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【spin-off】bittersweet first love
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『もうすぐ傘返しに行けるよ。また連絡するね』
そんな絵文字付きのメールを高澤からもらったのは、ちょうど前期試験期間中。返事に『待ってる』とだけ返し、終了後は彼女からの連絡を今か今かと待ち侘びていた。そんななかで倉科と会う機会ができる。
待ち合わせたのは彼女と行った事のあるカフェ。女子に人気のお店らしくいつもなら騒がしい店内も、今日はわりと大人しめ。確かここは倉科のお気に入りだったと人気のないテラス席で思い出した。
ここに来るとメニューを見ながら長考する彼女は飲み物とデザートを必ず注文していたのだが。
「...オレンジジュースを1つ」
神妙な面持ちで注文し、俺はいつも通りのブラックコーヒーを注文する。そして、ウェイトレスの姿が店内に消えたのを見届けると、徐に彼女から口を開いた。
「...久しぶりね」
「ああ」
それは嫌味ではなく本当の事だった。高校の時は週に一度は会っていたというのに、大学に入ってからは片手で数えるほどしか会っていない。彼女が大学のサークルに入り、俺自身は放っておかれても平気で会いたいとは言わなければ会う回数が減るのは自然な事。
...潮時なんだろうな、お互い。
コーヒーを一口飲むと自嘲気味になり、本題を言うのをいくらか躊躇われたが、じっとこちらの出方を待っている倉科の表情がどことなく硬い。言われる内容を予感していての事だろうと察した。
「...もう、別れよう。倉科も振り回されて疲れただろ?いいよ、俺に義理立てしなくても」
俺は彼女にとっていい彼氏では決してなかった。高澤の事があってもなくても、遅かれ早かれ別れを切り出さなくてはならなかったのだ。それを面倒くさがり、後回しにしていた。田山が彼女には他の誰かいると噂していたくらいだし、きっかけは俺からの方が、彼女が気に病む必要はなくなるだろうと思った。
「...ごめんなさい。でも、ありがとう」
倉科はオレンジジュースを一口も飲まずに小さく頭を下げる。これは浮気をした謝罪なのかもしれないと密かに思ったがら敢えて口にせず、俺も頭を下げた。
「こっちこそごめん。倉科が苦しいのに分かってあげられなかった」
...あんなに思ってくれたのに、好きになれなくてごめん。
本心は明かせず、ただひたすら謝る俺に、彼女の罪悪感は少しだけ薄れたのか、少しだけオレンジジュースを飲み、ストローを手元で弄ぶ。ひたすらグルグルストローを回しながら、この際だからと呟いたのが聞こえた。
「...あの、ね、立君はもしかして晶ちゃんと...って言うか、ずっと晶ちゃんの事、気にしてたよね?」
「...それは」
いきなり核心に迫られ、言葉に詰まる。素直に高澤との事を認めてしまうには相手が悪いと、何も言えなくなってしまった。だが、それは肯定したも同じこと。倉科は「そっか」と妙に納得したみたいだった。
「あ、あの、それは誤解...で」
こんな状況に頭が働かない俺の態度で、なおさら墓穴を掘ったようだ。倉科はぷっと小さく吹き出し、口元の笑いを手で隠した。
「いまさら否定したって無駄だよ。でも、こんな慌てた立君、初めて見た」
最初は硬かった表情も俺の慌てっぷりで柔らかくなり、彼女も実はと今は俺以外に好きな人がいると打ち明けてくれた。いま、別れ話をしているというのに、不思議と笑えたのは、お互い全く気持ちがなくなったからだろう。
最初からあんな風に出会わなければ、彼女とは友人くらいにはなっていたかもしれないとコーヒーを飲み干し、時間を見計らい、会計のレシートに手を伸ばす。それを制する倉科に、最後だからこのくらいはというと、それ以上固辞されなかった。
帰りは店先で早々に別れ、1人になる。その途端、先程までの倉科との会話での引っ掛かりみたいなものが、頭をもたげた。
『晶ちゃんとどこで再会したの?大学...じゃないでしょう?」
その時、俺ははっきり答えられなかった。彼女の進路先は予備校に通っていた当時周りには秘密だと話していたから。
...倉科は高澤の進路知らなかったのか?
同じ高校だったというのになぜという疑問が浮かぶ。だが、そんなのはどうでもいいかと心軽やかに鍵を開けようとすると、見慣れないビニール傘が立てかけてあった。
誰のだ?と思い、高澤がうちまで来て置いて行ったのだと気がつくこと数秒。彼女に連絡する事に何も障害のなくなった俺は鍵を開け、玄関に入るなり、携帯を耳にする。いつもみたいなコール音が鳴らない事に気が付きもせず、心と声を弾ませて。
-プッ...
「あ、高澤?ごめん、連絡くれた?さっきまで外に出て...」
--おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになって........
高澤の声を聞くつもりでかけたのに、こちらの言葉を全く聞かない無機質なアナウンスが続く理由とは?
その理由を瞬時に理解し愕然とする俺の手から、携帯がするりと抜け落ちた。
そんな絵文字付きのメールを高澤からもらったのは、ちょうど前期試験期間中。返事に『待ってる』とだけ返し、終了後は彼女からの連絡を今か今かと待ち侘びていた。そんななかで倉科と会う機会ができる。
待ち合わせたのは彼女と行った事のあるカフェ。女子に人気のお店らしくいつもなら騒がしい店内も、今日はわりと大人しめ。確かここは倉科のお気に入りだったと人気のないテラス席で思い出した。
ここに来るとメニューを見ながら長考する彼女は飲み物とデザートを必ず注文していたのだが。
「...オレンジジュースを1つ」
神妙な面持ちで注文し、俺はいつも通りのブラックコーヒーを注文する。そして、ウェイトレスの姿が店内に消えたのを見届けると、徐に彼女から口を開いた。
「...久しぶりね」
「ああ」
それは嫌味ではなく本当の事だった。高校の時は週に一度は会っていたというのに、大学に入ってからは片手で数えるほどしか会っていない。彼女が大学のサークルに入り、俺自身は放っておかれても平気で会いたいとは言わなければ会う回数が減るのは自然な事。
...潮時なんだろうな、お互い。
コーヒーを一口飲むと自嘲気味になり、本題を言うのをいくらか躊躇われたが、じっとこちらの出方を待っている倉科の表情がどことなく硬い。言われる内容を予感していての事だろうと察した。
「...もう、別れよう。倉科も振り回されて疲れただろ?いいよ、俺に義理立てしなくても」
俺は彼女にとっていい彼氏では決してなかった。高澤の事があってもなくても、遅かれ早かれ別れを切り出さなくてはならなかったのだ。それを面倒くさがり、後回しにしていた。田山が彼女には他の誰かいると噂していたくらいだし、きっかけは俺からの方が、彼女が気に病む必要はなくなるだろうと思った。
「...ごめんなさい。でも、ありがとう」
倉科はオレンジジュースを一口も飲まずに小さく頭を下げる。これは浮気をした謝罪なのかもしれないと密かに思ったがら敢えて口にせず、俺も頭を下げた。
「こっちこそごめん。倉科が苦しいのに分かってあげられなかった」
...あんなに思ってくれたのに、好きになれなくてごめん。
本心は明かせず、ただひたすら謝る俺に、彼女の罪悪感は少しだけ薄れたのか、少しだけオレンジジュースを飲み、ストローを手元で弄ぶ。ひたすらグルグルストローを回しながら、この際だからと呟いたのが聞こえた。
「...あの、ね、立君はもしかして晶ちゃんと...って言うか、ずっと晶ちゃんの事、気にしてたよね?」
「...それは」
いきなり核心に迫られ、言葉に詰まる。素直に高澤との事を認めてしまうには相手が悪いと、何も言えなくなってしまった。だが、それは肯定したも同じこと。倉科は「そっか」と妙に納得したみたいだった。
「あ、あの、それは誤解...で」
こんな状況に頭が働かない俺の態度で、なおさら墓穴を掘ったようだ。倉科はぷっと小さく吹き出し、口元の笑いを手で隠した。
「いまさら否定したって無駄だよ。でも、こんな慌てた立君、初めて見た」
最初は硬かった表情も俺の慌てっぷりで柔らかくなり、彼女も実はと今は俺以外に好きな人がいると打ち明けてくれた。いま、別れ話をしているというのに、不思議と笑えたのは、お互い全く気持ちがなくなったからだろう。
最初からあんな風に出会わなければ、彼女とは友人くらいにはなっていたかもしれないとコーヒーを飲み干し、時間を見計らい、会計のレシートに手を伸ばす。それを制する倉科に、最後だからこのくらいはというと、それ以上固辞されなかった。
帰りは店先で早々に別れ、1人になる。その途端、先程までの倉科との会話での引っ掛かりみたいなものが、頭をもたげた。
『晶ちゃんとどこで再会したの?大学...じゃないでしょう?」
その時、俺ははっきり答えられなかった。彼女の進路先は予備校に通っていた当時周りには秘密だと話していたから。
...倉科は高澤の進路知らなかったのか?
同じ高校だったというのになぜという疑問が浮かぶ。だが、そんなのはどうでもいいかと心軽やかに鍵を開けようとすると、見慣れないビニール傘が立てかけてあった。
誰のだ?と思い、高澤がうちまで来て置いて行ったのだと気がつくこと数秒。彼女に連絡する事に何も障害のなくなった俺は鍵を開け、玄関に入るなり、携帯を耳にする。いつもみたいなコール音が鳴らない事に気が付きもせず、心と声を弾ませて。
-プッ...
「あ、高澤?ごめん、連絡くれた?さっきまで外に出て...」
--おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになって........
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