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86.worry③
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結局、藤澤さんは3日間休んだ。2日間は寝込んでしまい、最後の1日は大分良くなったということで自宅で仕事をしていた。その間、看病に通い、彼女として病気の彼のお見舞いと看病に、私は達成感でいっぱいだった。
※※※
「あ、三浦!ちょうど良いところに」
それからすぐに研究所に出向く用事があり、帰ろうとしたら内線通話を終えた松浦に呼び止められた。
「なによ?」
松浦は書類の束を持ちニヤリと口角を上げての不穏な笑みを浮かべている。こういう時のこの態度は絶対何かあると長年の経験で分かっていた。マルッと無視して帰ろうとすると、逃げる間もなく無理やり書類の束を押し付けられてしまう。
「ちょっ...なにするのよ?」
「お使い、頼まれてくんない?」
...そらきた!
どうやって断ろうか思案していると、その頼みごとは意外なものだった。
「ミーティングルームにいる主任にこれを届けてくんない?」
松浦の思い通りになるのは癪に障ったけれど、今は会社で藤澤さんに会うのはなかなかできない状況にある。こんな大義名分がなければままならないほどなので、私はここぞとばかりに引き受けた。
「現金なやつ...」
彼に嫌味ともとれることを言われたけれど、全く気にならない。仕事中だというのに藤澤さんに会える事にそれだけ浮かれていた。
「はい、どうぞ」
久々に訪れるミーティングルームのドアをノックすると、すぐに招き入れられる。彼はお仕事に没頭していたみたいで私がドアを開けてもパソコン画面から目をはなさなかった。
「...失礼します。あの書類を...」
私の方から声をかけると、ようやくパソコン画面から藤澤さんは顔を上げてくてれて。
「三浦さん?」
眼鏡越しにいるはずのない私の顔を見て驚いている。
「...こ、こんにちは。さっき、お使いできたら、松浦...さんに...これを頼まれまして」
手に持っていた書類を彼に手渡すと、彼は無言でそれらをざっと一瞥する。その間、いたたまれなくて、落ち着きなく目をパチパチと瞬かせた。
...帰った方がいいかな。
ここはミーティングルームといえども職場だ。そんな場所で彼氏である藤澤さんと2人きりでいたら、自分の素の部分がでてしまう気がする。それは絶対避けたいと思っていたのに、彼は私の気持ちを知ってかしらずか。
「今日の三浦さんは、松浦の使いっぱしりみたいですね?」
いつも通りの他人行儀な藤澤さんにすらドギマギしてしまう。
「いや...そんなワケではないのですが。今日はたまたま...」
一生懸命、他人行儀な会話を続けたけれども、どうしても目は泳いでしまう。藤澤さんはそんな私に惑わすような事をことも投げに言うから困る。
「ねえ、三浦さん。時間があるなら、来たついでに俺の用事も手伝ってもらえませんか?」
頭の中でここから早く帰らないとという気持ちとの葛藤は、彼のお願いの前では無意味だった。
「時間なら...ありますが。何を...すれば?」
手招きをされ、彼の隣のパイプ椅子に座らせられる。相変わらずの香りに少し酔っていたら、書類とボールペンを渡された。
「これの誤字、脱字がないか、チェックしてもらいたいのですが。お願いできますか?」
「あ、はい...私でよろしければ」
...そんな簡単なこと。
身構えたわりには、単純作業でホッとする。彼の役に立てると思うと嬉しいのだ。すぐさまその作業に没頭し、彼もまた。
ただ、私は集中しつつも藤澤さんと2人きりだと思うと気持ちが落ち着かず、書類を見るフリをしながらも、彼の方へと視線が流れてしまう。顔はチラ見するのが精一杯だけれど、パソコンのキーボードを打つ節だった長い指先は観察し放題。
あの日の夜の事を思い出さずにはいられなかった。
さっきも誰かを呼ぶのと同じ声のトーンで、「三浦さん」って呼ばれて今は少し寂しいなと思う。彼の順応性を見習わなくてはいけないと思うから、私も同じように演技すべきなのだろうけれど、なかなか上手くいかず、ため息が自然と漏れた。
...いけない、今は仕事中!
邪念を振り払おうとすると、隣の彼がノートパソコンをパタンと閉じて。
「はぁー、これで終了!」
...えぇ、もうですか!?
隣の彼の言葉で、焦ってスピードを上げた。彼はその場で大きく伸びをするとともに、すぐに終わりそうにない私の手元を不意に覗き込んでくる。
「...三浦さんの方は、あとどの位で終わりますか?」
「え、あ...。あとこれで終わります」
「...そう。なら、終わるまで待ってますね」
いきなり聞かれて戸惑ったけれど、また、作業に集中。
残念だけれどあと僅かな時間で好きな人との時間はおしまいだとは分かっている。
公私混同はしないと自分に言い聞かせていたら、彼は待っていると言っても私の方をじっと見て待つわけではなくて、また、ノートパソコンの画面を開き、今度は何やら眺めていた。
そのプレッシャーを与えないような心遣いにホッとして自分の作業に没頭していたのだけれど、少し経つと、藤澤さんは徐ろに腕時計を確認する。
「すみません。時間切れみたいです」
彼は掛けていたメガネを白衣の胸ポケットに入れ、ノートパソコンを小脇に抱え、立ち上がろうしていた。私はあと少しで終わるはずだった書類を終わっている分だけでもと、整理して彼に渡そうとする。
「では、これだけでも...」
何故かそれには断られて。
「それはもともと田山に渡す書類でしたから、三浦さんから渡しておいてくれれば良いですよ」
「...あ、はい。じゃあ、残った分は営業部で終わらせて田山さんに渡しておきますね」
私もすべての書類を一まとめにして、立ち上がる。その持った私の手元を彼に凝視された。
「ボールペン...」
気がつくと手に馴染んでいるボールぺンはさっきから借りっぱなし!
「す、すみません...」
「いや、良いですよ。終わってから返してくれても」
「それはダメです。今...あっ!?」
書類を持ちながら慌ててボールペンを返そうとすると、腕から書類が落ち、その場にぶちまけてしまった。
私ったら、何やってるのよ...もう。
※※※
「あ、三浦!ちょうど良いところに」
それからすぐに研究所に出向く用事があり、帰ろうとしたら内線通話を終えた松浦に呼び止められた。
「なによ?」
松浦は書類の束を持ちニヤリと口角を上げての不穏な笑みを浮かべている。こういう時のこの態度は絶対何かあると長年の経験で分かっていた。マルッと無視して帰ろうとすると、逃げる間もなく無理やり書類の束を押し付けられてしまう。
「ちょっ...なにするのよ?」
「お使い、頼まれてくんない?」
...そらきた!
どうやって断ろうか思案していると、その頼みごとは意外なものだった。
「ミーティングルームにいる主任にこれを届けてくんない?」
松浦の思い通りになるのは癪に障ったけれど、今は会社で藤澤さんに会うのはなかなかできない状況にある。こんな大義名分がなければままならないほどなので、私はここぞとばかりに引き受けた。
「現金なやつ...」
彼に嫌味ともとれることを言われたけれど、全く気にならない。仕事中だというのに藤澤さんに会える事にそれだけ浮かれていた。
「はい、どうぞ」
久々に訪れるミーティングルームのドアをノックすると、すぐに招き入れられる。彼はお仕事に没頭していたみたいで私がドアを開けてもパソコン画面から目をはなさなかった。
「...失礼します。あの書類を...」
私の方から声をかけると、ようやくパソコン画面から藤澤さんは顔を上げてくてれて。
「三浦さん?」
眼鏡越しにいるはずのない私の顔を見て驚いている。
「...こ、こんにちは。さっき、お使いできたら、松浦...さんに...これを頼まれまして」
手に持っていた書類を彼に手渡すと、彼は無言でそれらをざっと一瞥する。その間、いたたまれなくて、落ち着きなく目をパチパチと瞬かせた。
...帰った方がいいかな。
ここはミーティングルームといえども職場だ。そんな場所で彼氏である藤澤さんと2人きりでいたら、自分の素の部分がでてしまう気がする。それは絶対避けたいと思っていたのに、彼は私の気持ちを知ってかしらずか。
「今日の三浦さんは、松浦の使いっぱしりみたいですね?」
いつも通りの他人行儀な藤澤さんにすらドギマギしてしまう。
「いや...そんなワケではないのですが。今日はたまたま...」
一生懸命、他人行儀な会話を続けたけれども、どうしても目は泳いでしまう。藤澤さんはそんな私に惑わすような事をことも投げに言うから困る。
「ねえ、三浦さん。時間があるなら、来たついでに俺の用事も手伝ってもらえませんか?」
頭の中でここから早く帰らないとという気持ちとの葛藤は、彼のお願いの前では無意味だった。
「時間なら...ありますが。何を...すれば?」
手招きをされ、彼の隣のパイプ椅子に座らせられる。相変わらずの香りに少し酔っていたら、書類とボールペンを渡された。
「これの誤字、脱字がないか、チェックしてもらいたいのですが。お願いできますか?」
「あ、はい...私でよろしければ」
...そんな簡単なこと。
身構えたわりには、単純作業でホッとする。彼の役に立てると思うと嬉しいのだ。すぐさまその作業に没頭し、彼もまた。
ただ、私は集中しつつも藤澤さんと2人きりだと思うと気持ちが落ち着かず、書類を見るフリをしながらも、彼の方へと視線が流れてしまう。顔はチラ見するのが精一杯だけれど、パソコンのキーボードを打つ節だった長い指先は観察し放題。
あの日の夜の事を思い出さずにはいられなかった。
さっきも誰かを呼ぶのと同じ声のトーンで、「三浦さん」って呼ばれて今は少し寂しいなと思う。彼の順応性を見習わなくてはいけないと思うから、私も同じように演技すべきなのだろうけれど、なかなか上手くいかず、ため息が自然と漏れた。
...いけない、今は仕事中!
邪念を振り払おうとすると、隣の彼がノートパソコンをパタンと閉じて。
「はぁー、これで終了!」
...えぇ、もうですか!?
隣の彼の言葉で、焦ってスピードを上げた。彼はその場で大きく伸びをするとともに、すぐに終わりそうにない私の手元を不意に覗き込んでくる。
「...三浦さんの方は、あとどの位で終わりますか?」
「え、あ...。あとこれで終わります」
「...そう。なら、終わるまで待ってますね」
いきなり聞かれて戸惑ったけれど、また、作業に集中。
残念だけれどあと僅かな時間で好きな人との時間はおしまいだとは分かっている。
公私混同はしないと自分に言い聞かせていたら、彼は待っていると言っても私の方をじっと見て待つわけではなくて、また、ノートパソコンの画面を開き、今度は何やら眺めていた。
そのプレッシャーを与えないような心遣いにホッとして自分の作業に没頭していたのだけれど、少し経つと、藤澤さんは徐ろに腕時計を確認する。
「すみません。時間切れみたいです」
彼は掛けていたメガネを白衣の胸ポケットに入れ、ノートパソコンを小脇に抱え、立ち上がろうしていた。私はあと少しで終わるはずだった書類を終わっている分だけでもと、整理して彼に渡そうとする。
「では、これだけでも...」
何故かそれには断られて。
「それはもともと田山に渡す書類でしたから、三浦さんから渡しておいてくれれば良いですよ」
「...あ、はい。じゃあ、残った分は営業部で終わらせて田山さんに渡しておきますね」
私もすべての書類を一まとめにして、立ち上がる。その持った私の手元を彼に凝視された。
「ボールペン...」
気がつくと手に馴染んでいるボールぺンはさっきから借りっぱなし!
「す、すみません...」
「いや、良いですよ。終わってから返してくれても」
「それはダメです。今...あっ!?」
書類を持ちながら慌ててボールペンを返そうとすると、腕から書類が落ち、その場にぶちまけてしまった。
私ったら、何やってるのよ...もう。
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