社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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【spin-off】bittersweet first love

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「嘘、だろ...?」

玄関に転がった携帯から、無機質なアナウンスがエンドレスに流れる。俺はしばし呆然と聞いていたのだが、素早く携帯を拾いあげ、真っ先に心当たりに連絡した。

「田山?高澤に連絡を取りたいんだけど、お前、連絡先知らないか?」

恥も外聞もなく、高澤の所在を尋ねる俺になんやかんやと冷やかしにかかってきたのだが、俺の様子が普段と違う事に気がついた田山の答えはNO。それなら天使ちゃんに聞いてあげると気を利かせてくれた。

そして、数日後、聞いたことは俺には初耳のことばかりだった。

まず、高澤と天使ちゃんとやらは同じ学校には通っていない。 

俺は記憶になかったのだが、俺たちが通っていた予備校の友達だった。もともと同じ大学を目指し、2人とも合格したのだが、高澤は家庭の事情で進学せずに就職。彼女は会社員になった。それからも2人はずっと連絡を取り合うほど仲が良く、田山に出会った事を聞き、高澤が知り合いだから懐かしいとたまたま俺の話も出たのだろう。

ダブルデートになったのは、向こうの希望。これが偶然ではないなら必然と言わざるおえない。

...まさか、始めからのつもりで?最後のつもりであんな告白を俺にしたのか?

高澤は会う前から俺との未来を諦めて、俺は会ってから彼女との未来を求めた。
そんな2人が交わる事など最初からあり得ないのだ。

その確たる証拠の駄目押しは高澤からの口止め。連絡先を俺には絶対伝えないでくれと言われたと、事のあらましをウチまで伝えにきてくれた田山が重い口を開いた。

「高澤はずっと藤澤のこと好きだったからね」

「っ...どうしてそれを?」

「そりゃ、見れば分かるよ。俺に会いに来てたのだって、藤澤に会いたいがためだったと思うし。吉岡も気がついていたし、気がついていなかったのは...」

言葉はなくとも、田山の視線が物語る。

「...俺だけってことか?」

「そう。それなのに藤澤は倉科と付き合い始めたから高澤は諦めたんでしょ?この間だって、高澤は何も藤澤に望んでなかったんじゃないかな?ただ、会いたいって思っただけで」

俺と高澤の関係があの日にガラリと変わってしまった事は相手もあることなので話せずじまい。だが、今の俺の憔悴ぶりに一目瞭然だったらしい。何かを察して田山は短いため息を吐き、首を横に振る。

「藤澤は素直じゃないし、高澤も極端だよ...本当。学生と社会人のカップルなんて掃いて捨てるほどいるのにね。でも、時間軸が違うとダメってパターンが多いかな」

「そんな事くらいで?」

「だって、それがの1番原因でしょ」

当時の田山は天使ちゃんではなく、同じ大学で同じ学部の子と付き合っていた。実習などで多忙な天使ちゃんとは時間が合わないと振られ、今に至るのだが。その田山の言葉は妙な説得力があった。

「...今度誰かを好きになる時は、ちゃんと素直にね。まあ、その時は俺もフォローするからさ。不器用な友人のために」

結局のところ、高澤の気持ちは本人しか分からないので確かめようがなかったが、俺の気持ちが伝わったうえで彼女が決めた事ならどうにもならない。


目を閉じると、高澤と一緒に見た打ち上げ花火がまぶたの奥に浮かぶ。
俺の愚かな初恋はあの花火のように一瞬で燃え上がり、美しい散り際の残像が俺の感情を深く深くえぐって消えた。

高校の時に想いを伝えていたら?
2人で居られる時間を作り、笑いあって、抱き合って...時にはどうでもいい事で喧嘩したり。

そんな風に2人の歴史を積み重ねていたら、こんな時間軸のズレくらいはどうにでもなったのではないだろうか?

あんな小さな嘘を、どれだけ後悔したか、悔やんでも悔やみきれない。


恋とはこんなに苦しいものだったのか?

こんな気持ちを、知りたくはなかった。
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