社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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75.多分、決戦は金曜日。④

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白衣の彼女と入れ替わりに来た松浦が受付カウンター越しにふんぞり返った態度で「何の用...?」と、私の持っている紙袋をちらり。私は分かってるクセにとカウンターに紙袋を置いて見せる。

「チョコ。わざわざ渡しに来てあげたんだから、感謝してよね」

「え!?それ、全部が俺の?」

「まさか」

あり得ない事に色めきだつ松浦をけん制し紙袋の内訳を1つ1つ説明した。

「これは、私から真田主任に」

「ふむ」

「この黒い袋が私で、茶色いのが長谷川さんから。この2つを松浦にだよ」

「お、俺の2つか!しかも長谷川さんって、あの可愛い人だろ?もしかして、俺のチョコが本命かな。三浦も彼女みたいに少しは色っぽくなればいいのに...」

いつもより多い数のチョコに松浦は嬉しそう。

 「うるさいよ」

軽く私に失礼な事を言うわりに松浦は私の分も返す気がないのか、怒られても手元にちゃっかり確保。チョコはしっかりもらう気の松浦に皮肉る。

「そんな心配しなくて大丈夫。長谷川さんは松浦のことは眼中ないから。それと、この2つの内訳はさっきのと一緒だけど...その、藤澤...主任に...」

藤澤さんの名前を仕事中だと少し動揺してしまう。だから、サラッと流したのだけれど、松浦にはそこはちゃんと聞こえたみたいで。

「分かった。でも、こっちは受け取れない」

私があげた黒い袋だけ、神妙な面持ちで返されてしまった。私は負けじとそれを押し戻す。

「なんでよ?義理チョコぐらい渡してくれたっていいじゃない」

「お前のは、義理チョコじゃないだろうが。下心が見え見えなんだよ。それに、あそこを見てみろ?」

彼が顎でシャクって示したのは、さっき見てしまった藤澤さんのデスク。彼の言わんとしていることは想像がつかなくもない。

「あの中に埋もれるのが分かっててお前は虚しくないのか?」

「いいよ、別に埋もれたって」

...そんなの分かってるもん。

でも、松浦はそれすら許してくれなかった。

「お前が良くても、俺が嫌なんだよ」

「なんでよ?」

「なんでも」

まるで小学生みたいな押し問答を延々と 2人で繰り返し、とうとう時間切れ。外回りに行かなくてはいけない、私の方から折れた。

「松浦のケチ、意地悪!」

「あー、その通りだよ」

「もう、バカ!!」

「バカで結構」

最後には脈絡のない捨て台詞を彼に投げつけ、泣く泣く藤澤さんへのチョコだけを持ち帰る。

...こんな事なら、さっきの人に頼めばよかった。明日は彼に本命チョコを堂々と渡せるのが分かっていたのに、義理チョコでも自己アピールしようとしてしまったから、バチが当たったの?

会社で初めてのバレンタイン。
お礼のつもりの義理チョコが渡せないという情けない結果になる。

※※※

失意のままの外回りが終了し、会社に戻ろうとした頃、スマホが鳴った。
ずっとぼんやり落ち込んでいたから公私の確認もせず慌てて出る羽目に。

「はい、三浦です」

てっきり社用だと思って出たからその相手は予想外だった。

「...お忙しい所申し訳ありません。藤澤です」

勤務時間中に彼から電話がくるなんて思ってもおらず、仕事の緊張感が一気に崩れ、どういうわけか名前を復唱。

「え、あ、あの、藤澤さんっ...!?」

向こうでククッと小さく笑う声が聞こえたかと思うと、あちらもそこは仕事口調。

「今、話しても大丈夫ですか?」

「あ、は、はい。今は、1人なので、だ、大丈夫ですけれど、そちらは...?」

「こちらも同じです。だから、大丈夫ですよ」

勤務時間に何か急用なのかと頭をめぐらせ、明日の予定の事かと思いつく。

...まさか、キャンセル?

「で、では。あ、あの...何か、明日の事で急用でも...」

真っ先に心配になって聞いてしまうと、それは無駄な心配に終わる。

「いや、そうじゃないです。ただ、今日は、会社で、バレンタインだったなって思いまして」

「バ、バレンタイン...そうでしたね...」

お昼の松浦のやりとりが思い出され、義理チョコを渡せなかったことで声のトーンが無意識に落ちてしまう。彼の方はそんな私の出来事を想像もしていないだろうから、いつも通りの優しい話し方で。

「今日は朝から向こうの研究所に行ってまして、さきほど戻ってきたんです」

「...そ、それはお疲れ様です」

「それで帰ってきたら、あんな風にメンバーの女子が一人一人に義理チョコを配っていて驚きました。本社のバレンタインって、女子社員の負担が大きくて大変ですよね。三浦さんもそうでしたか?」

彼にとって今日のバレンタインは世間話の一環。自分のデスクの上に置いてあったものは全て他の人も同じようだったと教えてくれた。

「...全員が一人一人に配る?」

そこが気になり、おうむ返し。すると彼は悪びれることなくデスクの上にあったチョコについても説明してくれた。

「はい。だから、他の人も同じだけもらって片付けてあったみたいですが。俺は留守だったので、デスクに置かれっぱなしの、晒し者みたいで困りましたけれどね。ハハハ...」

笑ってみせる彼の言葉は嘘のように聞こえなかった。私はなんだそんな理由と、さっきまで深刻に考えてしまったのが嘘みたいに軽くなる。

「...そう、だったんですか」

私が力なく答えると、今度は藤澤さんの方から尋ねてきた。

「そういえば、三浦さん」

「は、はい...なんでしょう?」

「今日、うちの研究室にお見えになりました?」

「それは...その...」

口篭ると、藤澤さんが拗ねたみたいに。

「実は真田さんに三浦さんからのチョコを自慢されてしまいまして。俺も欲しかったです...義理チョコ」

「そ、そんな...」

彼に言われて困ってしまう。本当は藤澤さんの分もあったのに渡せなかった事を話すべきか迷っていたら、彼は気を遣ってくれて。

「冗談ですよ。俺にとっては、明日が本当のバレンタインなので、そちらを楽しみにしています。だから、今日の事は気にしていませんよ」

「...お仕事でもお世話になっているのに、義理チョコをあげられなくてすみません」

明日が楽しみだと言ってもらえて嬉しいけれど、そういう気遣いはかえって落ち込む。本当に悪い事をしたとスマホを切ろうとしたら。

「...優里さ」

前振りもなく、いきなり名前が呼ばれる。いくら電話とはいえまずいのではと慌てふためき。

「ふ、藤澤さん、ダメです...今、仕事ちゅ...」

制止をかける私の言葉はマルッと無視された。それどころか、彼は私とプライベートで話すように語りかけてきた。

「今はそんなのどうでもいい。それより俺が好きなのは優里だけだから大丈夫って話しているつもりだけど。優里だってそうじゃないの?」

「それは...」

彼は私が落ち込んでいる事をどこかで察したようだった。だから、勤務時間だというのにわざわざこんな電話をくれたのだと分かる。

いつもすぐ不安がるこんな私のために。
普段ならこんな事は言えないけれど、今はちゃんと言葉にしないと伝わらないから。

「私が好きなのは、藤澤さんだけ...です」 

「...うん。俺だって君と同じくらい好きなんだ。その気持ちだけは信じてほしい」



彼はいつだって何度でも私に気持ちを言葉にして伝えてくれる。
だから、彼を信じて素直に胸に飛び込めばいい。

そんな単純明快なことに私はずっと気がついていなかった。
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