社内恋愛はじめました。

柊 いつき

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76.I cherish you.①

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2月14日、土曜日。すごく晴れ。

藤澤さんが電話をくれたおかげで悶々とした気持ちを抱えることなく、昨夜はよく眠れたと思う。

目覚めすっきり。けたたましく鳴るはずの目覚まし時計のアラームを鳴る前に解除。いつもよりちょっぴり丁寧に時間をかけてお化粧をして、ハンガーにかけてあったお気に入りのワンピースに合わせ身支度を済ませる。ベッドの傍にはお泊りのセットの入ったバッグが置いてあり、持ち上げた時にあっと思い出した。冷蔵庫に入っている小さな紙袋。これは絶対忘れてはいけない大事なもの。

バタバタしながら戸締りをして近所のコインパーキングに急ぐ。もう、ここで待ってもらうのは何度目だろう?それでも彼の車を見つけるたびに心が弾むのはいつもと同じ。いや、今日が1番弾んでいるかも。

...やっぱり、着いてる。

まだ、待ち合わせの時間まで少し間があるというのに相変わらず時間厳守の藤澤さん。運転席側に近づく前に、はやる気持ちを抑えるように胸を押さえて深呼吸。驚かせないようにそっと窓ガラスを叩くと彼はすぐ気がついてくれて、窓ガラスを開けて私に爽やかな笑みを向けた。

「おはよう。早かったね。寒いから早く車の中にどうぞ」

「お、おはようございます。すみません、お邪魔します」

今は迷うことなく助手席に座れる。ここはすっかり私の指定席だ。

...最初は、後部座席に乗ろうとしてたっけ。

シートベルトを締めていると藤澤さんはカーナビをセッティングして、今日は冬のわりには日差しが強かったから発車する前にサングラスをかけていた。私はそれを見てあることを言いそうになって、思わず両手で口を。明らかに挙動不審で外の方に目を向けている私に彼が気が付かないわけがない。

「どうかした?」

ぴくっと反応して口を押えたまま、彼に視線を戻す。

「あ...きょ、今日はどちらに行くんですか?」

何とか話しを繋げたら、彼の目は弧を描いた。

「とりあえず海辺でランチでもどうかな?」

藤澤さんが運転する車はあっという間に高速に入り、見えてくる景色が海岸線へと移り変わる。私は上機嫌に運転している彼の横顔に見惚れ、心の中で「カッコイイ」という言葉を何度も連呼していた。

実は藤澤さんは自分の外見に対して、多少のコンプレックスを持っている。

それを知ったのは以前もらった手紙からで、彼と一緒にいる時は、なるべくそのことに触れないようにしようと思っていた。だから、今も、つい口走りそうになり、口を噤んだというわけ。
おかげで気まずい雰囲気にならずにすみ、降りそそぐ日差し中キラキラと表情を変える外の景色に心を奪われている間に目的の場所へと着いたみたいだった。

「ここですか...?」

「そう」

藤澤さんが軽く「海辺でランチをしよう」と言って連れて来てくれた場所は、海辺に臨む多分リゾートホテル。

確かに「海辺」ではあったけれど、普通のお店に連れて行かれると思っていた私は、助手席から降り、その素敵な外観を目の当たりにして唖然としていた。
そんな私と対照的に運転席から出た彼は、「腹減った」と私の手をとり、躊躇う事なく敷地内へと入って行く。そして、そのまま手を繋がれながら中へと入ると、予想を決して裏切らない素敵な雰囲気の内装。私はこういうホテルは全く初めてだったので、物珍しくキョロキョロと目を動かし辺りを見回してしまう。

そんな私を自由にさせてくれて、彼はその間にお店を選んできてくれた。

「優里は和食より、洋食だよね?」

案内されたのは西洋料理と銘打っているレストランでちょうどランチブッフェが開催中。そのレストランの一面大きな窓ガラスから、海が見え、人があまりいなかったせいかわりと窓ガラス近くのテーブル席に案内された。
テーブル席に座ると私は料理を取り行くのを忘れ、その海に目を奪われる。
特に今日は冬のわりには天気がいい日だったので、太陽が波に反射して海が輝いて見えた。

「海がすごく綺麗ですね...」

「うん...冬の海も俺はわりと好きなんだ。優里も気に入ってくれるかと思って連れてきちゃったんだけど、どうかな?」

「はい...私も」

「それなら、よかった」

それから2人でしばらく海を眺めてようやく料理を取りに行った。ただ、出されている料理は見た目も綺麗で繊細で美味しかったけれど、そんな料理たちをフォークとナイフで食べ慣れていない私は、なかなか上手に食べられない。目の前の藤澤さんはスマートに食べ進めているというのに、四苦八苦で食が進まず。それを彼が気にしてくれた。

「...口に合わない?」

「いや...その、あまりこういうので食べ慣れなくて...」

私が状況を小声で説明すると、彼は何を思ったか席を立ちお箸を持って戻ってくる。

「これ使うといいよ」

お箸が置いてあったのは知っていたけれど周りの人たちがフォークとナイフで食べていたものだから、その場にそぐわないと使えなかった。それを彼はわざわざ私の為に持ってきてくれて、自分もそのお箸を使って食べ始める。

「あの...いいんですか...?」

「あぁ、慣れないなら無理に使う必要はないと思う。料理は美味しく食べられればそれでいいんだから」

食べながら穏やかに笑う藤澤さんは、箸使いも綺麗で。こんな優しくて神経の細やかな人に好かれている私はすごく幸せだと思う。



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