社内恋愛はじめました。

柊 いつき

文字の大きさ
56 / 199

56.Encounter①

しおりを挟む
ザーッと勢いよく泡とともに流れるお湯。

このお湯みたいにこんなモヤモヤした気持ちが流れてしまえばいいのにと、今日のお茶汲み当番だった私は給湯室で、来客用の湯飲み茶わんを洗っていた。

手紙が届いてからも藤澤さんからの連絡はなく、その手紙を読んで勇気がなくなってしまった私も自分からも連絡はできていない。

もう、彼の中では私との事が終わってしまっていると認めざる終えなかった。
でも、未だにそれを認めたくない自分がおり、1人になると走馬燈のように彼と一緒に過ごした幸せな日々を思い出し、泣きたくなる。

「...諦めろってことだよね」

あんな素敵な人に付き合ってもらえたこと自体が夢みたいな話。
彼の事を思い出さないように一心不乱にシンクの泡を流していると、それを遮るように突然、湯飲み茶わんが背後から置かれた。

「ひっ...!?」

元来ビビリな私は可笑しな声をあげ、飛び上がらんばかりに驚いてしまう。

「ごめんごめん、驚かすつもりはなかったんだけど」

その湯飲み茶わんの持ち主は田山さん。今日は外回りがなかったのでお客様の応対で忙しそうにしていた。

「悪いけど、ついでにコレも洗ってくれる?」

「は、はい」

ずっと一人きりで耽っていたから、田山さんが給湯室に入ってきたことに全然気がつかなかった。彼は用事を終えすぐに帰ると思いきや、腕組みをして壁に寄りかかり、こちらの様子をジッと見ている。

「あの他に何か用事でも...?」

その視線に耐えかね、シンクの片付けをひと段落したところで質問すると、彼は珍しくぎこちない言い方をする。

「...実は三浦さんに用事があって...ね」

「...はい...?」

私には田山さんの用事とやらは思い当たらず、小首を傾げると、彼は言いづらそうにしていたが、意外と単刀直入に聞いてきた。

「...最近、元気ないみたいだけど、会社で何か問題でもあった?」

「...それは」

私が口篭ると自分の予想は当たりとばかりに、今度は立て板に水の如く、諭しにかかった。

「やっぱり何か有ったんだ。それなら相談に乗るよ?うちの会社は男性社会だから、数少ない女子社員の相談に乗るのも、上司としての大事な仕事。あ、もちろん、三浦さんの不利益になるような事は絶対しないから。あー、何てことだ。俺のチームで問題なんて...!」

私の悩みが会社での何かのハラスメントだと勘違いされ、大袈裟に嘆かれてしまう。
困った私は口が滑る。

「いや、違うんですっ...そんな会社での事じゃなくて、全然、プライベートなことで」

私が懸命に誤解を解こうとしているのに対し、田山さんは上司とは思えない人懐っこい笑みを浮かべた。

「なんだ。プライベートの...彼氏との悩み?それなら、なおさら相談に乗れると思うよ?」

「いや、そんな滅相もございません!こんなくだらないプライベートな相談を上司の田山さんになんて!!」

水を出しっぱなしにしているのも忘れるくらい、慌ててしまう。
そんなんだから、目の前の田山さんに冷静に蛇口を止めてもらうという失態を犯してしまった。

「...落ちついて話そうか。その前にコレ止めるからさ」

「すみません...」

本当に穴があったら、いや、なくても、どこかに掘ってでもこの場から消えてしまいたい気分だ。そんな意気消沈な私に対して、冷静対応の田山さん。
洗い終わった湯飲み茶わんを戸棚の定位置に戻してくれて、ますます申し訳ない気分を味わった。

「本当、三浦さんは顔に出るタイプだよね。因みに課長も三浦さんのこと心配していたよ」

「課長もご存知だったんですか?...本当にご迷惑おかけして、すみません...」

いろいろな人に迷惑をかけてしまっているとシュンとなると、田山さんは大した事ではないと、フォローしてくれるのはいつもの通り。

「まぁ、人間観察は営業マンの必須スキルだから。仕事での事なら上司として対処してあげなきゃならないし...」

「いや...でも、仕事の事じゃないんです。本当に」

「うん、それはよく分かった。ただ、プライベートで仕事まで影響するのはやっぱり見過ごせないかな。決して口外はしないから、相談してくれるのは一向にかまわないよ」

「...でも」

それでも煮え切らない私の肩を田山さんは軽くポンと叩いた。

「男の気持ちは男の方がよく分かると思うけど...気が向かなかったら無理にとは言わない。ただ、三浦さんみたいに顔に出ると周りは楽だよね。藤澤なんか全然だもの...」

「え?」

私の戸惑いを他所に軽くため息をついたと思ったら、忙しい彼は給湯室から出て行った。そして、彼がいなくなった後、心臓の音がばくばくと早鐘のように騒がしくなっているのに気がつく。

それは一瞬でも藤澤さんの名前を聞いてしまったからだろう。
もう、これは条件反射に等しい。

...たまたま...よね?

私たちが付き合っていることを田山さんは知らないはずと、熱を持っている頰を両手で挟んで火照りが鎮まるのを待った。
けれども。

『男の気持ちは男の方がよく分かる』

この言葉にすごく説得力を覚え、田山さんの誘いは一度は断ったものの、いつも仕事上で的確なアドバイスをくれるのを無視ができなくて、結局。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...