社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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55.歪んで、崩れる。

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クリスマスの約束を反故にされて私が一方的に怒ったときですら、藤澤さんは連絡を取ろうとしてくれたのに、今回はおはようのメールも、おやすみのメールも来ない。
かれこれ、そんな状態になってもう1週間経つというのに、私からは連絡ができなかった。

※※※


「久々に会ったっていうのに、浮かない顔してどうしたの?」

そう話しながら、心配そうに私の顔を覗き込むのは中学からの親友の桜井由香。
たまたま、彼女の方から連絡をもらい、彼女の会社の近くのイタリアンバルに来ていた。会社が違うから普段はなかなか会う機会がなくて、会うのは数ヶ月ぶり。
いつもだったら楽しいガールズトークの最中のはずが、私は、彼女の前でため息の連続だった。

もちろん、ため息の原因は藤澤さんのこと。
あの日から連絡がなく、ずっと彼の事は頭の隅っこにある。
私は由香に打ち明けていいものか悩み、目の前の生野菜サラダのトマトにフォークを無造作に差したものの、口へと運ばずに口を真一文字に結ぶ。

そこを由香に。

「ほら、今度は難しい顔して。そんなふうになる優里は珍しいわね。何か悩み事?」

「う...ん、まあ」

なかなか切り出すことのできない私に、由香は苦笑していたけれど、目の前のフリットをパクついた後、意味深な笑みを見せた。

「優里が何で悩んでいるか、当ててみようか?」

私は驚きのあまり無言で目を真ん丸くしていると、行儀悪くユカがフォークで私の顔を指差す。

「恋の悩み...かな?確か、同じ会社のふじなんとかさんだったっけ?」

「え...?え?」

私が狼狽えて口をパクパクさせていると、「当たりね」と簡単にばれてしまう。

由香は地味な私と違い、こと恋愛かけては、私より断然経験値が高い。
そのうえ私の数少ない恋愛話片想いを知っている唯一の友人で、藤澤さんとの事は、憧れている頃に相談している。

化粧品会社に勤めている彼女には、彼がつけている香水も見つけてもらったし、私がまた誰かを好きになったことを喜んでくれた。

私は中学の時に好きになった先輩に告白しようとして、勇気がなくて目の前から逃げたヘタレだったから、彼女はすごくその後心配してくれていたのである。
藤澤さんとのことを掻い摘んでザックリ話すと、今度は由香が大げさにため息をつく番だった。

「はー。優里の恋愛の経験値って中学から少しも上がってないんだ。よく、そんなママゴトみたいな恋愛に彼も付き合ってくれたわね」

...そこまではっきり言わなくても。

思いっきり図星だったので、心の中でしか反論できない。
どう見たって、こと恋愛においては女子力の高いユカに叶わないのだ。
だから、思い切って相談したのだけれど、一刀両断された。

「そんなくだらない事で悩んでたの?」

く、くだら...??

私にとっては一大事なのに、由香にとっては大した問題ではないらしい。
その後は、まるでアンケートみたいにテンポよく質問される。

「優里って、藤澤さんが初めての彼氏だよね?」

「うん、そうだけど...」

「ぶっちゃけ、それまで経験は...」

「な、ない!ないもん!!そんなの!!」

突然の際どい質問に酔いも手伝って、私が周りの目を憚らずムキになって答えていくと、「なるほどね」と由香はつぶやいたと思ったら。

「優里は藤澤さんのことまだずっと好きなんでしょ?」

いきなり、ど直球の質問をされてドギマギしてしまったけれど、それには即答できた。

「うん、すごく好き...嫌いになんかなれない」

「じゃあ、何でそんな風に拗れたの?彼の事嫌いになったわけじゃないんでしょ?」

「それは...」

次から次への質問に直感で答えていくと、少しづつ何かが見えてくる。

「...突然で怖かっただけ」

「うん。なら、その素直な気持ちを会って藤澤さんに伝えればいいんじゃない?そうしたら、元どおりだよ」

「そんな簡単なこと...?」

「...そうだよ。優里は自分の気持ちを伝えるのが下手すぎなんだよ。たまには勇気を出してみれば?」

由香のおかげでモヤモヤしていた気持ちが晴れ、素直な気持ちを彼に伝える勇気が持てた。

けれども、恋愛というのはそんなに甘いものではない。
その数日後、社内便の資料をダミーに私の元に藤澤さんからの手紙が届いて、彼の気持ちを思い知るのである。

その手紙の内容はというと、意外な事に藤澤さんが自分に対してある種の劣等感があり、私は無意識のうちにそれに触れてしまい、それで八つ当たりの様にあんな事をしてしまったというもので。
そのことの謝罪の言葉の羅列と、自分は私の初めての恋人には相応しくないという言葉が記されており、彼の内面を曝け出した手紙を読み終えた後、泣きそうになる。

恋愛とは2人でするもの。
私は自分の素直な気持ちを伝える機会すら与えてもらえなかったのだ。

「付き合おう」と言ってくれたのも、連絡をくれるのも、デートに誘ってくれるのも、全て藤澤さんから。

付き合っている間もずっと彼に片想いしていたから、こんな風に繋がれていた手を離されてしまったら、私にはどうする事もできない。

それから、藤澤さんを1度だけ見かけたけれど分かりやすく目を逸らされてしまい、
私たちの関係が終わるのは時間の問題だった。

また、見ているだけの片想いに逆戻りになるのは、目に見えている。






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