社内恋愛はじめました。

柊 いつき

文字の大きさ
48 / 199

48.デートしませう。④

しおりを挟む
池袋からどちらからも手を離すことがなく、電車は時刻通り私の最寄りの駅に着いたので、今日はここでお別れのはずだった。

「じゃ、私はここでっ............え?」

声をかけてからホームに降りようとすると、突然、グイッと繋がれた手を力強く引っ張られてしまう。彼に引っ張られる形で駅のホームへ降り、もちろん引っ張った彼も一緒に降りている。
そのことで唖然としていたら、乗っていた電車は行ってしまった。

「電車が...!!?それにここは藤澤さんの降りる駅じゃ...」

「うん、分かってる。今晩は大分遅くなったし、優里の家の近くまで送ることにしたんだよ。...迷惑だったかな?」

強引とも言える手段で私を降ろした手前、その自覚のあった藤澤さんは少し照れ臭そう。私だって少しでも長く一緒にいたいと思っていたので、こんな嬉しい申し出を断るなんて、できっこなかった。

「い、いえ。そんな、迷惑だなんて...」

ただ、以前、彼にお願いされた約束が頭をよぎり、手放しで喜べない心配な事も。

「...その、うちのマンションには同じ会社の人がいますが、近くまで来られても大丈夫なのでしょうか?」

すると、彼にしてはわりと楽天的な返事が返ってくる。

「ま、こんな遅い時間で周りは暗いし。意外と分からないと思うよ」

それならと、うちのマンションの近くのコンビニまで送ってもらうことにした。
実際に歩くと、コンビニまで10分とかからないと思う。それでも彼と一緒にいられる時間は貴重だった。

寒い冬空のもと、私に歩調を合わせるように2人でテクテクと歩く。
外気は寒くて話しながら白い息を吐いていたけれども、彼と一緒だから心は不思議とポカポカだった。

「今日は楽しかったな。誘ってくれてありがとう。サンシャインの展望台って綺麗だったんだと初めて思ったよ」

「...私も楽しかったです。それに藤澤さんも楽しんでくれて嬉しいです」

「そうだね、会社帰りのデートも悪くないかな。今度のデートもサンシャインにしようか?」

上機嫌で話す彼は、あの場所を気に入ってくれたのかなと思いきや。

「あそこには優里の好きなものたくさんありそうだよ。展望台にプラネタリウム、もしかして水族館も好きなんじゃないかな?」 

驚いたことに彼はあの場所の案内表示の内容を覚えていて、私の好きなものをピタリと言い当てた。

「なんで私が水族館とか好きだって...」

「それは君の彼氏だから。見てればなんとなく分かるさ」

そう言いながら彼は目を細め、言われた私は頰が熱くなるのを抑えられず。
『見てれば分かるさ』というこの言葉が、展望台での私の頰の火照りを蘇らせる。

...さっき私が思っていたことも?

話しながら微笑む横顔を見上げても、普段からポーカーフェイスの人だから、その真意は分からない。それどころか自分の顔をまた見られることで、ますます考えていることが見透かされてしまうと、彼から顔を背けるように俯いてしまっていた。

トクトクトクトク....。

次第に心臓が壊れてしまったんじゃないかと思うくらい、速く脈打ってくる。
お願いだから、早く鎮まってほしい。自分の心臓なのに制御できないのが歯がゆくて、話す言葉も口から出てこなかった。

彼もコンビニが近くにつれ言葉少なになっているというのに、自分の動悸を抑えるのにいっぱいいっぱいな私は何も気がつかなくて。遠目でコンビニの建物の灯りが目視できそうな距離に着いた時、彼の歩みはいきなり止まる。

そこで、はぁーと、白い息を小さく吐き。

「少し、いいかな?」

私の答えを待たずに、彼はすぐ側の細い路地の方へと私を導いていく。
連れて行かれた場所は、今まで歩いていた歩道とは違い、街灯の灯りは殆ど届かない人目を避けれるような所だった。
深夜で薄暗い空間ではあったけれど、彼が一緒だから怖くはなく。
背中にあるコンクリートの壁がいつの間にか私の逃げ場をなくしていたけれど、私は動じることはなかった。その事よりも、この場所が先ほどの展望台の明るさに良く似ていて、鎮まりかけた心臓がまた騒ぎ出す。

だから、無造作に地面に置かれた彼のバッグ行方よりも、目の前の藤澤さんが気になって仕方がなかった。

「なんだ、影響されたのは俺の方か」

彼は独り言のように呟いたかと思うとククッと喉で微かな笑いを堪えて、繋がれている手とは違う手で私の髪を頭頂部からスルリと撫で下ろし、ひとかたまりの毛先を肩のあたりで弄ぶ。

「...ふじ...さわ...さん?」

こんな時、どうしていいのかも、どこを見ていればいいのかも、分からなかったけれど。

薄暗い灯りの下で、覗き込むように端整な彼の顔が近づくにつれ、しっかりと瞼を閉じ、下唇を噛むように唇を真一文字にしていた。
そして、その柔らかな唇が触れたのは、予想に反して睫毛が縁取る瞼と頰。

....あれ?

てっきりキスをされると思っていた私はいささか拍子抜け。彼の様子を探るように薄く目を開け見上げると、彼は口元を緩め、薄っすら意地悪く微笑んでいる。

「優里、緊張し過ぎで構えすぎ」

「そんな...」

「キスされると思ったの?」

「...や」

その少々意地悪な問いかけに、図星だった私は自意識過剰とばかりに、目を伏せ顔を背ける。逆に彼の方はというとそんな私の態度に嬉しそう。
今度は繋いでいた手を外し、私の頬をその大きな両手で優しく包み込み、自分の方へと顔を向かせる。
その瞬間、私の身体に緊張が走り、強張りもしたけれど抵抗は全くせず、藤澤さんは何をするのだろうと瞳でずっと彼の動向を探っていた。
だから...。

「次は、構えないでくれる?」

言われた意味がわかった私は、返事代わりにコクンと一度だけ頷く。
再び、吐息が分かるほどの距離に彼が近づいてきたけれど、先ほどとは違い、自然の流れで目を閉じることができた。

しっとりとお互いの唇が重なり、慣れ親しんだ香りが微かに鼻腔を掠めてゆく。
そんな中で、彼の手は頬から下へと落ちて私の背中と腰にまわり、身体が緩やかな動きで彼の腕の中へと引き寄せられていた。
自然と唇がはなれると、私はずっと息を止めていたので、唇を半開きに空気を求めてしまう。そこへ顔の角度を変え、彼はその息を奪うようにまた唇を重ねてきた。

でも、それは今までみたいに触れるだけの優しく啄むようなものではなく、少しだけ深いキス。

「........んっ」

すると、無意識に口から甘い吐息が漏れ、苦し紛れの逃げ場のない私の両手は目の前にある藤澤さんのコートの胸のあたりをしっかりと縋るように掴んでいた。

それは、奇しくも私が目撃してしまった状況キスと同じような状況キスで。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...