の様子を窺い見ていると彼は少しニヒルな笑みを口元に浮かべたように見えた。その笑みは何を意味するのか分からずにいたら。
「これを返す代わりに、ひとつ、お願いがあります」
「なん...ですか...?」
「俺の名刺を受け取って欲しいんです。さっき、名刺交換しようと約束していましたし」
「はい...まぁ」
私は持っていたバッグに視線を落とし、彼の提案に気の無い返事をする。彼が既婚者だと分かった時点で名刺交換なんてする気はなかったからだ。もちろん、持参しているクラッチバッグには名刺なんて入れてはいない。
「あいにく、今日、名刺は...」
そこまで伝えても彼は引き下がってはくれず。
「それならこちらの名刺を受け取ってくれるだけで結構です」
「...藤澤さんの名刺だけを?」
「ええ、それだけです」
彼の強引なやり方はどうかと思って返事は渋ったけれども、背に腹は変えられない。その口紅は藤澤さんに買ってもらった口紅と同じもの。私は未だにそれを継続して使い続けていたのだ。その事を藤澤さん本人に知られるわけにはいかなかった。
「...ご用件は分かりましたから、早くそれを返してください」
それだけを伝えると彼は手の中に収めてあった口紅をようやく返してくれ、ちょうど、室内の照明が元に戻った。
「これをもちまして、田山家、鈴木家、ご両家の結婚披露宴をめでたくお開きとさせて頂きます。尚...」
司会進行役の女性の挨拶により披露宴が終了する。それから招待客が田山さん達に見送られ、会場を後にしだした。同じテーブルの山崎さんとかはすぐさま立ち上がり出口に向かっていた。
私は人混みが苦手なので出口の人が少なくなってからと、すぐに立ち上がることはしなかった。その間、会場内はザワザワして中だるみのような感じになる。私は出口に行く人たちが疎らになったのを確認してようやく席を立とうとして、引き出物の袋に手をかける。すると、タイミングを見計らっていたかのように藤澤さんが話しかけてきた。
「先ほど、お約束した名刺をお渡ししますね」
...さっき話したこと、本気だったんだ。
私は彼の方を見る事ができず俯いていると、目の前のテーブルに名刺が一枚差しだされる。それを大して見もせずにクラッチバッグに収めた。
「...はい、ありがとうございます。それでは」
名刺を受け取ればいいんでしょ?と思いきや、彼の気はまだ済んではいなかったようで。
「この後、貴女と2人きりでお話ししたいので、裏の番号に連絡をもらえませんか?今日中ならいつでもいいですから、必ず」
それには返事をする気にはなれず、彼を無視して会場を後にした。
実際に席に座れば左隣には既に藤澤さんが座っていた。席に着く時に少し言葉を交わしたけれどそれは当たり障りのない言葉だけで、私は右隣の青山さんに話しかけられて話し始めた。その間、左側の彼の動向を気にしていると山崎さんと話し始めているのが聞こえる。2人は同じ大学の時の先輩と後輩の間柄。何やら気さくに話している声が聞こえ、その優しく響く低い声だけで藤澤さんの存在を意識せずにはいられなかった。
私たちの2人の距離はほんの僅かなのに、声をかけようと思えばかけられる距離なのに、私はからはどうしてもできず。藤澤さんからも声をかけられる事も全くなくて、幸せな結婚をしている彼にとって私は過去になっていたんだと、イヤってほど思い知らされてしまう。
そして、彼が余興に駆り出されてマイクを握って司会をしていた時、距離があったから初めて真っ直ぐ彼を見ることができた。隣に座っていた青山さんも「相変わらず藤澤さんって、素敵よね」なんてウットリしていて、私もそれには何度も頷いてしまっていた。
...もう、彼を見るのは今日で最後。
彼の姿を自分の網膜に焼き付けるように1つ1つの動作をつぶさに記憶する。それから余興が終わっても藤澤さんは戻ってくる事はなく、ようやく自席に戻ってきた頃、披露宴は終盤に差し掛かろうとしていた。
彼が自席に座ると同時くらいに煌びやかな照明が落ちスポットライトに変化して、披露宴の最大の見せ場である花嫁の感謝の手紙の朗読が始まるみたいだった。
花嫁の鈴木さんのバックには幼い頃のスライドが流され、先ほどの喧騒が嘘のように場が静まり返り、会場の人間の涙を誘っている。
それには私の涙腺も刺激されてしまい、ウルっときた。人知れずハンカチを取ろうとクラッチバッグの中をゴソゴソと手探り。ハンカチを取り出すと同時にバッグから何やら滑り落ちたのが分かり、意図せず藤澤さんの方へコロコロと転がる。それはお化粧直しに持参していた口紅だった。
...やだ、あんな所に。
周りに気がつかれないようにそっと手を伸ばすと、一足先にその口紅は先に誰かの手で拾い上げられてしまう。
「あ...」
その口紅を拾ったのは藤澤さんだった。
「どうも、すみません...」
「いえ、どういたしまして」
セレモニーの途中だから私たちは人目につかないよう、テーブルの陰で小声のやり取り。彼から人知れず口紅を受け取ろうとしても、口紅は私の手には戻ってこなかった。
「あの...?」
てっきり返してもらえると思った私は、目をまん丸くして、俺の様子を窺い見ていると彼は少しニヒルな笑みを口元に浮かべたように見えた。その笑みは何を意味するのか分からずにいたら。
「これを返す代わりに、ひとつ、お願いがあります」
「なん...ですか...?」
「俺の名刺を受け取って欲しいんです。さっき、名刺交換しようと約束していましたし」
「はい...まぁ」
私は持っていたバッグに視線を落とし、彼の提案に気の無い返事をする。彼が既婚者だと分かった時点で名刺交換なんてする気はなかったからだ。もちろん、持参しているクラッチバッグには名刺なんて入れてはいない。
「あいにく、今日、名刺は...」
そこまで伝えても彼は引き下がってはくれず。
「それならこちらの名刺を受け取ってくれるだけで結構です」
「...藤澤さんの名刺だけを?」
「ええ、それだけです」
彼の強引なやり方はどうかと思って返事は渋ったけれども、背に腹は変えられない。その口紅は藤澤さんに買ってもらった口紅と同じもの。私は未だにそれを継続して使い続けていたのだ。その事を藤澤さん本人に知られるわけにはいかなかった。
「...ご用件は分かりましたから、早くそれを返してください」
それだけを伝えると彼は手の中に収めてあった口紅をようやく返してくれ、ちょうど、室内の照明が元に戻った。
「これをもちまして、田山家、鈴木家、ご両家の結婚披露宴をめでたくお開きとさせて頂きます。尚...」
司会進行役の女性の挨拶により披露宴が終了する。それから招待客が田山さん達に見送られ、会場を後にしだした。同じテーブルの山崎さんとかはすぐさま立ち上がり出口に向かっていた。
私は人混みが苦手なので出口の人が少なくなってからと、すぐに立ち上がることはしなかった。その間、会場内はザワザワして中だるみのような感じになる。私は出口に行く人たちが疎らになったのを確認してようやく席を立とうとして、引き出物の袋に手をかける。すると、タイミングを見計らっていたかのように藤澤さんが話しかけてきた。
「先ほど、お約束した名刺をお渡ししますね」
...さっき話したこと、本気だったんだ。
私は彼の方を見る事ができず俯いていると、目の前のテーブルに名刺が一枚差しだされる。それを大して見もせずにクラッチバッグに収めた。
「...はい、ありがとうございます。それでは」
名刺を受け取ればいいんでしょ?と思いきや、彼の気はまだ済んではいなかったようで。
「この後、貴女と2人きりでお話ししたいので、裏の番号に連絡をもらえませんか?今日中ならいつでもいいですから、必ず」
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