84 / 199
84.worry①
しおりを挟む
バレンタインの翌週の土曜日。藤澤さんと会ったけれど、翌日の日曜日に用事があると嘘をついて断った。彼は「それなら仕方ないね」と言ってくれたものの、少しがっかりしていたようにも見えた。
私はあの時の自分の姿態を思い出すと恥ずかしさでいっぱいになる。あんな風に声が出て、乱れてしまうなんて思ってもいなかったから。
セックスという行為をして私は1つ大人になったけれども、信じられない事をたくさんして、そのうえ、涙まで流してしまうなんて受け入れ難かった。ただ、藤澤さんにあんな熱く求められて、愛されて幸せだった事も事実だ。
その狭間で私の気持ちは揺れている。
※※※
「三浦さん。今度、ここの担当してほしいんだけど」
出がけの田山さんから営業先の資料の入った袋を受け取り、変だなと思った。
今年度の四月から女子社員は営業先回りをしないという会社方針を聞いたばかりだったからだ。それを私の直属の上司である田山さんが知らないわけがなく、明らかにその方針に矛盾していた。私はその封筒をもらった時の硬さも気になり、早速、封筒の中をのぞいてみる。そこには鍵と地図が入っていた。
...なんで鍵?
新しい営業先の地図を貰うことはあったけれど、鍵を貰うなんて聞いたことがない。それに戸惑っていると、外出中の田山さんがタイミングよく連絡をくれた。
【藤澤が熱を出して欠勤してます。いつもなら自分が届けるものなのですが、今後は彼女である三浦さんにその役目を引き継ぎたいと思うのでよろしく】
メールを読んでから封筒を詳しく確認すると買っていく物のリストも入っていた。
...藤澤さん、今日は病欠なんだ。
そういえば、朝のメールは【会社気をつけて】と届いたけれど、今日の予定が書いていなかった。いつもなら今日の予定とかも書いてくれるので、どうしたのかなと思った。
持っていくものはスポーツドリンク、栄養ドリンク、冷却シートなどなど。
お見舞いという大義名分のもと、早速、会社帰りに藤澤さんの自宅に行くことにした。
ドラッグストアで買い物をしてから到着。玄関で部屋番号を押したのだけれど、応答はなかった。田山さんによると藤澤さんは寝てしまうとそのまま気がつかない事が多いらしい。私は預かった鍵を借りてオートロックを解除。そのおかげで彼の部屋の前まで難なく来れて、もう一度チャイムを鳴らす。それでも反応はなかった。
「...失礼します」
思った以上に元気で留守かなと思いながら鍵を開けて部屋の中へと入ると、ソファーにスーツの上着とズボンが乱雑に引っ掛けてある。持ってきたものを冷蔵庫に入れるために、キッチンに近づくとシンクには洗い物が置いてあった。あれ?と思うとドアの向こうから咳き込む声が聞こえる。
...あ、向こうの部屋で寝ているんだ。よっぽど具合悪いのかな?
流石に彼の様子が気にかかり、寝室に音を立てずに入ると、藤澤さんがコンコンと咳き込みながらも寝ていた。近づくいて大丈夫かなと枕元で様子を伺っていると、何度目か咳をした後、彼が薄っすらと目を開けた。そこに声をかける。
「...具合、いかがでしょうか?」
彼は目を大きく見開き私の顔を凝視して。
「なんで、優里が...?...っ!」
私がいたことに相当驚いたのだろう。慌てて起き上がったと同時に、顔をしかめて項垂れた。
「ダメです、無理しないで下さい」
私は額に手を当てている彼に手を添えベッドに横になるように促す。彼も起きていて辛いのか、素直に再び横になった。その時に剥がれかけた額の冷却シートを直すと額が熱いのが分かった。
「まだ、お熱あるみたいですよ」
そう言って寝るように促しても、彼は彼で私がいる理由が気になって仕方がなかったようで。
「...なんで、ここに?」
私は彼の布団を直しながら理由を話した。
「...田山さんが。藤澤さんが具合悪いから帰りに寄ってくれって...その、鍵も預かってしまいました」
「あ、そうだったんだ...」
それだけ言うと大きく息を吐き、布団の中に潜る。今は話すことすら億劫そう。
「買ってきたもの、冷蔵庫に入れておきますね」
「うん...ありがとう。頼む」
彼の許可を得てリビングに戻り、冷蔵庫を開ける。中身は飲み物くらいしか入っていなくってスカスカ。私はここに来るまでに買ってきたものを取り出しながら、田山さんからのメモを頼りに忘れ物がないかをチェックする。
...スポーツドリンクに栄養ドリンク...レトルトのおかゆ。
それらを冷蔵庫へ入れると、あっという間にその中身が充実した。ついでだからとシンクの中の食器を洗う。
洗いながら、田山さんから言われてここに来るのを躊躇っていた自分の事をふと思い出していた。本当は中まで入るつもりじゃなかった。チャイムを鳴らしても応答がなかったので、つい、入ってしまった。
それで彼の顔も見れたし、結果的には良かったかもしれない。
私は洗い終えたグラスを軽く振り、水滴を落としながら水切りカゴへ。そこには以前にお揃いで買ってもらったコーヒーカップが置いてあった。
...お揃いのカップ...使ってくれているんだ。
私のカップもちゃんと側に置いてあるのを見つけてしまい、嬉しくて、ニンマリしてしまう。先週末はこの部屋には寄らなかったから、ここに置いてあるのが分からなかった。
また彼とそういう事をするのがイヤというワケじゃないんだけれど、あの時はたまたま、断ってしまっただけ。 だから、私はここに来るまで気まずかった。
...1度断ってしまうと次からのキッカケってどうするんだろう?
こういうのも食べるかなと買ってきた果物を剥きながら、何となく気持ちがモヤモヤしている。バレンタインから私たちの関係性が劇的に変わったかというと、私としてはハテナマーク。
恋をすると片思いでも両思いでも、悩みが尽きない。
私はあの時の自分の姿態を思い出すと恥ずかしさでいっぱいになる。あんな風に声が出て、乱れてしまうなんて思ってもいなかったから。
セックスという行為をして私は1つ大人になったけれども、信じられない事をたくさんして、そのうえ、涙まで流してしまうなんて受け入れ難かった。ただ、藤澤さんにあんな熱く求められて、愛されて幸せだった事も事実だ。
その狭間で私の気持ちは揺れている。
※※※
「三浦さん。今度、ここの担当してほしいんだけど」
出がけの田山さんから営業先の資料の入った袋を受け取り、変だなと思った。
今年度の四月から女子社員は営業先回りをしないという会社方針を聞いたばかりだったからだ。それを私の直属の上司である田山さんが知らないわけがなく、明らかにその方針に矛盾していた。私はその封筒をもらった時の硬さも気になり、早速、封筒の中をのぞいてみる。そこには鍵と地図が入っていた。
...なんで鍵?
新しい営業先の地図を貰うことはあったけれど、鍵を貰うなんて聞いたことがない。それに戸惑っていると、外出中の田山さんがタイミングよく連絡をくれた。
【藤澤が熱を出して欠勤してます。いつもなら自分が届けるものなのですが、今後は彼女である三浦さんにその役目を引き継ぎたいと思うのでよろしく】
メールを読んでから封筒を詳しく確認すると買っていく物のリストも入っていた。
...藤澤さん、今日は病欠なんだ。
そういえば、朝のメールは【会社気をつけて】と届いたけれど、今日の予定が書いていなかった。いつもなら今日の予定とかも書いてくれるので、どうしたのかなと思った。
持っていくものはスポーツドリンク、栄養ドリンク、冷却シートなどなど。
お見舞いという大義名分のもと、早速、会社帰りに藤澤さんの自宅に行くことにした。
ドラッグストアで買い物をしてから到着。玄関で部屋番号を押したのだけれど、応答はなかった。田山さんによると藤澤さんは寝てしまうとそのまま気がつかない事が多いらしい。私は預かった鍵を借りてオートロックを解除。そのおかげで彼の部屋の前まで難なく来れて、もう一度チャイムを鳴らす。それでも反応はなかった。
「...失礼します」
思った以上に元気で留守かなと思いながら鍵を開けて部屋の中へと入ると、ソファーにスーツの上着とズボンが乱雑に引っ掛けてある。持ってきたものを冷蔵庫に入れるために、キッチンに近づくとシンクには洗い物が置いてあった。あれ?と思うとドアの向こうから咳き込む声が聞こえる。
...あ、向こうの部屋で寝ているんだ。よっぽど具合悪いのかな?
流石に彼の様子が気にかかり、寝室に音を立てずに入ると、藤澤さんがコンコンと咳き込みながらも寝ていた。近づくいて大丈夫かなと枕元で様子を伺っていると、何度目か咳をした後、彼が薄っすらと目を開けた。そこに声をかける。
「...具合、いかがでしょうか?」
彼は目を大きく見開き私の顔を凝視して。
「なんで、優里が...?...っ!」
私がいたことに相当驚いたのだろう。慌てて起き上がったと同時に、顔をしかめて項垂れた。
「ダメです、無理しないで下さい」
私は額に手を当てている彼に手を添えベッドに横になるように促す。彼も起きていて辛いのか、素直に再び横になった。その時に剥がれかけた額の冷却シートを直すと額が熱いのが分かった。
「まだ、お熱あるみたいですよ」
そう言って寝るように促しても、彼は彼で私がいる理由が気になって仕方がなかったようで。
「...なんで、ここに?」
私は彼の布団を直しながら理由を話した。
「...田山さんが。藤澤さんが具合悪いから帰りに寄ってくれって...その、鍵も預かってしまいました」
「あ、そうだったんだ...」
それだけ言うと大きく息を吐き、布団の中に潜る。今は話すことすら億劫そう。
「買ってきたもの、冷蔵庫に入れておきますね」
「うん...ありがとう。頼む」
彼の許可を得てリビングに戻り、冷蔵庫を開ける。中身は飲み物くらいしか入っていなくってスカスカ。私はここに来るまでに買ってきたものを取り出しながら、田山さんからのメモを頼りに忘れ物がないかをチェックする。
...スポーツドリンクに栄養ドリンク...レトルトのおかゆ。
それらを冷蔵庫へ入れると、あっという間にその中身が充実した。ついでだからとシンクの中の食器を洗う。
洗いながら、田山さんから言われてここに来るのを躊躇っていた自分の事をふと思い出していた。本当は中まで入るつもりじゃなかった。チャイムを鳴らしても応答がなかったので、つい、入ってしまった。
それで彼の顔も見れたし、結果的には良かったかもしれない。
私は洗い終えたグラスを軽く振り、水滴を落としながら水切りカゴへ。そこには以前にお揃いで買ってもらったコーヒーカップが置いてあった。
...お揃いのカップ...使ってくれているんだ。
私のカップもちゃんと側に置いてあるのを見つけてしまい、嬉しくて、ニンマリしてしまう。先週末はこの部屋には寄らなかったから、ここに置いてあるのが分からなかった。
また彼とそういう事をするのがイヤというワケじゃないんだけれど、あの時はたまたま、断ってしまっただけ。 だから、私はここに来るまで気まずかった。
...1度断ってしまうと次からのキッカケってどうするんだろう?
こういうのも食べるかなと買ってきた果物を剥きながら、何となく気持ちがモヤモヤしている。バレンタインから私たちの関係性が劇的に変わったかというと、私としてはハテナマーク。
恋をすると片思いでも両思いでも、悩みが尽きない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる