社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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16.かわいいひと。

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「研究員も大変なんだね」

「おうよ。お前とは格が違う」

偉そうに胸を張られても少しも偉そうに見えない。
それはミニチョコサンデーを美味しそうに食べているのが似合っているからと分かっていたけれど。今、ヘソを曲げられては困るのでとても言えず。

「その後、受け取った生体標本ものはどうするの?」

「確か、DNAレベルで解析...いや、培養?」

ここら辺が私と同じ新入社員ならでは。
私に細かい事を聞かれて、うろ覚えなのがバレバレだった。

それには、彼も自覚してバツが悪かったみたいで話の腰を折る。

「...と、とにかくだな。うちは忙しい部署で大変なんだよ!今回のこの仕事プロジェクトの範囲は、首都圏中規模レベルで、この生体標本も俺は30も引き受けなきゃなんないし。うちの主任なんか100だぞ?100!!」

松浦の扱う数より、別の数の方に呆気にとられた。
彼のいう「主任」というのは、藤澤さんの事だと知っていたから。
藤澤さんの仕事の様子を知りたかった私は、彼に片想いしていることを松浦に悟られないように、あくまでもさりげなく。

「...しゅ、主任さんの扱う数は松浦の3倍以上?」

「ああ。うちのチームでは1番扱う数が多いよ。なんたって、仕事早いし、完璧だから」

「...そ、そうなんだ。かっこいいうえにすごい人なんだね、藤澤さんって」

ここである事を口走ってしまったのは、無意識だった。

「そうだよ。うちの主任はスパコンが白衣を着て歩いているって噂があるく......」

さっきまで主任さん藤澤さんのことを饒舌に語っていた彼のスプーンが生クリームを掬うのを躊躇う。
私としては、食べるか話すかどっちつかずだった松浦のその行動が不思議でならなかった。

「どうしたの?食べれば?」

自分の発言が原因とは気がつかずにそれでも促すと、彼はスプーンを置き、完璧に食べるのを止める。

「お前、なんでうちの主任の見た目ルックスがいいとか言うの?会ったことあんのか?」

...あ。

自分の失言に気がついた私は目を泳がせ誤魔化そうとしたが、時すでに遅し。
激しく追及されたので、システム手帳に大事にしまってあった藤澤さんの名刺をしぶしぶテーブルの上に置いて見せた。

それには。

「おまっ...これを一体どこで!?拾ったのか!?それとも盗んだのか!?」

口が悪いのはいつものことと黙って聞いていたけれど、流石に最後の言葉はいただけない。

「ち、違う!盗んだとかじゃない!!飲み会で藤澤さん本人からもらったんだもの!!」

また、違う意味で口が滑ってしまい、今度は聞き逃してはもらえず、すぐ突っ込まれる。

「飲み会って、なにさ?」

「...実は」

田山さんと藤澤さんがお友達で顔合わせみたいな飲み会をしたという事だけ、ザックリと話し、その後のモロモロは隠した。それを聞いた彼は憮然とする。

「俺も行きたかったなー、その飲み会」

「む、無理だよ。うちの田山さんが主催だったし。研究員は藤澤さんだけだったもの」

「お前、1度、一緒に飲み会に参加したくらいで調子に乗んな。主任の名前を軽々しく呼ぶんじゃない」

「いーじゃん、そんなの。名前なんだし」

それから雲の上の人間藤澤さんを巡り、お互いにやいのやいのと低レベルの争いを繰り広げた。
それでも、一歩も譲らない私に彼は苦し紛れの負け惜しみ。

「三浦は主任に名前を覚えてもらえるようになってから語れよな。未だに俺なんか名前をまともに覚えてもらえないっつーの...でも、こういうとこが人間っぽくて、隙がない主任の弱点ウィークポイントというか。抜けてるっていうか...何というか」

心なしか松浦が照れているように見えて、私は、そこを仕返しとばかりに。

「...まさか、藤澤さんのことを変な目で?」

当たり前だけど、それには烈火のごとく怒られた。




松浦の言う通り、藤澤さんは仕事もできて、厳しくて、表面上だけの話なら、その整った顔は冷たそうに見えて、非常に近寄りがたい存在ひとなのだ。

でも、本当は全然違くて。

たまにふと見せる表情かおがとても穏やかで、繊細で、内面は可愛くて優しいひとだということを私は知ってしまった。
だからこそ、そんな 彼あなたが、愛おしい。
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